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独り
住み込み見習い
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違和感を感じた客の事を考えながら、仕事を終えた絵都はお世話になっている大商人の屋敷に向かった。目立つので切ってしまった長い髪は今では耳ぐらいの短さで、大きめのツバの付いたキャスケット風の帽子を被れば、顔も隠れて不用意に他人の目を惹くこともない。
あからさまに大きな門など無いシュベルツ大商人の屋敷は、街に溶け込んで目立たない。というよりは敢えてそうして建てた屋敷の様だった。奥行きのあるこの敷地はまるで秘密めいていて、慣れた今でも絵都の心をワクワクさせる。
絵都が商人見習いでお世話になると決めた際、問題になったのが住む場所だった。クリスは店の近くに住んでいるので、絵都もその近くに部屋を探すつもりでいると、大商人は眉を顰めて首を振った。
『エドは魔法師なのだからいざとなればどうにかなるのは分かっておるが、何も敢えて目立つこともないだろう?髪色は帽子で隠せても、日々の生活ではいつもの様に絡まれるのは目に見えておるからね。
もう少し王都に慣れるまで、余計な気を張らずに生活してはどうかね。クリスも以前は私の家に住み込み見習いをしていたのだし、エドもそうしたら良い。屋敷も空き部屋が多くて住んでもらった方が傷まないし、お互いに悪い話ではないよ。』
道路から少し窪んだポーチの先にある年数の経った木の扉に辿り着くと、絵都は取手の上に手をかざした。表向き無骨な扉は、実際には厳重な守りを掛けられている。
魔石の埋め込まれた特殊な鍵でしか開かないその外扉は、魔力の多い絵都は手をかざすだけで開く。扉の中は植栽の植え込まれた植木鉢やオブジェが立体的に飾られていて、正面からは奥が見通せない様になっている。
普段煌びやかな品物に囲まれているせいで、大商人の屋敷にはふんだんに自然物が取り入れられていた。
内玄関を開けると、広々とした気持ちの良いホールから各部屋に続く廊下が放射線状に繋がっている。一番左の廊下の先にエドに割り当てられた部屋がある。
侯爵家のアルバートの部屋と比べると簡素でこじんまりとしていたけれど、部屋の調度品は凝ったアンティークの物が多く、そのせいで居心地が良いのかもしれない。
長年勤めている屋敷の使用人は三人、庭師と御者を兼ねた中年の男と、料理人、そして細々とした家事全般を賄う料理人の妻、そして執事が一人屋敷を任されていた。
エドの部屋は遮断の魔法を掛けてあるので、料理人の妻も出入りはしない。洗濯物だけお願いして部屋の外の籠に出しておく約束にしている。戻って来た洗濯物を有り難く棚にしまうと、エドは手と顔を洗ってもう一度身支度を整えた。
これから夕食だ。基本大商人が不在の時以外は一緒に食事をする事にしているので、今日もいつもの様に食堂へ向かった。客間とは別の家族用の食堂には既に大商人が座っていて、エドを見て食前酒を掲げて微笑んだ。
「先に頂いてるよ。」
いつも店の様子などを報告しているので、エドは今日の新規の客について大商人に話すことにした。
「今日飛び込みの商人が来ましたよ、大商人。コステラ国のモスチェア商会の末っ子らしいです。最近ギルドで登録したばかりなのに店に入れたので、クリスさんが警戒してましたよ。薬草を二種類購入していきました。」
大商人は少し考え込みながら呟いた。
「…モスチェア商会か。私の知る限り確かに末っ子は商人ではなかった気がするね。確か、騎士団所属の憲兵をしていた筈だが。」
絵都はスープを運んできた料理人に礼を言うと、小さなグラスの食前酒を慌てて飲み干した。
「随分詳しいんですね。僕はあの国にいたのに、全然その手の話に疎くて。」
大商人はようやく二杯目の食前酒から手を離すと、スープを飲みながら頷いた。
「あそこの商会はうちと関わりが結構あるからね。内情は分かっているんだよ。しかし騎士団から商人とは随分思い切ったね。エドは彼をどう思ったかね?商人として使えそうかな?」
僕はクスクス笑ってパンを千切った。
「見習いとしてもひよっこ過ぎて、僕があれこれ言える立場じゃありませんよ。ただ、何となく違和感がありました。少し前に武闘派だったとすれば、違和感はそれかもしれませんね。僕に魔力が使えるのかと問われてどう答えるか困りましたけど。」
大商人はその後はその客については特に関心を寄せなかった。美味しい料理を頂いた後は、大商人からこの国の時事ついて少しだけ教わるのが恒例だったけれど、その日は早々に自室へ戻って行ってしまった。
僕は談話室へ移って食後のお茶を飲みながら、蝋燭の揺れる部屋の中からぼんやり暗い中庭を見ていた。
こんな風に独りでゆったりすると、無性にアルバートに会いたくなる。結局独り立ちしているのかしていないのかあやふやな今の状況にも笑えてくる。
「…これだったらアルバートの側にいても一緒だったのかな。結局誰かに面倒を見てもらっているんだから。でも少なくともアルバートから離れる目的は果たしたよね?…アルバートは後継者としてすべき事があるんだから。」
立ち上がった自分の姿と後ろの本棚がテラスに続く大きな両開き扉に映り込んで、絵都は見慣れぬ自分の姿にため息をついた。
「もっともこの短髪じゃアルバートに会えないな。怒られちゃう。」
そんな言葉で自分を納得させてるのかと薄く笑う絵都の視線の先に何かが動いた気がした。中庭は建物の部屋に囲まれているから部外者は入ってこられない構造になっている。
猫とか?そう言えばこの世界で犬猫は見たことがない。でも確かに何かが暗闇を動いた気がしたけど…。心臓がドキドキするのを感じながら、絵都はベストから杖を取り出して握りしめた。
手元の両開き扉の取手をカチリと回すと、鍵が開いた。そのままギィと軋む音を立てて絵都は扉を押し開けた。
あからさまに大きな門など無いシュベルツ大商人の屋敷は、街に溶け込んで目立たない。というよりは敢えてそうして建てた屋敷の様だった。奥行きのあるこの敷地はまるで秘密めいていて、慣れた今でも絵都の心をワクワクさせる。
絵都が商人見習いでお世話になると決めた際、問題になったのが住む場所だった。クリスは店の近くに住んでいるので、絵都もその近くに部屋を探すつもりでいると、大商人は眉を顰めて首を振った。
『エドは魔法師なのだからいざとなればどうにかなるのは分かっておるが、何も敢えて目立つこともないだろう?髪色は帽子で隠せても、日々の生活ではいつもの様に絡まれるのは目に見えておるからね。
もう少し王都に慣れるまで、余計な気を張らずに生活してはどうかね。クリスも以前は私の家に住み込み見習いをしていたのだし、エドもそうしたら良い。屋敷も空き部屋が多くて住んでもらった方が傷まないし、お互いに悪い話ではないよ。』
道路から少し窪んだポーチの先にある年数の経った木の扉に辿り着くと、絵都は取手の上に手をかざした。表向き無骨な扉は、実際には厳重な守りを掛けられている。
魔石の埋め込まれた特殊な鍵でしか開かないその外扉は、魔力の多い絵都は手をかざすだけで開く。扉の中は植栽の植え込まれた植木鉢やオブジェが立体的に飾られていて、正面からは奥が見通せない様になっている。
普段煌びやかな品物に囲まれているせいで、大商人の屋敷にはふんだんに自然物が取り入れられていた。
内玄関を開けると、広々とした気持ちの良いホールから各部屋に続く廊下が放射線状に繋がっている。一番左の廊下の先にエドに割り当てられた部屋がある。
侯爵家のアルバートの部屋と比べると簡素でこじんまりとしていたけれど、部屋の調度品は凝ったアンティークの物が多く、そのせいで居心地が良いのかもしれない。
長年勤めている屋敷の使用人は三人、庭師と御者を兼ねた中年の男と、料理人、そして細々とした家事全般を賄う料理人の妻、そして執事が一人屋敷を任されていた。
エドの部屋は遮断の魔法を掛けてあるので、料理人の妻も出入りはしない。洗濯物だけお願いして部屋の外の籠に出しておく約束にしている。戻って来た洗濯物を有り難く棚にしまうと、エドは手と顔を洗ってもう一度身支度を整えた。
これから夕食だ。基本大商人が不在の時以外は一緒に食事をする事にしているので、今日もいつもの様に食堂へ向かった。客間とは別の家族用の食堂には既に大商人が座っていて、エドを見て食前酒を掲げて微笑んだ。
「先に頂いてるよ。」
いつも店の様子などを報告しているので、エドは今日の新規の客について大商人に話すことにした。
「今日飛び込みの商人が来ましたよ、大商人。コステラ国のモスチェア商会の末っ子らしいです。最近ギルドで登録したばかりなのに店に入れたので、クリスさんが警戒してましたよ。薬草を二種類購入していきました。」
大商人は少し考え込みながら呟いた。
「…モスチェア商会か。私の知る限り確かに末っ子は商人ではなかった気がするね。確か、騎士団所属の憲兵をしていた筈だが。」
絵都はスープを運んできた料理人に礼を言うと、小さなグラスの食前酒を慌てて飲み干した。
「随分詳しいんですね。僕はあの国にいたのに、全然その手の話に疎くて。」
大商人はようやく二杯目の食前酒から手を離すと、スープを飲みながら頷いた。
「あそこの商会はうちと関わりが結構あるからね。内情は分かっているんだよ。しかし騎士団から商人とは随分思い切ったね。エドは彼をどう思ったかね?商人として使えそうかな?」
僕はクスクス笑ってパンを千切った。
「見習いとしてもひよっこ過ぎて、僕があれこれ言える立場じゃありませんよ。ただ、何となく違和感がありました。少し前に武闘派だったとすれば、違和感はそれかもしれませんね。僕に魔力が使えるのかと問われてどう答えるか困りましたけど。」
大商人はその後はその客については特に関心を寄せなかった。美味しい料理を頂いた後は、大商人からこの国の時事ついて少しだけ教わるのが恒例だったけれど、その日は早々に自室へ戻って行ってしまった。
僕は談話室へ移って食後のお茶を飲みながら、蝋燭の揺れる部屋の中からぼんやり暗い中庭を見ていた。
こんな風に独りでゆったりすると、無性にアルバートに会いたくなる。結局独り立ちしているのかしていないのかあやふやな今の状況にも笑えてくる。
「…これだったらアルバートの側にいても一緒だったのかな。結局誰かに面倒を見てもらっているんだから。でも少なくともアルバートから離れる目的は果たしたよね?…アルバートは後継者としてすべき事があるんだから。」
立ち上がった自分の姿と後ろの本棚がテラスに続く大きな両開き扉に映り込んで、絵都は見慣れぬ自分の姿にため息をついた。
「もっともこの短髪じゃアルバートに会えないな。怒られちゃう。」
そんな言葉で自分を納得させてるのかと薄く笑う絵都の視線の先に何かが動いた気がした。中庭は建物の部屋に囲まれているから部外者は入ってこられない構造になっている。
猫とか?そう言えばこの世界で犬猫は見たことがない。でも確かに何かが暗闇を動いた気がしたけど…。心臓がドキドキするのを感じながら、絵都はベストから杖を取り出して握りしめた。
手元の両開き扉の取手をカチリと回すと、鍵が開いた。そのままギィと軋む音を立てて絵都は扉を押し開けた。
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