67 / 97
EP.10セピア色の記憶Sepia Memories
1
しおりを挟む橙色の光が長い影を作りながら、施設の庭に降り注いでいた。
児童養護施設 「ひだまり園」。
静かな建物の前に、黄泉と棺が立っていた。
門扉は開いている。
庭の隅では、小さな子供たちが遊んでいる。
その笑い声が、夕暮れの空に溶けていく。
黄泉は施設の看板をじっと見つめた。
「へぇ……ここで葬儀をねぇ。」
棺は黙ったまま、その場に立ち尽くしていた。
胸の奥に、何かがざわついている。
この場所。
どこか、知っているような気がする。
来たことがあるような気がする。
だが、その理由が分からなかった。
「おい、ぼーっとすんなって。」
黄泉の声に、棺ははっと我に返った。
施設の玄関が開き、一人の職員が近づいてきた。
彼は落ち着いた口調で話し始める。
「葬儀というより……お別れ会ですね。子供たちにも、最後に先生と向き合ってもらいたいと思って。」
「先生?」
棺が小さく聞き返す。
「秋庭育先生のことです。」
職員は少し寂しそうに微笑む。
「先生は、生涯をこの施設の子供たちのために捧げた方でした。
それこそ、彼自身も身寄りがなくて、子供のころは別の施設で育ったんです。」
棺はその言葉に、かすかに眉を動かした。
身寄りがない。
施設で育った。
何かが心に引っかかる。
だが、思考の奥に沈んだまま、答えは出ない。
「事故のことは……聞いていますか?」
職員の問いに、黄泉は軽く頷いた。
「子供を庇って、代わりに轢かれたとか。」
「ええ……先生はいつも、子供たちのことを第一に考えていましたから。」
職員は小さくため息をつく。
「先生は生前、子供たちの写真をたくさん撮りためていました。成長の記録として、いつかまとめて渡したいと……そう言っていました。」
「でも、現像されてない…?」
黄泉が言葉を継ぐ。
「ええ。事故の衝撃で、先生のカメラが壊れてしまいまして……。」
職員は苦笑しながら、遠くを見つめる。
棺は、施設の奥に広がる建物を見た。
夕日に照らされた窓。
そこに映るオレンジ色の光が、じわじわと染み込んでくる。
自分は、この場所を知っているのか?
その疑問は、言葉にせず心の奥に沈めたまま。
黄泉はふっと肩をすくめる。
「さて、未練解消といくか。」
その声に乗せて、空の色はゆっくりと深まっていった。
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら
藤田菜
キャラ文芸
愛する息子のテオが連れてきた婚約者は、私の苛立つことばかりする。あの娘の何から何まで気に入らない。けれど夫もテオもあの娘に騙されて、まるで私が悪者扱い──何もかも全て、あの娘が悪いのに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―
くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。
「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」
「それは……しょうがありません」
だって私は――
「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」
相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。
「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」
この身で願ってもかまわないの?
呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる
2025.12.6
盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~
白亜凛
キャラ文芸
ときは平安。
ひっそりと佇む邸の奥深く、
祓い姫と呼ばれる不思議な力を持つ姫がいた。
ある雨の夜。
邸にひとりの公達が訪れた。
「折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」
宮中では、ある事件が起きていた。
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
