黄泉ノ彼岸葬儀店

EP.4Domus Silens 静寂の館

2

象野家の食卓には、温かい料理が並んでいた。  
テーブルには彩り豊かな皿が置かれ、母はきれいに盛り付けられた料理を優雅に運んでいた。  
父は新聞をめくりながら、落ち着いた口調で何かを呟いている。  

「優牙、ちゃんと食べてる？」  
母がふと優牙の皿に視線を向けた。  

優牙はフォークを手にしていたものの、ほとんど食べていない。  
一口ずつゆっくり口に運ぶが、喉を通らず、皿の上の料理はほぼそのままだった。  

「……食べてるよ。」  
優牙は微笑みながら答える。  

しかし、その声は僅かにかすれていた。  

母は眉をひそめる。  
「最近、食が細くなってるわね。体調でも悪いの？」  

優牙はフォークを皿の端で動かしながら、視線を逸らした。  
「……ううん、そんなことないよ。」  

父が新聞から顔を上げ、娘に目を向ける。  
「勉強で疲れてるんじゃないのか？」  

優牙は曖昧に微笑んだ。  
「そうかも……。」  

母はため息をつきながら、そっと水のグラスを優牙の前に置く。  
「しっかり食べないと、後で辛くなるわよ。あなたは優秀なんだから、ちゃんとしないと。」  

優牙の指が、グラスの縁をなぞる。  
「……うん。」  

その言葉を呟きながら、彼女はどこか遠くを見つめた。  

完璧でなければならない。  
優等生でいる限り、愛される。  
それなのに、最近の彼女は、もう自分が優秀だとは思えなかった。  

家族の期待を裏切れない。  
でも、もうそれを保てる自信がない。  

そして、心の隙間を埋めるように、彼女は外の世界へと足を踏み出していった。  

それが、間違いの始まりだった。