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第72話
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翌日、ハリソン様は朝食で
「実は肉を食べると体調が悪くなるんだ。僕の食事はなるべく魚を中心にして貰えるとありがたい」
とそう給仕に告げていた。給仕を始めとした使用人が
「そうとは知らず、今まで申し訳ありません」
と謝るのをハリソン様は制した。
「謝る必要はない。僕が今まで言わなかっただけだ」
「でも……」
「いいんだ。これからそうして貰いたい、ただそれだけなんだから」
そのやり取りの後、ハリソン様は私に向かって微笑んだ。そして辺境伯にも
「今日の見合い相手について教えていただけますか?」
と尋ねていたので、お見合いから逃げる事も止めたという事だろう。私はその様子に嬉しくなってニヤけてしまったが、横からのレナード様の視線に気づいて、黙々と朝食を取ることに集中した。
「さて……出掛けるか」
朝食後の鍛錬を終え、騎士団での午前中の仕事を終えたレナード様が私に声を掛けた。
「どちらへ?」
そんな私の問いにレナード様は口角を上げるだけで答えてくれない。
「内緒だ。だが、随分とここら辺は肌寒くなってきた。上着を忘れるな」
そう言われた私に、バーバラは薄手の上着を差し出してくれた。
「ショールも一応お持ちください」
レナード様と出掛ける時は二人きりなので、バーバラは少し心配そうに私にショールを手渡した。
外に出ると、
「そうだ。出掛ける前に見せたいものがある」
とレナード様に連れられてやって来たのはレナード様の馬が居る厩舎だった。
「厩舎……」
呟いた私にレナード様は
「少し目を瞑って」
そう言うと私の手を引き慎重に私を誘導する。
「どちらへ?」
数十歩歩いた所でレナード様が立ち止まり、私に声を掛けた。
「目を開けて良いぞ」
そこには明るい栗色の毛並みの馬が居た。とても美しくて私は思わず
「綺麗な馬……」
と言葉を漏らした。
「エリン、君の馬だ」
「私の……?」
「そうだ。こいつは大人しくて我慢強い。初心者のエリンにはうってつけだろう。だが、馬とも相性はある。今度、乗ってみよう」
「……触っても?」
「視界に入る様に正面から。手は目線より上に上げない様にして、最初は匂いを嗅がせてやろう」
私はレナード様に言われた通り、ゆっくりと近づくと鼻のそばに手の甲をそっと差し出した。レナード様が
「俺の奥さんだ。仲良くするんだぞ」
とその馬に話しかけた。
「名前は?」
「エリンが付けても良い」
「でも、ずっと呼ばれていた名がこの子にはあるのですよね」
「……ユラだ。低めの声で呼びかけると良い」
名前を聞いた私はその子に向かって優しく名を呼んだ。
ユラは私の手の匂いを嗅ぐと、私の手の甲に鼻を擦り付ける。
「フフッ。くすぐったい」
「手のひら全体で撫でてみろ」
私はユラの鼻の辺りをゆっくりと優しく撫でた。
「温かい」
「馬は社交性があって、頭が良い。人の顔も覚える事が出来る。なるべく顔を見せてやると良い」
「毎日会いに来ても?」
「……もちろん良いが、俺より夢中になるなよ」
そんな事を言うレナード様が可愛らしくて仕方ない。
「実は肉を食べると体調が悪くなるんだ。僕の食事はなるべく魚を中心にして貰えるとありがたい」
とそう給仕に告げていた。給仕を始めとした使用人が
「そうとは知らず、今まで申し訳ありません」
と謝るのをハリソン様は制した。
「謝る必要はない。僕が今まで言わなかっただけだ」
「でも……」
「いいんだ。これからそうして貰いたい、ただそれだけなんだから」
そのやり取りの後、ハリソン様は私に向かって微笑んだ。そして辺境伯にも
「今日の見合い相手について教えていただけますか?」
と尋ねていたので、お見合いから逃げる事も止めたという事だろう。私はその様子に嬉しくなってニヤけてしまったが、横からのレナード様の視線に気づいて、黙々と朝食を取ることに集中した。
「さて……出掛けるか」
朝食後の鍛錬を終え、騎士団での午前中の仕事を終えたレナード様が私に声を掛けた。
「どちらへ?」
そんな私の問いにレナード様は口角を上げるだけで答えてくれない。
「内緒だ。だが、随分とここら辺は肌寒くなってきた。上着を忘れるな」
そう言われた私に、バーバラは薄手の上着を差し出してくれた。
「ショールも一応お持ちください」
レナード様と出掛ける時は二人きりなので、バーバラは少し心配そうに私にショールを手渡した。
外に出ると、
「そうだ。出掛ける前に見せたいものがある」
とレナード様に連れられてやって来たのはレナード様の馬が居る厩舎だった。
「厩舎……」
呟いた私にレナード様は
「少し目を瞑って」
そう言うと私の手を引き慎重に私を誘導する。
「どちらへ?」
数十歩歩いた所でレナード様が立ち止まり、私に声を掛けた。
「目を開けて良いぞ」
そこには明るい栗色の毛並みの馬が居た。とても美しくて私は思わず
「綺麗な馬……」
と言葉を漏らした。
「エリン、君の馬だ」
「私の……?」
「そうだ。こいつは大人しくて我慢強い。初心者のエリンにはうってつけだろう。だが、馬とも相性はある。今度、乗ってみよう」
「……触っても?」
「視界に入る様に正面から。手は目線より上に上げない様にして、最初は匂いを嗅がせてやろう」
私はレナード様に言われた通り、ゆっくりと近づくと鼻のそばに手の甲をそっと差し出した。レナード様が
「俺の奥さんだ。仲良くするんだぞ」
とその馬に話しかけた。
「名前は?」
「エリンが付けても良い」
「でも、ずっと呼ばれていた名がこの子にはあるのですよね」
「……ユラだ。低めの声で呼びかけると良い」
名前を聞いた私はその子に向かって優しく名を呼んだ。
ユラは私の手の匂いを嗅ぐと、私の手の甲に鼻を擦り付ける。
「フフッ。くすぐったい」
「手のひら全体で撫でてみろ」
私はユラの鼻の辺りをゆっくりと優しく撫でた。
「温かい」
「馬は社交性があって、頭が良い。人の顔も覚える事が出来る。なるべく顔を見せてやると良い」
「毎日会いに来ても?」
「……もちろん良いが、俺より夢中になるなよ」
そんな事を言うレナード様が可愛らしくて仕方ない。
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