塩マネージャー vs サバサバ系女子、私が選んだ対抗策は ‘ぶりっ子’ でした

雨宮 叶月

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メンバー① 空気と正論は、混ぜると濁る

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朝から空気が重かった。
正確には、“空気を重くしてる人間”がいた。

「ねぇ、紫音って、いつも感情読めなくない? 表情、変わらなさすぎて逆にこっちが気使うっていうか」

朝の稽古前。LUCENTの5人がスタジオに揃い、ウォーミングアップを始める直前のタイミングだった。
まるで火のついてない爆竹みたいな音を立てる。許可されてもいないのに下の名前呼び。ため口。

朝倉は、ストレッチの手を止めることもなく、「そういう仕様なんで」とひとことで流した。
まったく揺れない。

私は横目でスケジュール表を確認しつつ、何も言わずそのやり取りを見ていた。
まだ序盤。今日はこの程度じゃ済まない気がする。

「いやさ、別に悪く言ってるわけじゃないから。なんていうか、もうちょっとこう、場が柔らかくなればいいのになーって思ってさ?」

“悪く言ってない”という前置きほど信用できないものはない。
佐伯は悪気があるわけじゃない。ただ、“言っていい時と悪い時”の境界線が。

紫音が少しだけ視線をこちらに投げる。
私はそっと微笑み、「気にしなくていい」と目で返した。

「佐伯さん、空気を柔らかくしたい時って、まず“場の温度”を測ってからのほうがいいんですよぉ♡」

佐伯が振り返る。

「え? てか、別に私、空気とか読まない主義だし」

「主義、便利ですよねぇ♡ 説明しなくて済む魔法の言葉って感じでぇ♡」

佐伯の口がわずかに開いたが、返す言葉は見つからなかったようだ。
代わりに、成瀬が一歩前に出て、「朝練入ります」と全体を引き締めた。

このグループの良いところは、無言のバランス感覚を持っていることだ。
その中心に立てるのが、リーダー。私は内心、彼に一礼した。

練習が始まると、空気が一変する。
朝倉は、ダンスでも歌でも正確性を最重視するタイプ。無駄な動きが一切ない。
そのストイックな姿勢は、ある種のプレッシャーにもなるが、チームの土台としては欠かせない。

一方、佐伯は端でメンバーの様子を見守るふりをしつつ、やたらと誰かに話しかけようとタイミングを伺っていた。

「紫音ってさ、メンタルの波なさそうでうらやましい~。私なんて寝起きで全部左右されるのに」

まただ。
一見、感心してるように見えて、実質“あんた冷たいよね”の変化球。

紫音は応えない。だが、霧島が不意につぶやいた。

「逆にそういう人のほうが怖いけどな。地雷の範囲がわかんなくて」

その一言で佐伯が笑った。

「えー、私は感情ダダ漏れだから逆に扱いやすいって言われるんだけどな?」

私は少し首を傾げて、さらっと返す。

「感情の扱いって、“わかりやすい”じゃなくて“コントロールできる”が評価されるんですよぉ♡」

「……うわ、それ今ちょっと刺さったかも」

思ったより素直な返事が返ってきた。
珍しい。今日はそこまでイラつかずに済むかもしれない。

練習が終わり、休憩時間。
朝倉は黙ってペットボトルの水を口にした後、私の隣に座った。

「佐伯さんのこと、嫌いじゃないけど、たぶん一番苦手なタイプかもしれない」

「わかります。朝倉さんは、正確に測れる言葉しか信じないですからね。」

「うん。あと、“場のノリ”で押し切ろうとする会話、脳がシャットアウトする」

その言い方があまりに紫音らしくて、私はふっと笑ってしまった。
と、そのタイミングで、佐伯が近づいてきた。

「なに? なんかコソコソ話してた? やだー、紫音とマネ、裏で結託してそう」

ノリは軽いが、視線は真剣。ほんの少し、探るような色がある。
自分だけ外側にいると感じてしまうのだろう。

私は柔らかく笑って、目を逸らさず言った。

「 こっちは、距離の測り方の話してただけですよぉ♡ “結託”って、戦う前提みたいですしぃ♡」

「……そういう返し、ほんと慣れてるよね。ズルいわ」

「ズルいくらいが、ちょうどいいんですぅ♡ 特に、言葉の刃が飛び交う現場ではぁ♡」

紫音は何も言わず、フタを閉めた水のボトルを指でトントンと叩いていた。

今日のところは、これで収めておこう。
空気と正論は、混ぜると濁る。
それをうまく分けておくのが、私の仕事だ。
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