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第一章
11.弟子の能力が計り知れない件
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「あ、はい。私は構いません。おじじ様も喜ばれると思います」
ジゼルがバラデュール翁の研究を引き継ぎたいとフェリクスに告げたのは、翌日午前のことだった。
工房の庭で日課となっている魔力の制御訓練を終えたフェリクスに、強欲と罵られることさえ覚悟して話したが、結果は先の言葉通りだ。
彼があまりにあっさりと許可したものだから、ジゼルはこめかみに手を当てて唸る。
「えーとね。魔術師にとって研究成果ってものすごーく大事なものでね。前に少し話した通り、発表するまで自身と本当に信頼出来る一番弟子くらいにしか読めない文字で書いたりするものなの。財産なの。命なの。だからね、そんな軽々しく考えないで、よくよく考えて欲しいの」
「お師匠様は、おじじ様の研究を引き継ぎたいのではないのですか?」
フェリクスが小首を傾げた。
ジゼルは仏頂面でフェリクスを見上げる。
「いや、引き継ぎたいけどさ。マルク・バラデュール翁と言ったら水棲妖魔研究の分野では今でも論文引用される権威だよ。その研究なんだから、もっと条件を付けるとか、お金を要求するとか、いろいろあるでしょう?」
「自分としましては、おじじ様の遺志という点ではともかく、研究そのものにはそれほどこだわってはいません。信頼に足る方が早くおじじ様の研究を再開してくださるのは喜ばしいことです。それに私が一人前になったらお師匠様分も含めて研究を引き渡してくださる、というのも破格だと思いますが?」
「だって、元々フェリクスが相続したものだし……」
「弟子にして頂けなければ魔術文字を読むことも出来ませんから、そのまま宝の持ち腐れにしていたか、誰かに丸ごと渡すかでしたよ。伝言を聞くことが出来たのも、お師匠様のおかげです」
「それでも対価は必要だよ。それだけの価値があるものなんだから」
言い募るジゼルに、フェリクスが思案顔になる。
「私は十分だと思いますけど……。あぁ、そうだ。では、こうしましょう」
ぽんっと手を打って、フェリクスが言う。
「私が一人前になった後は共同研究ということにしてください。それなら私はお師匠様の協力を得られる。お師匠様は研究を続けられる。双方に得でしょう」
にこにこ笑うフェリクスに、ジゼルは困ったように眉を下げた。
「……フェリクスは、それで良いの?」
「えぇ、もちろん。私から提案しているのですから」
(それって、研究成果の名義うんぬんもそうだけど、フェリクスが一人前になっても一緒に居るってことでしょう? フェリクスはそれを分かって言ってる? うーん)
鉄壁の笑みの奥の真意を読みとることは、ジゼルには出来なかった。
歳はこちらの方が四つも上だが、やっぱりくぐって来た修羅場が違う気がする。
ジゼルは諦めて目をそらした。
ここで言い合っても埒があかない。
ジゼルがバラデュール翁の研究を引き継ぐ許可は得た。
今はそれで良い。
フェリクスが一人前になった後のことは、その時にもう一度話し合おう。
「分かった。気が変わったら、すぐに言ってね」
「お師匠様は律儀ですね」
フェリクスが柔らかな笑みを浮かべる。
ジゼルは肩をすくめた。
「小心者なだけだよ。別に律儀でも善人でもない」
別にジゼルが善人だから、公明であろうとしているわけではない。
自分の利益ばかり追求していくと、余計な恨みを買うことになる。
特に魔術師が相手となれば、どんな陰湿な呪いを掛けられるか分かったものではない。
フェリクスも熟達すれば優れた魔術師になるだろう。
今でさえ、暴力ではフェリクスには敵わない。
弟子を侮り虐げて、悲惨な末路に至った師匠の話などは、稀に聞く。
その二の舞は御免だった。
「いえいえ。お師匠様は善人ですよ。至って普通の感性を持った、ね。私はそんなお師匠様をとても好ましく思います」
「は?」
「こんな言い方は不遜でしたね。お許しください」
ジゼルが顔をしかめると、フェリクスが仰々しい礼をした。
騎士の礼ではないものの芝居がかったその仕草に、ジゼルはますます苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ムカつくから、宿題を倍にしておくわ」
「それは私にとってはご褒美ですね」
本当に嬉しそうなフェリクスに、
(やっぱり、フェリクスの感性は分からないわ)
と首を振るジゼルであった。
うわあああああ!!
どんっ!!!
そろそろ座学のために工房内へ入ろうとしたところで、野太い男の悲鳴と何かがぶつかる重たい音が聞こえた。
一瞬顔を見合わせたジゼルとフェリクスは、庭から表に回り路地に飛び出した。
緊急時に地方騎士団や医療魔術師が駆けつけるまで、近所同士で助け合うのは当たり前だ。
無視など出来るはずがない。
「フェリクス! 先に行って!」
路地の先に人だかりが見えるが、ジゼルの鈍足に合わせていては間に合わない可能性もある。
「分かりました!」
フェリクスは走る速度を上げ、あっという間に人だかりの中へ入って行く。
いくらか遅れて、ジゼルも路地と大通りが交わる辻の人だかりへ辿り着いた。
しかし、ジゼルの背丈では人だかりの向こうは見えない。
「ど、どうしました?」
荒い息を吐きながら、野次馬の一人に尋ねる。
「あぁ、魔女先生! 事故だよ。辻馬車の事故!」
「事故!」
ジゼルは目を見開いた。
馬車の事故は、ままあることである。
馬が何かに驚いたり、石畳に車輪がはまってしまったりが原因としては多い。
しかし、家のすぐ近くでというのは初めてだった。
「お医者様! お医者様を呼んで!」
「しっかりしろ!」
「今助けるぞ! 頑張れ!」
切羽詰まった声が人垣の向こうから聞こえる。
「通して、通してください! 魔女エランです!!」
声を張り上げながら、なんとか人垣の向こうへ出る。
大通りはひどい有様だった。
辻馬車が荷車と衝突して横転したらしく、大破した荷車の部品や商品らしい野菜が散乱し、馬が横たわり、馬車は真横に倒れていた。
横転した馬車の中に閉じこめられた人たちは、フェリクスや何人かの男性が助け出している。
「魔女さま! お願いします! うちの人を助けてください!!」
頭から血を流して倒れている男性の側にひざまずいた女性が、泣きながら叫んだ。
ジゼルは辺りをざっと見回し、その男性が一番重傷そうに見えたので駆け寄る。
石畳に膝をついて、男性の身体に手を当てた。
魔術師になれるほどでなくても、人は微量の魔力を持っている。
怪我や病気になると、魔力の巡りがおかしくなると分かっていた。
それを視て、患部を判別する方法だ。
街の魔術師になるなら、と応急手当魔術を厳しく仕込んでくれた師匠に感謝である。
感知した魔力の乱れを魔術回路に構築した術で解析する。
(頭の出血より、肋骨が折れて肺を傷つけてるところが重傷!)
まずいと顔をしかめそうなのをぐっと堪えて、魔術を構築した。
男性の周囲に白く輝く魔術陣が浮かび上がる。
肺から胸腔内に漏れた空気に魔術干渉して肺の中に戻し、ジゼルの魔力を変質させて肺の穴を骨はそのままに仮に塞ぐ。
呼吸を助ける魔術を重ね掛けして、頭の出血をハンカチで圧迫した。
ジゼルに出来るのはここまでだ。
「応急手当はしました。医者や医療魔術の使い手が来るまで動かさないでください。あなたは痛いところや気分が悪かったりはしませんか?」
「はい。ありがとうございます……私は大丈夫です」
確かに、見る限りは女性の方は大丈夫そうだ。
ジゼルはうなずいて、次の怪我人に向かい応急手当を始める。
すぐに地方騎士団や医療魔術師が駆けつけたので、救助も順調に進んだ。
やはり一番重傷だったのは先ほどの男性で、他は足を骨折している者も居たが命に別状はない。
怪我人はどんどん、近くの医院に搬送されて行った。
馬車の中に閉じこめられていた人たちも、全員助け出されている。
「死人が出なくて良かった……」
ジゼルはほっと息を吐いた。
医療魔術師に適切な応急手当だったと言ってもらえたことにも、安堵している。
(そういえば、フェリクスは……)
彼の姿を探して首を巡らせると、騎士団員が馬から壊れた馬車とをつなぐハーネスを外している様子が目に入る。
「落ち着け。もう大丈夫だ」
「ヒュン! ヒヒイーン!」
騎士団員が馬をなだめるが、興奮した馬が威嚇の鳴き声をあげた。
「危ない! 逃げろ!」
立ち上がった馬が暴れそうな気配に、野次馬たちが大声を出して逃げ始めた。
それが更に馬を逆撫でする。
ついに駆け出した馬に、近づく影があった。
(フェリクス!?)
ジゼルは思わず叫びそうになり、自身の口を手でふさいだ。
フェリクスが駆け出した馬具も付けていない馬の背に飛び乗ったのだ。
これ以上、馬を刺激してはいけないと分かっていても、悲鳴をあげそうになる。
「!?」
馬が前足を上げ、竿立ちになった。
振り落とされるかと思いきや、フェリクスはどうやってかはジゼルには分からないが振り落とされなかった。
それどころか、前足を下ろした馬は数歩走ったものの、すぐに落ち着き立ち止まったのだ。
「よし。いい子だ」
フェリクスがひらりと馬の背から降り、笑顔で馬の首を叩く。
馬はすっかりフェリクスに心を開いたように、「ぶるる」と鳴いた。
「フェリクス、大丈夫?」
ジゼルは恐る恐るフェリクスと馬に近づく。
フェリクスはにこやかに答えた。
「はい。事故で混乱していたようですが、賢い馬だったので」
「それでも普通、裸乗りの訓練を受けてない馬、しかも気が立っている馬に乗ろうだなんて、正気の沙汰じゃありませんよ」
駆け寄ってきた騎士団員が、信じられないと首を横に振って言った。
「とはいえ、ご協力誠に感謝致します。貴殿がいなければ、更なる惨事になるところでした。ありがとうございます!」
びしっと騎士団員が敬礼する。
「いえ。お役に立てたのなら幸いです」
フェリクスが微笑むと、騎士団員の顔が赤らんだ。
げふんげふんと咳払いして誤魔化しているが、フェリクスの笑顔に魅了されたのは明白だ。
(フェリクスの顔の良さって男にも効くんだ。っていうか、騎士から見てもさっきの曲芸みたいな乗り方は普通じゃないんだ……)
やはりこの弟子はとんでもないな、とジゼルは思った。
ジゼルがバラデュール翁の研究を引き継ぎたいとフェリクスに告げたのは、翌日午前のことだった。
工房の庭で日課となっている魔力の制御訓練を終えたフェリクスに、強欲と罵られることさえ覚悟して話したが、結果は先の言葉通りだ。
彼があまりにあっさりと許可したものだから、ジゼルはこめかみに手を当てて唸る。
「えーとね。魔術師にとって研究成果ってものすごーく大事なものでね。前に少し話した通り、発表するまで自身と本当に信頼出来る一番弟子くらいにしか読めない文字で書いたりするものなの。財産なの。命なの。だからね、そんな軽々しく考えないで、よくよく考えて欲しいの」
「お師匠様は、おじじ様の研究を引き継ぎたいのではないのですか?」
フェリクスが小首を傾げた。
ジゼルは仏頂面でフェリクスを見上げる。
「いや、引き継ぎたいけどさ。マルク・バラデュール翁と言ったら水棲妖魔研究の分野では今でも論文引用される権威だよ。その研究なんだから、もっと条件を付けるとか、お金を要求するとか、いろいろあるでしょう?」
「自分としましては、おじじ様の遺志という点ではともかく、研究そのものにはそれほどこだわってはいません。信頼に足る方が早くおじじ様の研究を再開してくださるのは喜ばしいことです。それに私が一人前になったらお師匠様分も含めて研究を引き渡してくださる、というのも破格だと思いますが?」
「だって、元々フェリクスが相続したものだし……」
「弟子にして頂けなければ魔術文字を読むことも出来ませんから、そのまま宝の持ち腐れにしていたか、誰かに丸ごと渡すかでしたよ。伝言を聞くことが出来たのも、お師匠様のおかげです」
「それでも対価は必要だよ。それだけの価値があるものなんだから」
言い募るジゼルに、フェリクスが思案顔になる。
「私は十分だと思いますけど……。あぁ、そうだ。では、こうしましょう」
ぽんっと手を打って、フェリクスが言う。
「私が一人前になった後は共同研究ということにしてください。それなら私はお師匠様の協力を得られる。お師匠様は研究を続けられる。双方に得でしょう」
にこにこ笑うフェリクスに、ジゼルは困ったように眉を下げた。
「……フェリクスは、それで良いの?」
「えぇ、もちろん。私から提案しているのですから」
(それって、研究成果の名義うんぬんもそうだけど、フェリクスが一人前になっても一緒に居るってことでしょう? フェリクスはそれを分かって言ってる? うーん)
鉄壁の笑みの奥の真意を読みとることは、ジゼルには出来なかった。
歳はこちらの方が四つも上だが、やっぱりくぐって来た修羅場が違う気がする。
ジゼルは諦めて目をそらした。
ここで言い合っても埒があかない。
ジゼルがバラデュール翁の研究を引き継ぐ許可は得た。
今はそれで良い。
フェリクスが一人前になった後のことは、その時にもう一度話し合おう。
「分かった。気が変わったら、すぐに言ってね」
「お師匠様は律儀ですね」
フェリクスが柔らかな笑みを浮かべる。
ジゼルは肩をすくめた。
「小心者なだけだよ。別に律儀でも善人でもない」
別にジゼルが善人だから、公明であろうとしているわけではない。
自分の利益ばかり追求していくと、余計な恨みを買うことになる。
特に魔術師が相手となれば、どんな陰湿な呪いを掛けられるか分かったものではない。
フェリクスも熟達すれば優れた魔術師になるだろう。
今でさえ、暴力ではフェリクスには敵わない。
弟子を侮り虐げて、悲惨な末路に至った師匠の話などは、稀に聞く。
その二の舞は御免だった。
「いえいえ。お師匠様は善人ですよ。至って普通の感性を持った、ね。私はそんなお師匠様をとても好ましく思います」
「は?」
「こんな言い方は不遜でしたね。お許しください」
ジゼルが顔をしかめると、フェリクスが仰々しい礼をした。
騎士の礼ではないものの芝居がかったその仕草に、ジゼルはますます苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ムカつくから、宿題を倍にしておくわ」
「それは私にとってはご褒美ですね」
本当に嬉しそうなフェリクスに、
(やっぱり、フェリクスの感性は分からないわ)
と首を振るジゼルであった。
うわあああああ!!
どんっ!!!
そろそろ座学のために工房内へ入ろうとしたところで、野太い男の悲鳴と何かがぶつかる重たい音が聞こえた。
一瞬顔を見合わせたジゼルとフェリクスは、庭から表に回り路地に飛び出した。
緊急時に地方騎士団や医療魔術師が駆けつけるまで、近所同士で助け合うのは当たり前だ。
無視など出来るはずがない。
「フェリクス! 先に行って!」
路地の先に人だかりが見えるが、ジゼルの鈍足に合わせていては間に合わない可能性もある。
「分かりました!」
フェリクスは走る速度を上げ、あっという間に人だかりの中へ入って行く。
いくらか遅れて、ジゼルも路地と大通りが交わる辻の人だかりへ辿り着いた。
しかし、ジゼルの背丈では人だかりの向こうは見えない。
「ど、どうしました?」
荒い息を吐きながら、野次馬の一人に尋ねる。
「あぁ、魔女先生! 事故だよ。辻馬車の事故!」
「事故!」
ジゼルは目を見開いた。
馬車の事故は、ままあることである。
馬が何かに驚いたり、石畳に車輪がはまってしまったりが原因としては多い。
しかし、家のすぐ近くでというのは初めてだった。
「お医者様! お医者様を呼んで!」
「しっかりしろ!」
「今助けるぞ! 頑張れ!」
切羽詰まった声が人垣の向こうから聞こえる。
「通して、通してください! 魔女エランです!!」
声を張り上げながら、なんとか人垣の向こうへ出る。
大通りはひどい有様だった。
辻馬車が荷車と衝突して横転したらしく、大破した荷車の部品や商品らしい野菜が散乱し、馬が横たわり、馬車は真横に倒れていた。
横転した馬車の中に閉じこめられた人たちは、フェリクスや何人かの男性が助け出している。
「魔女さま! お願いします! うちの人を助けてください!!」
頭から血を流して倒れている男性の側にひざまずいた女性が、泣きながら叫んだ。
ジゼルは辺りをざっと見回し、その男性が一番重傷そうに見えたので駆け寄る。
石畳に膝をついて、男性の身体に手を当てた。
魔術師になれるほどでなくても、人は微量の魔力を持っている。
怪我や病気になると、魔力の巡りがおかしくなると分かっていた。
それを視て、患部を判別する方法だ。
街の魔術師になるなら、と応急手当魔術を厳しく仕込んでくれた師匠に感謝である。
感知した魔力の乱れを魔術回路に構築した術で解析する。
(頭の出血より、肋骨が折れて肺を傷つけてるところが重傷!)
まずいと顔をしかめそうなのをぐっと堪えて、魔術を構築した。
男性の周囲に白く輝く魔術陣が浮かび上がる。
肺から胸腔内に漏れた空気に魔術干渉して肺の中に戻し、ジゼルの魔力を変質させて肺の穴を骨はそのままに仮に塞ぐ。
呼吸を助ける魔術を重ね掛けして、頭の出血をハンカチで圧迫した。
ジゼルに出来るのはここまでだ。
「応急手当はしました。医者や医療魔術の使い手が来るまで動かさないでください。あなたは痛いところや気分が悪かったりはしませんか?」
「はい。ありがとうございます……私は大丈夫です」
確かに、見る限りは女性の方は大丈夫そうだ。
ジゼルはうなずいて、次の怪我人に向かい応急手当を始める。
すぐに地方騎士団や医療魔術師が駆けつけたので、救助も順調に進んだ。
やはり一番重傷だったのは先ほどの男性で、他は足を骨折している者も居たが命に別状はない。
怪我人はどんどん、近くの医院に搬送されて行った。
馬車の中に閉じこめられていた人たちも、全員助け出されている。
「死人が出なくて良かった……」
ジゼルはほっと息を吐いた。
医療魔術師に適切な応急手当だったと言ってもらえたことにも、安堵している。
(そういえば、フェリクスは……)
彼の姿を探して首を巡らせると、騎士団員が馬から壊れた馬車とをつなぐハーネスを外している様子が目に入る。
「落ち着け。もう大丈夫だ」
「ヒュン! ヒヒイーン!」
騎士団員が馬をなだめるが、興奮した馬が威嚇の鳴き声をあげた。
「危ない! 逃げろ!」
立ち上がった馬が暴れそうな気配に、野次馬たちが大声を出して逃げ始めた。
それが更に馬を逆撫でする。
ついに駆け出した馬に、近づく影があった。
(フェリクス!?)
ジゼルは思わず叫びそうになり、自身の口を手でふさいだ。
フェリクスが駆け出した馬具も付けていない馬の背に飛び乗ったのだ。
これ以上、馬を刺激してはいけないと分かっていても、悲鳴をあげそうになる。
「!?」
馬が前足を上げ、竿立ちになった。
振り落とされるかと思いきや、フェリクスはどうやってかはジゼルには分からないが振り落とされなかった。
それどころか、前足を下ろした馬は数歩走ったものの、すぐに落ち着き立ち止まったのだ。
「よし。いい子だ」
フェリクスがひらりと馬の背から降り、笑顔で馬の首を叩く。
馬はすっかりフェリクスに心を開いたように、「ぶるる」と鳴いた。
「フェリクス、大丈夫?」
ジゼルは恐る恐るフェリクスと馬に近づく。
フェリクスはにこやかに答えた。
「はい。事故で混乱していたようですが、賢い馬だったので」
「それでも普通、裸乗りの訓練を受けてない馬、しかも気が立っている馬に乗ろうだなんて、正気の沙汰じゃありませんよ」
駆け寄ってきた騎士団員が、信じられないと首を横に振って言った。
「とはいえ、ご協力誠に感謝致します。貴殿がいなければ、更なる惨事になるところでした。ありがとうございます!」
びしっと騎士団員が敬礼する。
「いえ。お役に立てたのなら幸いです」
フェリクスが微笑むと、騎士団員の顔が赤らんだ。
げふんげふんと咳払いして誤魔化しているが、フェリクスの笑顔に魅了されたのは明白だ。
(フェリクスの顔の良さって男にも効くんだ。っていうか、騎士から見てもさっきの曲芸みたいな乗り方は普通じゃないんだ……)
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