塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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第75話 ライブ決定⑧

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 五日間の修正期間を終えた夜。
 アリーナ公演の完成度は、私の目から見ても“合格点”に届いた。

 その日の夜、成瀬からグループチャットにメッセージが入った。

『黒宮さん、明日、時間ありますか?』

「打ち合わせでもあるのかな」と思いながら返すと──

『スイーツ食べ放題、ごちそうします』

 ……え?

 送られてきたのは、ホテルラウンジにあるスイーツビュッフェの予約画面。
 予約名には「Lチーム一同」と入っている。

 私はスマホを見つめたまま、思わず小さくため息をついた。
 ──まったく。こういうサプライズ、成瀬はほんとに律儀だ。

 翌日、夕方。
 リハが早めに終わると、メンバー全員が私とスタッフを連れて高級ホテルのスイーツラウンジへ向かった。
 静かな個室が用意されており、窓の外には夜景が広がっている。

「うわ、すごい! ケーキの種類やば!」

「チョコマウンテンある! 俺、これ一番好き!」

「え、どれ? 写真撮っていい? いや、ダメか、さすがに!」

 メンバーが一斉にはしゃぎ始める。
 望月はすでに皿を両手に持ち、目を輝かせていた。

「黒宮さん、ほら! あっちのモンブランもやばいですって!」

「はいはい、行きましょうか。モンブランとショートケーキ、どっちが主役か決める戦争ですね」

「黒宮さんが珍しくテンション高い!」

「やっぱ疲れてるときほど糖分って大事だよな~」

 わいわいと笑い声が響く。
 普段の現場では見せないような、無邪気な笑顔ばかりだった。

 スタッフもそれを見て安心しているようだ。

 私はというと、ショーケースの前で静かに観察していた。
 甘さ控えめのティラミス、季節限定のマロンタルト、色鮮やかなマカロン……。
 どれも魅力的だが、選び方にも戦略がある。

「……では、最初のターンは“絵面重視”でいきましょうか」
「出た、黒宮さんの理論」
「SNSに上げないのに、なんで見た目重視?」
「だって、見た目が完璧だと心の満足度も上がりますよ」

 そう言って私は、いちごのタルト、ピスタチオのムース、ベリーのグラスデザートをバランスよく並べる。
 思わずスタッフに「撮影しますか?」と聞かれ、少し笑って首を振った。

 席に戻ると、成瀬が静かにコーヒーを注いでいた。
「黒宮さん、ブラックでしたよね」
「覚えててくれたんですね。ありがとうございます」
「当たり前ですよ。リハのたびに飲んでるし」

 そう言って笑う成瀬の顔には、どこか充実した色があった。
 この五日間、彼も誰より頑張っていたのを知っている。
 言葉に出さずとも、その姿勢はスタッフ全員に伝わっていた。

「ねぇねぇ、これ一口あげる!」
 天城がチーズケーキをフォークに刺して、私の前に差し出してきた。
「え? いや、私は自分ので──」
「いいから、味見して!」
 有無を言わせず口に入れられる。

「……おいしいですけど」
「ほらね! 黒宮さん、たまには素直に喜ばなきゃ!」
「はいはい♡ ありがとう、蓮くん♡」
「やべ、黒宮さんのぶりっ子モード出た!」
「やめて、今のは反則!」
 場の空気が一気に明るくなる。

 こうして笑っていられる時間があるから、厳しいリハも乗り越えられる。
 そんなことを、ふと思った。

 朝倉がスプーンを片手に言った。
「ねぇ、思うんだけどさ。LUCENTって、けっこう強いよね」
「急にどうしたんだよ」
「いや、最近リハしてて思うの。誰かがミスっても、すぐ誰かがフォローして。なんか“バランス”取れてるなって」

 成瀬が頷く。
「それはたぶん、黒宮さんが真ん中にいるからだよ」
「そうそう。マネが焦らないから、こっちも焦らない」

「え~? やめてくださいよ~♡ 私、ただの塩マネですぅ♡」
「いや、それ言ってるの自分だけだから!」
「“塩”っていうか、“旨味”だよね」
「上手いこと言うな」

 笑いながら、私はそっとコーヒーを口にした。
 ほんのり苦い味が、甘いケーキとよく合う。
 ──ああ、久しぶりに心からおいしいと思える。

 ふと窓の外を見ると、夜景がきらきらと輝いていた。
 忙しさに追われる日々の中で、こうして一息つく時間がどれほど貴重か。
 この一瞬だけでも、全員が「頑張ってきてよかった」と思えるなら、それでいい。

「黒宮さん、次なに取りに行きます?」
「うーん……じゃあ、あっちのミルフィーユにしましょうか。あと、あのパフェは絶対おいしいやつです」
「よし、全員で突撃だ!」

 再び皿を手に、メンバーがわらわらと立ち上がる。
 私はその後ろ姿を見つめながら、静かに思った。

 ──この子たちとだから、私は戦える。
 どんなトラブルがあっても、絶対に守る。

 それが、黒宮凪というマネージャーの誇りであり、使命だ。

 テーブルの上には、空になった皿と笑い声の余韻だけが残っていた。
 明日からまたリハーサル漬けの日々が始まる。
 でも今夜だけは、甘いスイーツに包まれながら、チーム全員で“幸せ”を噛みしめていた。
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