黄泉ノ彼岸葬儀店

EP.4Domus Silens 静寂の館

4

廃工場は、ひどく静かだった。  

高くそびえるコンクリートの壁は黒ずみ、鉄骨は錆びつき、天井のひび割れからは、かすかに光が漏れていた。  

埃っぽい空気が漂い、床には砕けたガラス片が散らばっている。  
ここには、何も動くものはない。  
ただ、時間だけが止まったようだった。  

黄泉と棺は、朽ちたソファの前で立ち止まる。  

そこに座っていたのは、一人の少女。  

象野優牙は制服姿のまま、肩を丸め、膝を抱えていた。  
顔は伏せられ、髪が揺れるたびに、その表情が垣間見える。  

棺は慎重に歩み寄った。  
「……優牙さん。」  

優牙は顔を上げる。  
その瞳は、どこか虚ろだった。  

「……何？」  

黄泉はソファの背もたれに軽く手をかける。  
「未練があるんだろ？」  

優牙は一瞬だけ視線を動かし、それから再び膝へ目を落とした。  

「…私は、家族に……ごめんなさいを言いたかった。」  

棺は息を飲む。  

優牙の指が、かすかに震えながら、ソファの端を握る。  
「お母さんとお父さんに……ありがとうを言いたかった。」  

その声はか細く、空間に静かに溶けていく。  

しかし、次の瞬間。  

「でも。」  

その言葉は、違う温度を持っていた。  

優牙はゆっくりと顔を上げる。  
その瞳の奥に、今までとは違う色が揺らめいていた。  

「……私をあんな目に遭わせたアイツには……。」  

棺は、微かに背筋を強張らせた。  
優牙の指が、ぎゅっとソファの布地を掴む。  

その瞬間。  

黄泉が鋭く眉をひそめた。  
棺も反射的に息を詰まらせる。  

優牙の背後。  

そこに、ゆらゆらと黒い靄が漂っていた。  

形を持たぬ影。  
ゆらめきながら、空気を侵食するような存在。  

棺は思わず後退しかける。  

黄泉は冷静に状況を見極めながら、優牙を観察した。  

「……これは、危ねぇな。」  

棺は息を整えながら、静かに言った。  
「優牙さん……あなたは、家族への想いと、そのアイツへの憎しみ……どっちを選ぶ？」  

優牙は答えなかった。  
ただ、目を伏せる。  

そして、その背後の靄が、微かに濃くなった。  

黄泉は小さく舌打ちをし、棺の腕を引く。  
「このままだと、こいつ悪霊化するかもしれねぇぞ。」  

棺は優牙の顔を見つめた。  

少女は、まだ迷っていた。  

家族への謝罪と感謝。
そして、どうしても消えない憎悪。  
その間で揺れ動く彼女の心。  

そして、その選択次第で、彼女の運命が決まる。  

「このままじゃダメだ。」  
棺は静かに呟いた。  

黄泉はソファの背もたれを軽く叩いた。  
「じゃあ、探すか。こいつが家族への気持ちを取り戻せるもの。」  

棺は頷く。  

廃工場の空気は、微かに歪んでいた。  
黒い靄が、静かにその場を滲ませながら。