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第90話
しおりを挟むその後の馬車の中は居た堪れない程の重たい空気に支配されていた。
ナタリーは『レナード様を返してよ。本当は私のモノなんだから』と一言最後に捨て台詞を吐いた後は黙って外を眺めていた。
私は正直衝撃を受けていた。
仲の良い姉妹ではないと分かってはいたが、ここまでナタリーに嫌われていたとは。
ナタリーも私に対してコンプレックスを感じていたという事なのか……。だが、この前レナード様が言ってくれた様に私の出来が良いように思えるのならば、それは私の努力の上に成り立っている。
結局ナタリーはあの時にレナード様に言われた事を少しも理解しようとしていなかったという事の様だ。
隣のバーバラもこの重たい空気に押しつぶされそうになっている様で、気を紛らわす為か、レース編みの手を黙々と動かしていた。
学園で私に話しかける男性など一人も居なかった。もちろん婚約者が居たので、そんなものだと気にしたこともなかったが、さっきの話でナタリーがそうさせていたのかもしれない……そう思った。そこまでしてでも私に惨めな思いをさせたかったのだろうか?血が繋がった姉妹だというのに、悲しいことだ。
宿屋ではナタリーの周りをぎっちりと護衛が取り囲んでいる。
「いい加減にしてよ!息が詰まるわ!!」
「逃げ出さない為に必要な事よ」
「もう逃げないわよ!辺境伯領に行くまでに全部お金使っちゃったんだもの!」
「貴女を信用する事は出来ないわ」
押し問答になったとて、私にはナタリーを実家まで送り届ける義務がある。兄のあの手紙……兄がナタリーに怒っているのは間違いない。
そうして私達三人は何とも言えない王都までの旅路を終え、ナタリーを無事(?)実家へと送り届けた。
王都にあるクレイグ辺境伯邸に向かおうとする私に、
「今日ぐらい泊まっていったら良いじゃない」
と母が声を掛ける。
「……やめておくわ。ナタリーの顔をこれ以上見ておくのは疲れるもの」
苦笑する私に『それもそうね』と母も苦笑いだ。
まぁ、ナタリーも私の顔などもう見たくない筈だし……。
父は相変わらず寝たきりであったが、顔色は前よりも良くなっている様に見えた。私が顔を出すとぎこちないが笑顔を見せてくれたので、私はホッとした。
「エリン、ありがとうな」
玄関ホールに居た私に兄がやって来て声を掛けてきた。
さっきまで、随分とナタリーに説教をしていた様だ。
「まぁ……うちに来てくれて良かったわ」
「しかし、何故お前の所に?」
「うーん……。レナード様に乗り換えたかったらしいわよ?」
そう言った私に兄は眉を顰めた。
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