愛を求める少年へ、懸命に応える青年のお話

良音 夜代琴

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退任

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暖かな春の良き日。
勇者リンデルの退任式を目前に、王都はいまだかつてないほど大勢の人々の声に包まれていた。

十五年前の就任式に比べると、今日は実に十倍以上の人が来てくれていると聞いている。
王族の生誕式や即位式でもここまでの人ではなかったのに、という疲弊に満ちた警備陣のぼやきに、今日の主役であるリンデルはお立ち台の上で小さく肩をすくめた。

「勇者様がお気になさる事ではありません」
小さく聞こえた従者の言葉に“胸を張れ”という指示が含まれているのを理解して、リンデルが背筋を伸ばす。

遠くからも見えるよう高く高く作られた台には、大仰な式典用の甲冑を纏ったリンデル一人分のスペースしかない。
これは、あまりの見物客の多さに今朝になってさらに一段高くされたせいだ。
この上では一歩も動くわけにはいかない。
そうでなくても、式典用の甲冑から垂れるひらひらした布が、今にも台を囲む装飾品にひっかかってしまいそうなのだから。

勇者の乗った豪奢なパレード用の鳥車が外門をくぐれば、人々の歓声は一層大きくなった。
皆の声を一身に受けて、明るい金色の髪の青年が凛々しく微笑み手を振り返す。
目に鮮やかな新緑色のマントが風を受けてゆったりと揺れる。
濃い緑のラインで縁どられた白銀の甲冑は磨き上げられ、光を美しく跳ね返していた。

人々に顔をよく見てもらえるようゆっくりと歩を進める鳥車が城下を一周して戻ってくるまで、ゆうに三時間はかかるだろう。
それでもリンデルは、わざわざ自分を見るためにここまで足を運んでくれた人達に、疲れた顔を見せたくはないと思う。
リンデルは、国の象徴となる勇者として最後の務めを果たすべく、金色の瞳に自分を支えてくれていたすべての人々へ感謝を込めて毅然と微笑んだ。


***


春風に吹かれ、サラサラと揺れる主人の金髪を、従者は後ろから見つめていた。

勇者様が最大十五年の任期を勤め上げ、後任にその座を譲ったのは、あたたかな陽射しが降り注ぐ春の日だった。

勇者様の後任は第九中隊……いわゆる勇者隊の隊員で、入隊時から前隊長とリンデルの元、最前線で鍛えられてきた今年二十三歳になる青年に決まった。
従者には、二年前からロッソと共にリンデルの側で見習いを続けていた者が就いたが、三年目から一人で新任勇者を見るのは荷が重いとの判断から、一年間はロッソがサポートに入ることになっている。

同じ隊から続けて勇者が出た事は未だかつてなく、権力や実力が偏るとお偉方が相当ゴネたらしいが、結局は騎士団長が押し切ったという話だった。


退任式を済ませたリンデルは、人のいない闘技場をテラス席から見下ろしていた。
十五年前、自分はここで最終試験の試合を勝ち抜き、勇者になった。
自分を盗賊の里から連れ出してくれた前勇者に、これからの一生をこの国に縛られて生きるのだと言われた。
そして、あの通路で、ロッソに初めて会った。
ロッソは今もリンデルの傍に佇んでいるが、それも今日までのはずだった。

聞き慣れない足音に振り返ると、杖を付いて歩く男性の姿があった。
茶色がかった黒髪を後ろへ撫で付けた壮年の男性は、リンデルと目が合うと、ニッと人懐こく微笑んだ。

「今日の主役が、こんなとこで何してるんだ?」

「隊長! お久しぶりですっ」
ぱぁっとリンデルが顔を綻ばせる。
後ろでロッソも頭を下げる。

「ハハッ、お前はまだ俺をそう呼ぶのか」
言って、男は親しげにリンデルの肩をポンポンと叩き、従者にも手を上げて挨拶をした。
「俺にとって隊長は、隊長だけですから」
「ああ……そうだったな……」

呟いた壮年の男の表情に影が差す。
「まだお前は若い……まだまだ、前線で戦えただろうに……」

勇者の役目を終えた者は、前線を退くのが決まりだ。
下手に元勇者が戦場をウロウロしてはやりにくいと言うのはリンデルにも良くわかっている。
指導者として城に残る事は出来たが、リンデルはそれを選ばなかった。

「俺はこれで良かったんですよ。むしろ、これからが楽しみなくらいです」
「リンデル……」
「隊長こそ、体の調子はいかがですか?」
「ああ、悪くない。なんだかんだと世話を焼いてくれる奴もいるしな」

チラと視線を送った先には、柱に背を預けて腕を組んでいた金髪碧眼の男が居た。
隊長と同じくらいの歳のはずだが、隊長よりもずっと若く見える優男風の男性は、こちらの視線に気付くとひらひらと手を振って見せた。

「そうですか……。それは良かったです」
「お前はこれから、どうするんだ?」
問われて、リンデルは一瞬口を開きかけ、そのまま閉じて微笑んだ。

「……これからゆっくり、考えます」

「そうか、いつでも相談に乗るぞ」
「はい、ありがとうございます」

ロッソは、リンデルが元隊長にすら何も告げなかったことを、ほんの少し意外に思った。
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