蛸も杓子も

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幹部の話

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 パリ19区のとある場所にある、洒落た高いフェンスのある建物。中に入ればわざとらしい赤絨毯の敷かれたロビーが広がる。洒落たLEDの白熱灯が蝋燭のように部屋を照らしていた。
「ダーヴィド、今回ばかりはあの失敗作を拾うことに同情してやろうか」
 螺旋階段の前にあった、仰々しい装飾を施した海獣リヴァイアサンの石膏像の上に、ブーツを履いた男が腕に生えた翼でバランスを取りながら立っていた。
「紅月さん、拾うなんてそんな。仲間が増えるのはいいことでしょう」
 目元にも下睫毛のように羽毛が生えているあたり、彼も改造されたのであろう。一本の三つ編みで纏めた茶色のロングヘアが靡くと同時に、紅月と呼ばれた男は石膏像から飛び立つように降りた。こつんとヒールの音が鳴る。
「名誉か不名誉か分からんな」
「ボスの判断はすべて名誉でしょう?」
 ため息をつく彼に対し愛想笑いで返すダーヴィド。紅月もまた、マフィアの一員であった。それも只者ではない――
「鳥頭、幹部の名が泣くぞ」
 階段とは別の方角から男がやってくる。耳はなく、代わりに魚のヒレが生えていた。手の甲や目元には魚鱗が見え、彼もまた人ならざるものであることが分かる。
「ガブリエルさん、お疲れ様です」
「おい半魚人、任務はどうした」
 紅月と、彼と同じ立場で接せるガブリエルは此処の幹部であった。ガブリエルは銀色の腕時計に目をやると、確かに早上がりだなと笑いながら答えた。
「"出入り"のことか?安心しな、俺が睨みを利かせたらすぐ引っ込みやがった」
 ふん、と不服そうな顔をする紅月は文句を垂れた。
「……つまらん相手だな」
「俺達が一番じゃあなければいけないだろう、遊びじゃねえんだぞ。……それとも内心ホッとしたのを隠しているのか?」
 下衆た笑みを浮かべるガブリエルに、紅月は突っかかった。
「阿呆、どうなったらその考えに及ぶのだ。しかし"遊びじゃない"だと? 喧嘩を楽しんでいるお前が言う台詞とは到底思えんな」
「んだと」
 ……どうやらこの二幹部はウマが合わないようであった。否、仲良くも見えるがお互いに譲れないものがあるというか、そういうものだろう。これに辟易したのは、
「お二方、みっともないですよ」
 幹部"候補"のダーヴィドであった。
「あ?」
「下っ端が偉そうに何を」
 そして幹部らの鋭い視線。2組の青く鋭い双眸が、海のように美しいが……やはりと言うか、威圧感があった。
「さすがです、息がぴったりです」
 苦笑いして返したダーヴィドだが、逆に煽ってしまったらしい。だが紅月は苛立ちを抑えて話を本題に戻した。
「で、どうするんだ、ダーヴィド?」
「俺の部下にします。」
 ガブリエルはめでてぇなとダーヴィドの肩をポンと叩いた。
「ダーヴィド、奴とやっていけるのか?」
 一方、羽毛を纏った手を自分の下顎に当てながら質問する紅月。
「ゴロツキなんて皆性格悪いだろうに、お前は心配性だな」
「組織の心配をするのは幹部として当然のことだろう!」
 また喧嘩が始まりそうであったので、ダーヴィドはすかさず、凛とした声で返した。
「大丈夫です、俺がモノにしてやりますよ」
 声色とは裏腹に、近似色のオッドアイから放つ眼光は悪に染まった人間のものであった。
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