16 / 76
メンバー② 優しさは使い放題の消耗品じゃない
しおりを挟む
合宿2日目の朝。
食堂の片隅で、私はスケジュール帳を開きながら、牛乳を静かに飲んでいた。
「ねぇ、颯真ってさ、なんであんなに人の話にちゃんと相槌うてるの? 人徳? 仏?」
隣のテーブルで、佐伯が“いい意味のつもり”で発言したのは明らかだった。
けれどその視線は、どこか試すようで、甘えているようでもあった。
望月颯真はパンをくわえたまま、苦笑いをひとつ。
「えっと……癖? 聞いてるよって、伝わる方が場がやわらかくなるからさ」
「それって気遣いのプロって感じ~。私、逆に“そういうの重い”って言われるタイプなんだよね。思ったこと言うだけなのに」
「うん……でも、佐伯さんのそういうストレートなとこ、元気になる人も多いんじゃない?」
曖昧な返し。
颯真のこういうところが、好感度おばけと言われる所だ。
けれど私は知っている。
彼がどれだけ“優しさ”を意識的に選びとっているか。
そして、それが“無限に湧き出る資源”ではないことも。
「佐伯さん♡ 望月くんに“なんでも受け止めてくれる係”押しつけてるように聞こえますぅ♡」
「え? そんなつもりじゃ……。でも、マネもさ、そういうとこあるよね? 無表情で何言ってるかわかんないけど、言い返さない感じっていうか」
私はにこりと笑った。“わかっててやってる”とバレない程度の、無機質な笑顔。
「“言い返さない”と“言わないで済ませる”は別ですよぉ♡」
彼女は無言で席を立った。
颯真はパンの耳をちぎっていた。
「……優しさって、消耗するよね」
ぽつりとつぶやいたその言葉に、私は手帳を閉じた。
「望月さんのその“疲れた顔をしない努力”、いつか誰かが甘えすぎますよ」
「もうしてるよ、たぶん」
「でも、あなたは“黙ってる”って選択をする」
「だって、そういう役回りって、誰かがやんなきゃでしょ?」
彼はそう言って、私にだけ見せる少し乾いた笑顔を浮かべた。
私はその表情に、少しだけ眉を寄せる。
彼の“疲れてるのに気づかせない”スキルは、天性じゃなく、積み重ねの結晶だ。
だからこそ、私は余計なフォローをしない。
ただ、記録しておく。彼の“限界ライン”を、誰よりも正確に。
□
夕方。レッスン後の個別インタビューの時間。
順番に呼び出されていくメンバーの中で、望月の番が終わったあと、佐伯がぽつりと言った。
「颯真ってさ、優しすぎて、逆に裏があるんじゃないかって思うときあるんだよね~」
霧島が横で馬鹿にしたように笑った。
「逆じゃなくて、“優しさに裏打ちされた表情”しか出さないだけでしょ。お前とは真逆」
「ちょ、どゆこと?」
「お前は“正直に言えば正義”だと思ってるけど、あいつは“黙るのが思いやり”って分かってるタイプ」
「……なんか言い方キツくない?」
「お前のは雑なんだよ。言葉の濃度が」
私は横からひとこと。
「“正直”って、だいたい“雑な自己主張”と紙一重なんですよぉ♡」
「なんか今日2人してキレ味よすぎじゃない?」
「ナイフの角度が合っただけですぅ♡」
□
その夜、望月がタオルを干しながらぼそっと言った。
「黒宮さん、ありがとう。変にフォローしないでくれて」
「優しさを無駄に持ち上げられるの、苦手でしょう」
「うん、そう。“持ち上げ”って、プレッシャーに変わるから」
「あなたはもっと自由に甘えていいと思います。」
「……それを言う黒宮さんが、一番甘えられてなさそうだけどね」
私は小さく笑った。彼も、私と同じで、笑わない“優しさの演技”を使いこなす人間だ。
けれど、それはあまりにも脆くて、壊れやすい。
食堂の片隅で、私はスケジュール帳を開きながら、牛乳を静かに飲んでいた。
「ねぇ、颯真ってさ、なんであんなに人の話にちゃんと相槌うてるの? 人徳? 仏?」
隣のテーブルで、佐伯が“いい意味のつもり”で発言したのは明らかだった。
けれどその視線は、どこか試すようで、甘えているようでもあった。
望月颯真はパンをくわえたまま、苦笑いをひとつ。
「えっと……癖? 聞いてるよって、伝わる方が場がやわらかくなるからさ」
「それって気遣いのプロって感じ~。私、逆に“そういうの重い”って言われるタイプなんだよね。思ったこと言うだけなのに」
「うん……でも、佐伯さんのそういうストレートなとこ、元気になる人も多いんじゃない?」
曖昧な返し。
颯真のこういうところが、好感度おばけと言われる所だ。
けれど私は知っている。
彼がどれだけ“優しさ”を意識的に選びとっているか。
そして、それが“無限に湧き出る資源”ではないことも。
「佐伯さん♡ 望月くんに“なんでも受け止めてくれる係”押しつけてるように聞こえますぅ♡」
「え? そんなつもりじゃ……。でも、マネもさ、そういうとこあるよね? 無表情で何言ってるかわかんないけど、言い返さない感じっていうか」
私はにこりと笑った。“わかっててやってる”とバレない程度の、無機質な笑顔。
「“言い返さない”と“言わないで済ませる”は別ですよぉ♡」
彼女は無言で席を立った。
颯真はパンの耳をちぎっていた。
「……優しさって、消耗するよね」
ぽつりとつぶやいたその言葉に、私は手帳を閉じた。
「望月さんのその“疲れた顔をしない努力”、いつか誰かが甘えすぎますよ」
「もうしてるよ、たぶん」
「でも、あなたは“黙ってる”って選択をする」
「だって、そういう役回りって、誰かがやんなきゃでしょ?」
彼はそう言って、私にだけ見せる少し乾いた笑顔を浮かべた。
私はその表情に、少しだけ眉を寄せる。
彼の“疲れてるのに気づかせない”スキルは、天性じゃなく、積み重ねの結晶だ。
だからこそ、私は余計なフォローをしない。
ただ、記録しておく。彼の“限界ライン”を、誰よりも正確に。
□
夕方。レッスン後の個別インタビューの時間。
順番に呼び出されていくメンバーの中で、望月の番が終わったあと、佐伯がぽつりと言った。
「颯真ってさ、優しすぎて、逆に裏があるんじゃないかって思うときあるんだよね~」
霧島が横で馬鹿にしたように笑った。
「逆じゃなくて、“優しさに裏打ちされた表情”しか出さないだけでしょ。お前とは真逆」
「ちょ、どゆこと?」
「お前は“正直に言えば正義”だと思ってるけど、あいつは“黙るのが思いやり”って分かってるタイプ」
「……なんか言い方キツくない?」
「お前のは雑なんだよ。言葉の濃度が」
私は横からひとこと。
「“正直”って、だいたい“雑な自己主張”と紙一重なんですよぉ♡」
「なんか今日2人してキレ味よすぎじゃない?」
「ナイフの角度が合っただけですぅ♡」
□
その夜、望月がタオルを干しながらぼそっと言った。
「黒宮さん、ありがとう。変にフォローしないでくれて」
「優しさを無駄に持ち上げられるの、苦手でしょう」
「うん、そう。“持ち上げ”って、プレッシャーに変わるから」
「あなたはもっと自由に甘えていいと思います。」
「……それを言う黒宮さんが、一番甘えられてなさそうだけどね」
私は小さく笑った。彼も、私と同じで、笑わない“優しさの演技”を使いこなす人間だ。
けれど、それはあまりにも脆くて、壊れやすい。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる