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第81話
しおりを挟む「エリンの努力を知らずに物を言うな」
レナード様のその静かな声には怒りが込められていた。
「たった数週間一緒に居ただけでしょう?お姉様の何が分かるの?
お姉様はそうやって、さも自分が『一生懸命やってます』っていう風に振る舞うのが得意なのよ。本当は最初から何でも出来るの。不器用なフリをしているだけ。お義兄様も騙されてるのよ」
ナタリーの言い分に私は固まってしまった。本気?ナタリーは本気で……ずっと私の事をそういう目で見てたって事?
私は唖然として何も言えないでいた。悲しい……のとも少し違う。彼女が私をそういう『ズルい』人間なのだと思っていた事に驚きを隠せない。
その言葉を聞いたレナード様は少し顔を顰めると、
「君は……可哀想な人間だな。自分以外の人間がどのように考え、どのように生きているのか想像すら出来ないのか」
と憐れむようにそう言った。
「は?それぐらい想像出来るわよ!」
「そうだろうか?俺も自慢ではないが昔から『器用な奴だ』と言われてきた。確かに要領は良かっただろうし、体格にも恵まれた。だが、それを天性のものだと褒める奴は、俺が毎日剣を振っている事も、辛い訓練に耐えている事も、全て無視だ。その事を無視した上で羨んでくるのだ。賛辞はありがたく受け取っておくが、想像力に乏しい者だと思わざるを得ない」
レナード様の言葉を聞いて、ハリソン様が辛そうな顔をした。……きっと、自分にも思い当たる節があったのだろう。それは、私も同じだ。羨むばかりで、想像出来なかった……。
レナード様の言葉は続く
「エリンがご両親に褒められているのは、エリンの努力をご両親が知っているからだ。
数週間しか一緒にいなかった俺が気づいて、君が気づかなかった理由は君がエリンをきちんと見ていないからだ。エリンの努力を無視しているからだ。
そうやって自分以外の者は神から何か見えない力で得をしていると思い込んで、自分の怠慢を正当化したいからだ」
きっぱりと言ったレナード様にナタリーは何も言えずに真っ赤な顔をして黙り込んだ。
そしてナプキンを叩きつけて、離席しようとするナタリーに
「ナタリー!急に訪ねて来た貴女の為に、急いで食事を用意してくれた使用人にも、そして私達の為に命を捧げてくれた動物達にも失礼よ。座って最後まで食べなさい」
そう私が声を掛けると、ナタリーは渋々といった風にもう一度席に座り直して、今度は黙って続きを食べ始めた。
かなり重苦しい雰囲気で私達は夕食を終える事になった。
食事が終わり、お義父様が席を立つ。食堂を去る間際私がそっと側に行き、不躾な行動を謝罪すると、
「気にするな。十分楽しませて貰ったよ。ハリソンだって今はまともに食事しているが、何度も君の前で無作法な真似をした。それが親の責任だと言うなら、私も反省しなくちゃならん。お互い様だ。
……それに、レナードがあんなにたくさん話すのを初めて聞いた。あいつの気持ちもな。レナードを変えたのは、エリン、君だよ。いや……レナードは君の為なら変われると言う事だろう。良い傾向だ」
と朗らかに笑って、許してくれた。
その後バーバラが直ぐにやって来て、ナタリーに、
「客間の用意が出来ました。湯浴みの準備も出来ましたので案内いたしましょうね」
と優しくナタリーに話しかけるも、ナタリーはガシャンと食器が音を立てる程激しくテーブルに手をつくと、ツカツカと食堂を出て行った。
バーバラが軽く私達に頭を下げてから、ナタリーを追いかける。……後でバーバラにも礼を言っておかなくちゃ……と私は心に決めた。
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