黄泉ノ彼岸葬儀店

EP.1Tempus Mortuum（死せる時）

4

病室は薄暗く、外から漏れる街灯の光だけが、ぼんやりと空間を滲ませていた。  
機械の微かな電子音が規則的に響き、薬の匂いが薄く漂う。  

ベッドの上には、鋼田走の身体が横たわっていた。  
事故による怪我と火傷で包帯まみれになった顔は、ほとんど表情を持たない。  
鎮痛剤と安定剤によって、意識は遠のき、静かな呼吸を繰り返している。  

棺は病室の入口で立ち止まり、不安そうに周囲を見渡した。  
現実の病室と酷似しているはずなのに、どこか空気が異なる。  
静けさが重く、まるで何かが欠けているような感覚。  

「…なんか、変な感じがする。」  
棺は眉をひそめる。  

黄泉はその隣で、軽く肩をすくめた。  
「ま、そういうもんさ。死んだ者の記憶の中ってのは、ちょっと歪むんだよねぇ。」  

「歪む…？」  
棺が問い返すと、黄泉はベッドへと歩み寄る。  
「生きてる間に見てた世界と、死んだ後に記憶の中に刻まれた世界は、少し違う。」  

黄泉の指先が、ベッドの柵に触れる。  
カチ、と微細な音を立てるが、実体感は薄い。  

「ここと現実の病室、同じに見えるだろ？」  
「…まぁ。でもなんか違う気もする。」  
「そう。鋼田の記憶の中にある病室だからな。実際の病室とは、微妙にズレてる。」  

棺は曖昧な違和感に戸惑いながら、鋼田の顔を見つめた。  
横たわる男は微かに眉を動かし、口元を僅かに開いている。  

「……プレ……ゼント……」  

かすかな声。  

棺は息を止めた。  
鋼田の唇が震えながら、何かを呟いている。  

「プレゼント？」  
黄泉が眉を上げる。  

「それが、未練？」  
棺は思わず問う。  

しかし、その瞬間。  

ピピッ、ピピッ。  

鋭い電子音が響いた。  
心拍モニターの表示が跳ね上がる。  

棺は驚いて鋼田の身体を見た。  
指先が僅かに痙攣し、呼吸が荒くなる。  

病室のドアが開き、ナースたちが慌ただしく駆け込んできた。  
棺は反射的に身を引く。  
しかし、ナースたちは彼らの存在に一切気づかない。  
まるでここに黄泉と棺は存在しないかのように――。  

「……っ、俺ら、見えてない？」  
棺が戸惑いの声を漏らす。  

黄泉はそれを聞き流し、独り言のように呟いた。
「プレゼントかぁ……何だろねぇ。」  

ナースたちは鋼田をベッドごと移動させ、処置を始める。  
棺はその光景を呆然と見つめた。  

鋼田の未練。プレゼント。  
それが何かを探さなければならない。  

病室は静かになり、モニターの電子音だけが響く。  

黄泉は軽く息を吐き、棺へと視線を向けた。  

「さてと。探しに行くか。」  

棺は戸惑いながら、ナースたちが去っていった病室を見つめる。  
「探すっていっても…プレゼントだけじゃ手がかりが少なすぎるだろ。」  

「キーワードを聞けただけラッキーだって。」  
黄泉は飄々と笑う。  
「ほら、行こう。」  

棺は納得しないまま、しかし黄泉に引きずられるように病室の外へ足を踏み出した。  

鋼田の未練の欠片を拾い集めるために。