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EP.1Tempus Mortuum(死せる時)
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しおりを挟む夜の街は雨に濡れ、無数のネオンの光が石畳に歪んで映る。湿った空気に、かすかな霊の唸りが混じる。
棺は息を切らしながら走っていた。
「クソッ…なんでこうなるんだよ…!」
雨粒が肌を叩く。
シャツがじっとりと張り付き、冷えた空気が喉を塞ぐ。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。
背後には黒い霊体がうねり、異形の影となって建物の壁を歪ませながら迫ってくる。
初めての単独依頼。
死者の未練を見誤り、悪霊化させてしまった。
棺の足は重い。
水たまりを踏みしめるたび、靴底が滑りそうになる。
心臓の鼓動は荒く、頭が熱を持って回らない。
「ッ、逃げられないか…!」
曲がり角で振り返る。
その瞬間、視界がぶれた。
棺の足が濡れた路面を捉え損ない、身体が傾く。
倒れる。
間髪入れずに黒い影が腕を伸ばし、棺に触れようとする。
爛れた指先がすぐそこまで迫っていた。
あぁ、終わったかもな。
棺は目を閉じる。
その時だった。
バシッ――!
鋭い音が夜を裂く。
突如、霊の攻撃が遮られた。
強張った身体をこわごわと動かし、棺は視線を上げる。
黒いスーツの裾を揺らしながら、黄泉が立っていた。
無造作なプラチナブロンドの髪。
雨に濡れても動じる気配はない。
片手をポケットに入れたまま、まるで気まぐれにここへ来たかのような態度で、余裕の笑みを浮かべていた。
「情けないなぁ、大丈夫?」
黄泉は棺を見下ろし、にやりと嗤う。
その表情に、どこか遊ぶような気配がある。
悪霊が再びうねり、鋭く歪んだ咆哮を上げる。しかし黄泉は気にも留めず、肩をすくめる。
「……まぁ、新人にしては上出来か。」
彼の指先が軽く動いた。
空気が歪む。
次の瞬間、悪霊が悲鳴を上げる。
そして、弾け飛んだ。
一瞬。まるでそこに何事もなかったかのように、消え去った。
雨が静かに降り続ける。
黄泉は溜息をつくように「まったく」と呟き、手を伸ばす。
棺の腕を引き起こす。
「ほら、帰ろ?」
軽く言い放ったその声は、ひどく飄々としていた。
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※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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