11 / 39
本編
L01.魔性の少年
しおりを挟む
誰かに愛されるなんて、とても簡単なことだと思っていた。
クロエの胸に傷痕があることを知った数日後の朝。
リュカは、そっと食堂の向かいの席に座るクロエをうかがった。
美味しそうに自家製ジャムを塗ったパンを食べている姿を見て、リュカの口元が自然とほころぶ。
自分が作ったものを好きな人が食べて美味しそうにしている姿を見るのは、とても幸せなことだ。
親兄妹に振る舞ったことはあるが、クロエに食べてもらうのは格別だとリュカは思う。
それと同時に、頑なな態度を崩さないクロエに、少々戸惑っていた。
今まで一緒だった寝室は断固として別にされ、いってらっしゃいの口付けも避けられるようになった。
今こうしているように食事は一緒だし、普通の会話もある。
けれど、目を合わせることは前より減った。
一本芯の通った意志が見える深緑の瞳が自分に向いていないことに、リュカは不満を覚えている。
もちろん、一切の身体的接触を絶たれていることにもだ。
嫌われたわけではない、と思う。
クロエは情深い人だが、思い切りがいい。
もし徹底的に嫌われたとしたら、もっと義務的に接してくるはずだ。
契約があるから、即離縁ということはなくとも。
それならば、まだ機会はある。
今はまだ、これまで通りに振る舞う方が得策。
無意識の内にそう計算し、リュカは物理的距離を置くクロエに少しだけ拗ね、時に甘えてみせる。
クロエはやはり邪険にはせず、ただ少しの警戒心と戸惑いを抱えてリュカに対応する。
男女問わず大抵の人間は、リュカと少し話せばすぐにリュカのことを好きになり、自分のものにしたいと欲するのに、クロエは違う。
魅了の力が利いていないわけでもないのに、クロエは踏みとどまる。
リュカに、堕ちて来ない。
それが不思議で、もどかしくて。
少しだけ、ほっとする。
クロエは違う。
力ずくでリュカを己のものにしようする輩どもとは。
目が合っただけで、リュカに堕ち狂う者たちとは。
この自分に厳しい女性は、健全な理性と強い意志を、そのしなやかな身体の内に持っている。
リュカの、とても眩しく愛おしい人。
リュカ・ラ・トゥールは、魔性の生き物だった。
精霊王と人間の間に生まれた母はその幼少期を人目に触れぬ精霊王の住処で育ったので、精霊の血を濃くひく幼子がこれほど人を惑わせるとは周りの誰も知らなかった。
それが知れたのは、リュカが生まれたすぐ後のこと。
若い女中の一人が、リュカを誘拐しようとしたのだ。
幸いにもすぐに女中は取り押さえられ、リュカも無事だった。
女中はあまりのリュカの可愛らしさに魔が差したと供述した。
生まれた直後の乳児は、一般的にいえば猿に近く肉親以外はあまり可愛く見えないというのが定説だが、リュカは違った。
生まれた時から、天使もかくやという可愛らしさだったのだ。
だからリュカの両親も、まぁそういうこともあろうと、女中を紹介状と退職金なしで解雇し、警備を強化するに止めた。
それまでの女中の働きに免じてのことと、醜聞を避けてのことだ。
貴族というのは、被害者になっても社交界で面倒なことになるのである。
リュカが普通ではないと分かったのは、それから何日も経っていない頃だった。
今度は警備の男がリュカを浚おうとしたのだ。
警備の男は、若いながらも周りからの信頼の厚い者だった。
だからこそ、リュカの警備に抜擢されたのだ。
それなのに、リュカの寝顔を見た警備の男は発作的にリュカを連れ去ろうとした。
これもまた途中で別の使用人に見咎められ、ことなきを得ている。
数日の間に誘拐沙汰が二度起きた。
ラ・トゥール伯爵夫妻はこれはおかしいと直感する。
執事や女中頭から上がった報告が、それを後押しした。
リュカに関わる使用人たちは、リュカに接するのを恐れているという。
リュカを見るとあまりの可愛らしさに己がものにしたいという欲求が自身で抑えきれないほど湧き上がってしまう。このままでは先の女中や警備のようになってしまいそうだ、と。
『お父様に見てもらいましょう』
そう言ったのは、ラ・トゥール伯爵夫人だった。
伯爵は妻の言葉に、苦い顔でうなずいた。
苦手な義父であるが、可愛い我が子と己の心の平穏なら秤にかけるまでもない。
愛娘に請われ、ちょうど新たに生まれた孫に会いたいと思っていた精霊王は、妻を連れてすぐにやってきた。
そして、リュカを見て即座に言った。
『この子は、人よりも精霊に近い。が、完全に精霊ではない分、質が悪かろう』
『どのような弊害がありましょう?』
娘婿に尋ねられた精霊王は、反射的に嫌そうな顔をして答えた。
『この子は己が望もうが望むまいが、過剰に愛される。精霊の子なら見える者は少なく、また見える者はそういうものだと分別している。それに精霊の子は幼くとも己の身を守る術を生来会得しているもの。この子には、自身を守る術はまだ持たないようだ』
『お父様、まだ、と言った?』
希望にすがるように、伯爵夫人が尋ねる。
精霊王は安心させるようにうなずいた。
『成長すれば、また変わろう。少なくとも、成体になれば過剰な魅了体質はなくなるはずだ。そういうものだからな。成体になるのは人と同じ。十六、七の頃だろう』
『この子を守るには、どうしたら良いでしょうか』
精霊王は真剣な眼差しで問う伯爵をちらりと見る。
娘をかっさらって行った娘婿は憎いが、娘と孫は可愛い。
精霊王は勘案するようにゆっくりと瞬いた。
『……ひとまずは、この子の周りは血縁者で固めよ。血縁には魅了の力はあまり作用しない。それに魅了の力は若い者にほど効く。血縁のない若者は近づけぬ方が良かろう。あとはあまり顔をさらさぬことだ』
精霊王は己の住処に引き取るとは言わなかった。
それが一番穏便に済む方法だと理解していたが、幼いながらも弟の心配をしている上の孫二人と、子の為にはなんでもすると覚悟を決めた目をしている娘夫婦を見るに、彼らから三番目の孫を引き離すのは良くない。
人である妻と出会い、娘を成人するまで育てた精霊王は、人の考え方もある程度理解していた。
その上での判断だった。
幸いと言って良いのか、精霊王の孫で厄介な性質を継いだのはリュカだけだった。
兄二人も後から生まれた妹二人も、リュカのような精霊の性質は持っていない。
厄介な業を背負って育つことになったリュカだが、本人はそこまで悲観していなかった。
血縁者と海千山千の年輩の使用人たちに囲まれ、すくすくと育ったからだ。
愛らしい見た目と魅了の力もさることながら、明るく屈託のない性格のリュカは皆に愛された。
それに成長するにつれ魅了の力もある程度落ち着き、目が合っただけで誘拐されるようなこともなくなった。
時には嫌な目に遭うこともあったが、その程度のことは他の見目の良い貴族の子女も経験する程度のことだ。
だから、リュカが十二歳になる年。長男と同じように貴族学校へ入学させることを、両親は決めた。
線の細いリュカは、次兄のように騎士学校へ入ることは無理だと自覚していたので特に異論もなかった。
同じ年頃の子たちと学べることが、素直に嬉しかった。
利発で愛らしいリュカは、学校でも愛された。
友人も出来、毎日が楽しかった。
ちょっかいもよくかけられたが、それをかわす術をリュカは学んでいたし、周りもよく助けてくれた。
しかし、それも一年ほどの幸福だった。
このまま普通に暮らせるのではないかという希望は、リュカの体質の変化によって打ち砕かれる。
周りのほとんどに第二次性徴が来た頃、リュカの成長は止まった。
それと同時に、魅了の力がまた強まったのだ。
その結果は、世間に噂されている通りだった。
やむを得ず学校を辞めることになったリュカは、屋敷内に引きこもるはめになった。
明るく前向きなリュカも、さすがに友人と思っていた者たちから狂愛ともいうべき情を向けられ、暴動の原因になったことには参ってしまった。
愛らしいリュカの憂い顔は、さらに幾人もの使用人たちを惑わせ、リュカの周りは血縁者と年輩の使用人で再び固められた。
屋敷全体が何となく沈んだ空気になるなか、それを払拭しようとしたのは妹たちだった。
妹たちは引きこもるリュカの部屋に押し掛け、細腰に手を当てながら憤慨する。
『もうっ、リュカお兄さま! せっかくの可愛らしい見目なのに、キノコが生えそう!』
『本当本当! カビも生えてしまいそう! わたくしたちとよく似た愛らしいお顔が台無しよ!』
見た目だけは本人たちが言うようにリュカによく似た儚げな美少女である彼女らは、意外と力が強い。
しかも二人がかりときては、リュカに逆らう術はない。
妹たちはぐいぐいとリュカを引っ張り、何故か裁縫室へと連れてきた。
『だいたい、先の騒動だってお兄さまのせいではあるけれど、お兄さまの意志ではないでしょう。体質じゃどうしようもないじゃない。だったら切り替えてしまった方がいいわ』
『そうそう。何かに集中してしまった方が余計なことは考えないでしょう? だから、わたくしたちと一緒にお裁縫をしたらいいわ』
『えぇ。そうしましょう。わたくしたちが教えて差し上げてよ』
『泣いて喜んでくださって良いのよ』
リュカより数段たくましい妹たちは、満面の笑みで布と図案を差し出す。
裁縫って女の子のすることだよね、と少しだけ迷ったリュカだったが、元から男らしさとは無縁だったと思い返し、素直にそれらを受け取った。
『そうだね。どうせ引きこもるなら、家で出来ることを身につけてみようかなぁ』
器用なリュカは、裁縫の腕をめきめきと上げ、家政を学び、どうせならと普通の貴族はしない料理や掃除洗濯も一通りこなせるようになった。
幸いなことに、家のことをするのは、リュカの性に合っているようだった。
妹たちが言ったように、新たな技術や知識を身につけるのに集中すると、ふさいでいた気持ちもだいぶ落ち着いた。
一度落ち着くと、屋敷の外も気になるようになった。
祖父である精霊王は、リュカを不憫に思って守護をかけたフードの深い外套を贈ってくれた。
これは、かぶると魅了の力も弱まる優れものだ。
それで不自由はだいぶ減った。
自身の厄介な体質は嫌というほど知っていたし、奉仕活動で司祭に罵られてからは、より人前に出る時は気をつけるようになった。
それでも、少しだけ浮かれていたのかも知れない。
この外套をまとっていれば誰もリュカに愛を囁いて来ない。
誰もリュカからの愛を得ようと躍起にならない。
誰かを狂わせることなく出歩けるのは、とても清々しい気分で。
だから。
(油断しちゃったな……)
多くの人が行き交う雑踏の中、赤ら顔の男に襟首を掴まれながら、リュカはおおいに反省していた。
クロエの胸に傷痕があることを知った数日後の朝。
リュカは、そっと食堂の向かいの席に座るクロエをうかがった。
美味しそうに自家製ジャムを塗ったパンを食べている姿を見て、リュカの口元が自然とほころぶ。
自分が作ったものを好きな人が食べて美味しそうにしている姿を見るのは、とても幸せなことだ。
親兄妹に振る舞ったことはあるが、クロエに食べてもらうのは格別だとリュカは思う。
それと同時に、頑なな態度を崩さないクロエに、少々戸惑っていた。
今まで一緒だった寝室は断固として別にされ、いってらっしゃいの口付けも避けられるようになった。
今こうしているように食事は一緒だし、普通の会話もある。
けれど、目を合わせることは前より減った。
一本芯の通った意志が見える深緑の瞳が自分に向いていないことに、リュカは不満を覚えている。
もちろん、一切の身体的接触を絶たれていることにもだ。
嫌われたわけではない、と思う。
クロエは情深い人だが、思い切りがいい。
もし徹底的に嫌われたとしたら、もっと義務的に接してくるはずだ。
契約があるから、即離縁ということはなくとも。
それならば、まだ機会はある。
今はまだ、これまで通りに振る舞う方が得策。
無意識の内にそう計算し、リュカは物理的距離を置くクロエに少しだけ拗ね、時に甘えてみせる。
クロエはやはり邪険にはせず、ただ少しの警戒心と戸惑いを抱えてリュカに対応する。
男女問わず大抵の人間は、リュカと少し話せばすぐにリュカのことを好きになり、自分のものにしたいと欲するのに、クロエは違う。
魅了の力が利いていないわけでもないのに、クロエは踏みとどまる。
リュカに、堕ちて来ない。
それが不思議で、もどかしくて。
少しだけ、ほっとする。
クロエは違う。
力ずくでリュカを己のものにしようする輩どもとは。
目が合っただけで、リュカに堕ち狂う者たちとは。
この自分に厳しい女性は、健全な理性と強い意志を、そのしなやかな身体の内に持っている。
リュカの、とても眩しく愛おしい人。
リュカ・ラ・トゥールは、魔性の生き物だった。
精霊王と人間の間に生まれた母はその幼少期を人目に触れぬ精霊王の住処で育ったので、精霊の血を濃くひく幼子がこれほど人を惑わせるとは周りの誰も知らなかった。
それが知れたのは、リュカが生まれたすぐ後のこと。
若い女中の一人が、リュカを誘拐しようとしたのだ。
幸いにもすぐに女中は取り押さえられ、リュカも無事だった。
女中はあまりのリュカの可愛らしさに魔が差したと供述した。
生まれた直後の乳児は、一般的にいえば猿に近く肉親以外はあまり可愛く見えないというのが定説だが、リュカは違った。
生まれた時から、天使もかくやという可愛らしさだったのだ。
だからリュカの両親も、まぁそういうこともあろうと、女中を紹介状と退職金なしで解雇し、警備を強化するに止めた。
それまでの女中の働きに免じてのことと、醜聞を避けてのことだ。
貴族というのは、被害者になっても社交界で面倒なことになるのである。
リュカが普通ではないと分かったのは、それから何日も経っていない頃だった。
今度は警備の男がリュカを浚おうとしたのだ。
警備の男は、若いながらも周りからの信頼の厚い者だった。
だからこそ、リュカの警備に抜擢されたのだ。
それなのに、リュカの寝顔を見た警備の男は発作的にリュカを連れ去ろうとした。
これもまた途中で別の使用人に見咎められ、ことなきを得ている。
数日の間に誘拐沙汰が二度起きた。
ラ・トゥール伯爵夫妻はこれはおかしいと直感する。
執事や女中頭から上がった報告が、それを後押しした。
リュカに関わる使用人たちは、リュカに接するのを恐れているという。
リュカを見るとあまりの可愛らしさに己がものにしたいという欲求が自身で抑えきれないほど湧き上がってしまう。このままでは先の女中や警備のようになってしまいそうだ、と。
『お父様に見てもらいましょう』
そう言ったのは、ラ・トゥール伯爵夫人だった。
伯爵は妻の言葉に、苦い顔でうなずいた。
苦手な義父であるが、可愛い我が子と己の心の平穏なら秤にかけるまでもない。
愛娘に請われ、ちょうど新たに生まれた孫に会いたいと思っていた精霊王は、妻を連れてすぐにやってきた。
そして、リュカを見て即座に言った。
『この子は、人よりも精霊に近い。が、完全に精霊ではない分、質が悪かろう』
『どのような弊害がありましょう?』
娘婿に尋ねられた精霊王は、反射的に嫌そうな顔をして答えた。
『この子は己が望もうが望むまいが、過剰に愛される。精霊の子なら見える者は少なく、また見える者はそういうものだと分別している。それに精霊の子は幼くとも己の身を守る術を生来会得しているもの。この子には、自身を守る術はまだ持たないようだ』
『お父様、まだ、と言った?』
希望にすがるように、伯爵夫人が尋ねる。
精霊王は安心させるようにうなずいた。
『成長すれば、また変わろう。少なくとも、成体になれば過剰な魅了体質はなくなるはずだ。そういうものだからな。成体になるのは人と同じ。十六、七の頃だろう』
『この子を守るには、どうしたら良いでしょうか』
精霊王は真剣な眼差しで問う伯爵をちらりと見る。
娘をかっさらって行った娘婿は憎いが、娘と孫は可愛い。
精霊王は勘案するようにゆっくりと瞬いた。
『……ひとまずは、この子の周りは血縁者で固めよ。血縁には魅了の力はあまり作用しない。それに魅了の力は若い者にほど効く。血縁のない若者は近づけぬ方が良かろう。あとはあまり顔をさらさぬことだ』
精霊王は己の住処に引き取るとは言わなかった。
それが一番穏便に済む方法だと理解していたが、幼いながらも弟の心配をしている上の孫二人と、子の為にはなんでもすると覚悟を決めた目をしている娘夫婦を見るに、彼らから三番目の孫を引き離すのは良くない。
人である妻と出会い、娘を成人するまで育てた精霊王は、人の考え方もある程度理解していた。
その上での判断だった。
幸いと言って良いのか、精霊王の孫で厄介な性質を継いだのはリュカだけだった。
兄二人も後から生まれた妹二人も、リュカのような精霊の性質は持っていない。
厄介な業を背負って育つことになったリュカだが、本人はそこまで悲観していなかった。
血縁者と海千山千の年輩の使用人たちに囲まれ、すくすくと育ったからだ。
愛らしい見た目と魅了の力もさることながら、明るく屈託のない性格のリュカは皆に愛された。
それに成長するにつれ魅了の力もある程度落ち着き、目が合っただけで誘拐されるようなこともなくなった。
時には嫌な目に遭うこともあったが、その程度のことは他の見目の良い貴族の子女も経験する程度のことだ。
だから、リュカが十二歳になる年。長男と同じように貴族学校へ入学させることを、両親は決めた。
線の細いリュカは、次兄のように騎士学校へ入ることは無理だと自覚していたので特に異論もなかった。
同じ年頃の子たちと学べることが、素直に嬉しかった。
利発で愛らしいリュカは、学校でも愛された。
友人も出来、毎日が楽しかった。
ちょっかいもよくかけられたが、それをかわす術をリュカは学んでいたし、周りもよく助けてくれた。
しかし、それも一年ほどの幸福だった。
このまま普通に暮らせるのではないかという希望は、リュカの体質の変化によって打ち砕かれる。
周りのほとんどに第二次性徴が来た頃、リュカの成長は止まった。
それと同時に、魅了の力がまた強まったのだ。
その結果は、世間に噂されている通りだった。
やむを得ず学校を辞めることになったリュカは、屋敷内に引きこもるはめになった。
明るく前向きなリュカも、さすがに友人と思っていた者たちから狂愛ともいうべき情を向けられ、暴動の原因になったことには参ってしまった。
愛らしいリュカの憂い顔は、さらに幾人もの使用人たちを惑わせ、リュカの周りは血縁者と年輩の使用人で再び固められた。
屋敷全体が何となく沈んだ空気になるなか、それを払拭しようとしたのは妹たちだった。
妹たちは引きこもるリュカの部屋に押し掛け、細腰に手を当てながら憤慨する。
『もうっ、リュカお兄さま! せっかくの可愛らしい見目なのに、キノコが生えそう!』
『本当本当! カビも生えてしまいそう! わたくしたちとよく似た愛らしいお顔が台無しよ!』
見た目だけは本人たちが言うようにリュカによく似た儚げな美少女である彼女らは、意外と力が強い。
しかも二人がかりときては、リュカに逆らう術はない。
妹たちはぐいぐいとリュカを引っ張り、何故か裁縫室へと連れてきた。
『だいたい、先の騒動だってお兄さまのせいではあるけれど、お兄さまの意志ではないでしょう。体質じゃどうしようもないじゃない。だったら切り替えてしまった方がいいわ』
『そうそう。何かに集中してしまった方が余計なことは考えないでしょう? だから、わたくしたちと一緒にお裁縫をしたらいいわ』
『えぇ。そうしましょう。わたくしたちが教えて差し上げてよ』
『泣いて喜んでくださって良いのよ』
リュカより数段たくましい妹たちは、満面の笑みで布と図案を差し出す。
裁縫って女の子のすることだよね、と少しだけ迷ったリュカだったが、元から男らしさとは無縁だったと思い返し、素直にそれらを受け取った。
『そうだね。どうせ引きこもるなら、家で出来ることを身につけてみようかなぁ』
器用なリュカは、裁縫の腕をめきめきと上げ、家政を学び、どうせならと普通の貴族はしない料理や掃除洗濯も一通りこなせるようになった。
幸いなことに、家のことをするのは、リュカの性に合っているようだった。
妹たちが言ったように、新たな技術や知識を身につけるのに集中すると、ふさいでいた気持ちもだいぶ落ち着いた。
一度落ち着くと、屋敷の外も気になるようになった。
祖父である精霊王は、リュカを不憫に思って守護をかけたフードの深い外套を贈ってくれた。
これは、かぶると魅了の力も弱まる優れものだ。
それで不自由はだいぶ減った。
自身の厄介な体質は嫌というほど知っていたし、奉仕活動で司祭に罵られてからは、より人前に出る時は気をつけるようになった。
それでも、少しだけ浮かれていたのかも知れない。
この外套をまとっていれば誰もリュカに愛を囁いて来ない。
誰もリュカからの愛を得ようと躍起にならない。
誰かを狂わせることなく出歩けるのは、とても清々しい気分で。
だから。
(油断しちゃったな……)
多くの人が行き交う雑踏の中、赤ら顔の男に襟首を掴まれながら、リュカはおおいに反省していた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる