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第28話
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私は父の部屋へと向かった。
静かにノックをすると、扉を開けてくれたのは母だった。
母は微笑んで私を部屋へと招くと、父の寝台の横へ椅子を用意して私を座らせた。
「お父様に挨拶に来たの」
私がそう言うと、母は『そうだと思った』と言わんばかりに頷いた。
私は寝台で休む父に向かって
「お父様、私明日にはここを発ちます。辺境の地ですので、そうそう戻って来る事は難しいかもしれませんが、気持ちはいつもお父様の側にあります」
そう言うと、シーツの中にある父の手を探って握った。もう骨と皮しかないのではないかと思うほど痩せてしまった父の手に、涙が込み上げてきた。
父は本当に領民の為に身を粉にして働いた。だからこそ、ここには毎日領民達からのお見舞いの品が届く。領民に父が慕われていた証拠だ。
「お父様……今までありがとう」
私はそう言うと、涙をシーツにポトリと落としてしまった。
「貴女には本当に色々と苦労をかけたわ。私を助けてくれてありがとうね。ジュードも心を入れ替えた様に真面目に執務に取り組んでくれているし、安心してレナード様の元へ嫁いでちょうだい」
と母が私の頭を撫でた。まるで子どもに戻った様な扱いに、少し照れてしまうが、その手の温もりは私を安心させるのには十分だった。
涙を拭った私は、父の手をそっと撫でて離した。
胸は上下している。手も温かい。だけど父は目を開ける事はない。もう私の名を呼んでくれる事はないのかもしれないと……そんな予感が胸を過った。
「お母様も準備は出来た?」
私は悪い予感から逃れる様に話題を変えた。
「ええ。結婚式、楽しみだわ。突然過ぎて招待客は居ない様だけど……でもどうしてレナード様はあんなに急がれているのかしら?」
と母は首をひねる。
「あら?お母様も理由は知らないの?」
てっきり母にはその理由を話しているのだと思っていた。
「ええ。あの日の朝早くにレナード様から話があると言われて。私もジュードの件もあってお礼をと思っていたので丁度良かったのだけど、急に『一週間後に結婚式をしたい』と言われて……」
「理由は訊かなかったの?」
「もちろん尋ねたわ。でも頑なに『とにかくそうさせて欲しい』とだけ」
「……どうしてかしら?」
と私も首を傾げるが、当の本人が居ない為、真相は闇の中だ。
私はふと……
「あら?そう言えば明日にはナタリー達が戻って来るのではない?」
と思い出した。
「ええ。でも私達は明朝早くにここを発つしナタリーは夕方頃になるから入れ違いね。どうせナタリーを結婚式に出席させるつもりはなかったから……」
と言う母の言葉に
「あら?そうだったの?」
と私は尋ねた。
「元々……貴女が結婚する頃にはナタリーは既にパトリック伯爵家に嫁いでる予定だったでしょう?ほら……パトリック伯爵家の仕来りがね?」
思い出した。パトリック伯爵家の謎ルールの一つ。結婚したら嫁は実家との関わりをなるべく断つべき。……里心が付かないようにする為なのだろう。これがバーバラがパトリック伯爵家に付いて来れなかった理由の一つだ。
「そうだったわね。なら姉の結婚式に出席するのも不可……って事ね」
「ええ、そう言う事。今回は日取りが早まった事で実質結婚式への出席は不可能になったのだけど、私は……良かったと思っているの」
私がその答えを少し不思議に思っていると、
「まーた、新しいドレスを強請られる事間違いなしだもの。今回の旅行でもワンピースだのカバンだの靴だの、帽子だのと随分と散財してくれたわ。あの娘にはもう少しお金を大切に使う事をこれから教えないとね」
と母はため息混じりにそう言った。
パトリック伯爵家はお金持ちだが、だからといって嫁いだばかりのナタリーが散財すれば、あちらも良い顔はしないだろう。パトリック伯爵はかなり厳しい方だ。ハロルドがナタリーをコントロール出来る様にならなければ、パトリック伯爵からナタリーがどう思われるか……それは容易に想像がついた。
静かにノックをすると、扉を開けてくれたのは母だった。
母は微笑んで私を部屋へと招くと、父の寝台の横へ椅子を用意して私を座らせた。
「お父様に挨拶に来たの」
私がそう言うと、母は『そうだと思った』と言わんばかりに頷いた。
私は寝台で休む父に向かって
「お父様、私明日にはここを発ちます。辺境の地ですので、そうそう戻って来る事は難しいかもしれませんが、気持ちはいつもお父様の側にあります」
そう言うと、シーツの中にある父の手を探って握った。もう骨と皮しかないのではないかと思うほど痩せてしまった父の手に、涙が込み上げてきた。
父は本当に領民の為に身を粉にして働いた。だからこそ、ここには毎日領民達からのお見舞いの品が届く。領民に父が慕われていた証拠だ。
「お父様……今までありがとう」
私はそう言うと、涙をシーツにポトリと落としてしまった。
「貴女には本当に色々と苦労をかけたわ。私を助けてくれてありがとうね。ジュードも心を入れ替えた様に真面目に執務に取り組んでくれているし、安心してレナード様の元へ嫁いでちょうだい」
と母が私の頭を撫でた。まるで子どもに戻った様な扱いに、少し照れてしまうが、その手の温もりは私を安心させるのには十分だった。
涙を拭った私は、父の手をそっと撫でて離した。
胸は上下している。手も温かい。だけど父は目を開ける事はない。もう私の名を呼んでくれる事はないのかもしれないと……そんな予感が胸を過った。
「お母様も準備は出来た?」
私は悪い予感から逃れる様に話題を変えた。
「ええ。結婚式、楽しみだわ。突然過ぎて招待客は居ない様だけど……でもどうしてレナード様はあんなに急がれているのかしら?」
と母は首をひねる。
「あら?お母様も理由は知らないの?」
てっきり母にはその理由を話しているのだと思っていた。
「ええ。あの日の朝早くにレナード様から話があると言われて。私もジュードの件もあってお礼をと思っていたので丁度良かったのだけど、急に『一週間後に結婚式をしたい』と言われて……」
「理由は訊かなかったの?」
「もちろん尋ねたわ。でも頑なに『とにかくそうさせて欲しい』とだけ」
「……どうしてかしら?」
と私も首を傾げるが、当の本人が居ない為、真相は闇の中だ。
私はふと……
「あら?そう言えば明日にはナタリー達が戻って来るのではない?」
と思い出した。
「ええ。でも私達は明朝早くにここを発つしナタリーは夕方頃になるから入れ違いね。どうせナタリーを結婚式に出席させるつもりはなかったから……」
と言う母の言葉に
「あら?そうだったの?」
と私は尋ねた。
「元々……貴女が結婚する頃にはナタリーは既にパトリック伯爵家に嫁いでる予定だったでしょう?ほら……パトリック伯爵家の仕来りがね?」
思い出した。パトリック伯爵家の謎ルールの一つ。結婚したら嫁は実家との関わりをなるべく断つべき。……里心が付かないようにする為なのだろう。これがバーバラがパトリック伯爵家に付いて来れなかった理由の一つだ。
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「ええ、そう言う事。今回は日取りが早まった事で実質結婚式への出席は不可能になったのだけど、私は……良かったと思っているの」
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「まーた、新しいドレスを強請られる事間違いなしだもの。今回の旅行でもワンピースだのカバンだの靴だの、帽子だのと随分と散財してくれたわ。あの娘にはもう少しお金を大切に使う事をこれから教えないとね」
と母はため息混じりにそう言った。
パトリック伯爵家はお金持ちだが、だからといって嫁いだばかりのナタリーが散財すれば、あちらも良い顔はしないだろう。パトリック伯爵はかなり厳しい方だ。ハロルドがナタリーをコントロール出来る様にならなければ、パトリック伯爵からナタリーがどう思われるか……それは容易に想像がついた。
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