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従者サイドのお話
それぞれの春祭り(3/7)
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舞台の幕は予定より少し遅れたものの無事上がり、春祭り二日目のメインイベントは新婚の女王夫妻が見守る中、大きな盛り上がりを見せ、大団円で幕を閉じた。
すっかり暗くなった空に上がる花火を、アリィは部屋のテラスから眺めていた。
「まだ見てるのか?」
声をかけて、ヴィルがその細い背をふかふかの毛で包み込むように抱き寄せる。
「うん……もうちょっとだけ……」
答えるアリィの髪をそっと撫でて、ヴィルは「冷えるぞ」と言った。
こんな時にすぐ上着をかけてくるはずの従者が、今はアリィの傍にいなかった。
ノクスは何故かクレアの肩から弾を出す手術に付き添っていて、今はかわりの兎が部屋に居たが、そいつは扉の内側でただ立っているだけだった。
「今日は……ごめんなさい。貴方の大事な人を傷付けてしまった……」
アリィの声は、苦しげだった。
「ああ、クレアのことなら気にするな。あれは殺しても死なない奴だ」
本当に、何でもない事のように言い切られ、アリィはキョトンとヴィルを見上げた。
ヴィルが笑顔を見せる。
ヴィルは思う。アリィはきっと、あの時離席を選ばなかった事や、それによって起こった悪い事の全てを自分のせいだと思っているのだろう。
けれど、そうではない。
アリィ達があそこにいたことで、良かった事もたくさん。そう、悪かった事以上にあったはずだ。
「お前は間違っていない。謝ることは何もない。職務を全うしたクレアを褒めてやれば良いだけだ」
耳に優しい低い声で静かに諭されて、アリィは少しだけ眉を寄せたまま、微笑んだ。
その細い肩を、ヴィルは肉球で優しく撫でる。
ドンッと響いた花火の音につられるように、アリィがまた空を仰ぐ。
アリィは、毎年見ていたはずの花火がどうして今年だけこんなに美しく見えるのか、その理由に気付いていた。
この空を一緒に。隣で見上げてくれる人がいてくれるからだ、と。
薄紫の瞳をその光に煌めかせて、アリィが「綺麗だね……」と呟いた。
ヴィルは「お前の方がずっと綺麗だ」と答えた。
「花火の話をしてよ」と言いながらもそっと頬を染めるアリィが、やはりヴィルは愛しいと思う。
今日二人で見た舞台のうち、この国の始まりを物語として綴った歌劇では、薄桃色に毛色を染めた兎が初代の役を演じていた。
それを見てヴィルは痛感した。
アリィのこの毛色の美しさが、格別であることを。
白い毛をいくら桃色に染めたところで、この透明感のある艶や煌めきを再現することはできなかったのだろう。
ヴィルはアリィの長い髪をすくい上げると、その美しさを堪能し、そっと口付ける。
そして、それが許されるただ一人の存在で有れる喜びに、静かに胸を震わせた。
すっかり暗くなった空に上がる花火を、アリィは部屋のテラスから眺めていた。
「まだ見てるのか?」
声をかけて、ヴィルがその細い背をふかふかの毛で包み込むように抱き寄せる。
「うん……もうちょっとだけ……」
答えるアリィの髪をそっと撫でて、ヴィルは「冷えるぞ」と言った。
こんな時にすぐ上着をかけてくるはずの従者が、今はアリィの傍にいなかった。
ノクスは何故かクレアの肩から弾を出す手術に付き添っていて、今はかわりの兎が部屋に居たが、そいつは扉の内側でただ立っているだけだった。
「今日は……ごめんなさい。貴方の大事な人を傷付けてしまった……」
アリィの声は、苦しげだった。
「ああ、クレアのことなら気にするな。あれは殺しても死なない奴だ」
本当に、何でもない事のように言い切られ、アリィはキョトンとヴィルを見上げた。
ヴィルが笑顔を見せる。
ヴィルは思う。アリィはきっと、あの時離席を選ばなかった事や、それによって起こった悪い事の全てを自分のせいだと思っているのだろう。
けれど、そうではない。
アリィ達があそこにいたことで、良かった事もたくさん。そう、悪かった事以上にあったはずだ。
「お前は間違っていない。謝ることは何もない。職務を全うしたクレアを褒めてやれば良いだけだ」
耳に優しい低い声で静かに諭されて、アリィは少しだけ眉を寄せたまま、微笑んだ。
その細い肩を、ヴィルは肉球で優しく撫でる。
ドンッと響いた花火の音につられるように、アリィがまた空を仰ぐ。
アリィは、毎年見ていたはずの花火がどうして今年だけこんなに美しく見えるのか、その理由に気付いていた。
この空を一緒に。隣で見上げてくれる人がいてくれるからだ、と。
薄紫の瞳をその光に煌めかせて、アリィが「綺麗だね……」と呟いた。
ヴィルは「お前の方がずっと綺麗だ」と答えた。
「花火の話をしてよ」と言いながらもそっと頬を染めるアリィが、やはりヴィルは愛しいと思う。
今日二人で見た舞台のうち、この国の始まりを物語として綴った歌劇では、薄桃色に毛色を染めた兎が初代の役を演じていた。
それを見てヴィルは痛感した。
アリィのこの毛色の美しさが、格別であることを。
白い毛をいくら桃色に染めたところで、この透明感のある艶や煌めきを再現することはできなかったのだろう。
ヴィルはアリィの長い髪をすくい上げると、その美しさを堪能し、そっと口付ける。
そして、それが許されるただ一人の存在で有れる喜びに、静かに胸を震わせた。
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