黄泉ノ彼岸葬儀店

EP.4Domus Silens 静寂の館

3

街の灯りが、アスファルトに滲んでいた。  
ネオンの輝きが混じり合い、冷たい空気の中で揺らめく。  
人々のざわめきは遠く、優牙の耳には届かなかった。  

「よぉ、待たせたな。」  

軽い調子の声が、背後から響く。  
振り返ると、男が立っていた。  
彼の目には、遊び慣れた余裕があり、口元には気怠げな笑みが浮かんでいた。  

「……うん。」  
優牙は控えめに頷いた。  

男は肩をすくめながら、手をひらりと動かした。  

優牙は小さく息を吐きながら、彼の後を追う。  

薄暗いバーに入ると、喧騒が遠のいた。  
カウンターに並ぶボトルの影が壁に伸び、奥の席では誰かが低く笑っている。  
煙草の匂いと、ほのかなアルコールの香りが漂う。  

「こういうとこ来るの初めてだろ？」  
男は軽くグラスを指で弾いた。  

「……うん。」  
優牙は周囲を見渡しながら、小さく答える。  

男はグラスを滑らせ、彼女の手元に寄せた。  
「飲んでみろよ。たまには、こういうのも悪くねぇぜ？」  

優牙は一瞬躊躇い、それからゆっくりと手を伸ばす。  
彼女の指先がグラスの縁に触れた。  

何かが遠のくような感覚。  
何かが、自分から離れていくような。  

「ほら、そろそろ行くぞ。」  
男は気軽な調子で立ち上がる。  

「……え？」  
優牙は彼を見上げた。  

「仲間が待ってるんだよ。お前にも会いたがっててさ。」  
男は肩をすくめながら、微かに口元を歪める。  

優牙は軽く眉を寄せる。  
「……仲間？」  

男は笑いながら、彼女の手を引いた。  
「まぁ、大したことねぇって。楽しくやるだけさ。」  

優牙は戸惑いながらも、歩を進めた。  
街の灯りが遠のき、ネオンの輝きが背後に滲んでいく。  

やがて、通りの奥へと入り、少しずつ人の気配が消えていく。  

足元のアスファルトが古びたコンクリートへと変わった頃、  
優牙はようやく気付く。
この場所には、街の喧騒が届かない。  

「ほら、こっちだ。」  
男は鉄の扉を軽く押す。  

その奥にあるのは、灯りのない空間。  
微かに聞こえる笑い声。  
冷たいコンクリートの床。  

優牙は足を止める。  

しかし、男の手は彼女の背を軽く押した。  
「怖がるなって。すぐ慣れるさ。」  

彼女の影が、ゆっくりと薄暗い空間の中へ沈んでいった。