内気な僕と大人な彼とのマッチングアプリ

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

文字の大きさ
8 / 29
マッチングアプリ

怪しい雲行き

しおりを挟む
 インテリアショップで理人さんに買ってもらった紙袋の重さを感じながら、僕らはそれから洒落た店を数軒冷かした。僕ばかりでなくて、理人さんも手に取った商品を吟味していたから、あながち僕のためだけに店を回っているだけじゃない気がしてホッとした。

「普段時間がある様で無いから、こうやってのんびり買い物をするのは久しぶりなんだ。これも冬馬くんのお陰だね。」

 大人の男の人というのはこんなにも気遣いが出来るものなのだろうか。ひと言ひと言が僕に気を遣ってくれているのが分かって、単純に嬉しい。


 それでもこれからどうするのだろうと考え始めた頃、理人さんは店の外に出ながら僕に声を掛けてきた。

「さて、どこかで食事でもしようか。冬馬くんはもうお酒は飲めるんだよね?強い方?それとも…。」

「飲めます!父が強いので、僕も…。大丈夫です!」

 思わず理人さんに被せる様に主張してしまったのは理由があった。ゲイのデートはお酒が基本みたいな事をネットで見たのと、自分がそこまで飲めない事を言ってしまったら、きっと理人さんは僕をお子様だと思ってますます相手にしてくれないだろう。


 少しでもこの楽しい理人さんとのデートを生き長らえさせたくて、まるで酒豪の様な印象を理人さんに与えてしまった。理人さんは嬉しげに笑みを浮かべると、今度は目的を持った足取りで歩き始めた。

「ゆっくり食事もお酒も楽しめる店があるんだ。カジュアルで賑やかなのも良いけど、周囲の事を気にしなくて済む方が今日は良いかなと思って。勿論私がご馳走してあげるから、冬馬くんは色々気を回さないでね。

 …ちょっとはリラックスできたかな?」


 最後に理人さんに小さく囁かれながら顔を覗き込まれて、僕はコクコクと言葉も無く頷いた。不意打ちはやばい。いきなり好みのイケメンに覗き込まれたら、心臓がおかしくなるのに。

「…理人さんの手のひらで転がされてるのは良いんですけど、ちょっとだけ悔しいです。」

 僕が口を尖らせて愚痴ると、僕の反応なんかお見通しとばかりに理人さんは明るく声を立てて笑った。それから不意に僕の肩をグイと引き寄せると耳元で低くて甘い声で囁いた。


 「…私だって冬馬くんの可愛さにやられっぱなしだよ。」

 直ぐに身体は離されたけれど、その一瞬のスキンシップに僕の心臓は止まりそうだった。一見爽やかな理人さんとは真逆のイメージの、深みのあるスパイシーな香水が感じられて、それはまるで理人さんが別の一面を持っていると教えて来る様だった。

 脳にこびりつく様なその嗅いだことのない大人っぽい香りを、僕は速い鼓動と共に胸の奥へと大事にしまい込んだ。



 理人さんに連れられて入った店は、空間を贅沢に使っているものの、そこまで格式張ってはいない。案内されたテーブルの側の少し離れた壁際にはコートフックもあって、僕は黒のダッフルコートを脱いだ。

 待ちかねた様に理人さんが僕からコートを受け取ると、当然の様にハンガーに掛けてくれた。そのスマートさに、エスコートなどされた事のない僕は胸が文字通りキュンと音を立てる気がした。


 肌触りの良いカシミア調の薄手の白いタートルネックのニットと、ニュアンスのある黒デニムのストレートパンツの組み合わせは僕のお気に入りのスタイルだ。今日は首元に長めのシルバーのネックレスもつけてきた。

 品良く、けれど硬すぎないこなれ感のあるファッションは僕の得意とする所だった。

 振り返った理人さんが僕をじっと見つめると、にっこりと笑みを口元に浮かべた。

「…よく似合ってるね。冬馬くんはアカウントの画像でも思ったけど、凄くお洒落だね。自分に似合うものをよく知っているみたいだ。」


 理人さんみたいに素敵な大人の男性に褒められると悪い気はしない。むしろ嬉しい。口元を緩ませながら、僕は理人さんがキャメル色のロングコートを脱ぐのを見守った。

 ああ、この人のオーラがどこから来ているのか分かった気がする。

 恵まれた体格とバランスの良い長い手足、モデルの様な八頭身がコートを脱ぐと余計に分かる。それは性別関係なくひと目を惹く遺伝子の勝利と言うべきものなのか、実際僕は見惚れてドキドキしてしまっていた。


 黒いクールネックのなめらかな素材のカットソーのトップスは、首筋から胸元にかけて盛り上がる筋肉を感じさせる。手首から覗く高級な腕時計と金のブレスレットのラグジュアリー感を、ブラックブルーのスリムデニムでカジュアルダウンさせてリラックス感を醸し出している。

 僕はファッションが好きだから、余計に理人さんの着こなしは計算され尽くされている印象を受けて、彼のそつの無さを見せつけられた気がした。もう少し隙があって欲しかったと思いながら、僕は理人さんをうっとりと眺めながらぼんやり突っ立っていた。

「…気に入ってくれたみたいだね?さぁ座って。」
 

 笑いを滲ませた表情を浮かべた理人さんにそう声を掛けられて、僕は慌てて椅子に座るとテーブルに置かれたメニューを持ち上げて顔を隠した。恥ずかしい、馬鹿みたいに見とれてしまった。

 とは言えメニューに並ぶ美味しそうな写真を舐める様に見ていくうちに、僕はすっかりお腹が空いてきた。注文を済ませると、直ぐにスパークリングワインとちょっとした前菜の様なものが運ばれて来た。


 僕と理人さんは軽い音を立てて細長いグラスを触れ合わせて乾杯した。喉に軽いけれど、アルコール度数は低くは無い気がする。いつも大学の友人らと飲んでいるチューハイと比べると、直ぐに酔っ払ってしまいそうだから気をつけなくては。

 周囲を見回すとテーブル毎に圧迫を感じない仕切り壁が設置してあるので、他のお客さんの視線を気にしなくても良いので僕はちょっとホッとした。僕と理人さんが一緒に居たらどんな風に他人が思うのか気になったせいだ。


 単純に知り合い?最悪なのは親戚とか…。明らかな年の差のある男同士の僕達は、友達にもカップルにも見えないと思う。

「…理人さんは具体的にどんな人がタイプなんですか。」

 そんな事をツラツラと考えていたせいで、脈絡もなく言葉を発してしまった。理人さんは少し何を考えているのか読めない表情をしてから、小さく笑い混じりの息をついて言った。

「私のプロフィールを見たかい?可愛い人って書いてあっただろう?見た目が可愛いとか、性格が可愛いとか、可愛いには色々あるだろうけど、冬馬くんは少なくとも見た目も性格も仕草も可愛いよ。」


 仲間内の中では大人っぽいと言われる事の多かった僕は、可愛いと言われた事など無かったせいで、そう理人さんに言われてじわじわ顔が熱くなるのを感じた。

「ほら、そうやって赤くなるのも凄く可愛いね。でも悪い大人は簡単に可愛いって言うから気をつけて。私もきっと悪い大人には違いないよ。」

 少し痛みを感じる様な表情を浮かべた理人さんに、僕は思わず突っかかっていた。


 「…僕は世間知らずかもしれませんけど、少なくとももう子供じゃありません。もう自分で何でも決められる大人です。そうやって理人さんに悪い大人ぶられたら一線を引かれてる様で悲しいです。

 生意気言ってすみません。でも、恋愛は大人と子供の間では成り立たないでしょう?理人さんは今日どう言うつもりで僕と会ってくれたんですか?僕はデートのつもりですけど、理人さんは…僕を恋愛対象に見てますか?」

 不味い。ここまで言うつもりは無かったのに。スパークリングワインのせいにはしたく無いけど、目を見開いて僕を見つめる理人さんがどう答えるのかもう考えたくも無かった。




 
 
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

αが離してくれない

雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。 Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。 でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。 これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...