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三話
しおりを挟むバザールの歓声が遠くから聞こえる。
さっきまで自分もあの歓声の中に居たはずなのに、今は暗い路地に横たわり彗の何倍もある男に押さえ込まれている。
「このガキ、珍しい髪の色だな」
彗の上にのしかかる男が彗の月光のような銀色の髪を手に取りながら、砂の国の訛りが混じった大陸共通語で言った。
「糸沙参の国の奴なんだろう。たまに奴隷市でこの色の髪を見る。みーんな性奴隷だった。あの国は男も女も綺麗な顔の奴らが多いんだ」
路地の壁に寄りかかっていた細身の男が、彗の顔を見下ろしながら呟く。
「確かに、こいつもとんでもなく綺麗な顔してるもんなぁ」
顎を掴まれ、上を向かされた彗は怖くて怖くて仕方がなかった。
いつも自分なんかさっさと消えてしまえばいいのにと思っていたのに、本当にそんな場面に瀕したら体の震えは止まらないし心臓は大きな音を立てて体の中で暴れ回っている。
思ったよりも自分は生きることにしがみついているようだった。
「もったいねぇな、臓器の方でなんて。性奴隷の方が高く売れるんじゃねえか?」
「今回はガキの臓器とってこいって言われてんだから臓器でいい」
「へぇへぇ、じゃあよ肉屋来る前にこいつで愉しんでもいいか?」
「勝手にしろ」
体の上の男が何をしたがっているのかよくわからなかったが、着ていたシャツに手をかけられた瞬間、全身に恐怖の痺れが走った。
怖い、怖い。怖いのに動けない。
顎を持ち上げられ、首に唇が這う。何をしているのかさっぱりわからなかったのに本能が嫌だと叫んだ。
けれど体は動かず、男の唇が体に当たるたびに気力は少しずつ弱くなり視界がぼんやり滲んでいく。
筋肉を強張らせて建物の切れ目から広がる青い空を眺めていたら、男の動きがぴたりと止まった。
「おい......こいつ孕み腹だ......」
「う、嘘だろ......どけ!」
急に慌て出した男たちに、彗は驚き目を見開く。
何事かと体をすくませていたら、細身の男に無理やり首を捻られ頸にかかる髪の毛を払われた。
無理に動かされた首の痛みに顔を顰めていると、男たちが不意に大きな声を上げて笑い出した。
「やったぞ!これで俺たちの人生上がったも同然だ!」
「ヤる前でよかったな!初モノとそうじゃないのじゃ全然違うぞ!!」
「危ねぇ危ねぇ」
男たちは彗の上で下卑た笑い声を発してから、彗を見つめる。
その瞳は爛々と輝いていて、都の古本屋で立ち読みをした羊を食い荒らす恐ろしい獣の挿絵を思い出した。
「坊主、お前は俺たちの光だよ。まさか孕み腹だったなんてなぁ」
男が何を言っているのか理解できずに、呆然としていると細身の男が彗の様子を見て呟いた。
「坊主、孕み腹が何か知ってるか?」
彗は気力を振り絞り、小さく頭を振る。
「孕み腹っつぅのはな、男でも子供が産める奴のことだ。お前みてぇなな」
孕み腹という言葉を彗は初めて聞いた。そして男たちがどうして彗を孕み腹だと思っているのかも理解できなかった。
けれど彗にそんなことを聞ける余裕はない。
大柄な男に何かされそうだった危機は過ぎ去ったものの、まだ自分がどうなるのかよくわからなかった。
恐怖と絶望と無力感が体の中から生まれては消えを繰り返した。
彗は逃げるということすら思いつかず、石畳の上に転がりながら今後の計画について話し合う男たちを見つめる。
男たちは「肉屋」に彗の存在を気取られないようにするための計画を緻密に話し合っていた。
男たちを眺めていたら、こつんと頭に何かが当たったような気がした。
最初は気のせいだろうと気に留めなかったが三度目で漸く彗は体を捩り辺りを見渡した。
「おい!何してる!」
彗の動きに目ざとく気がついた細身の男は怒鳴り声をあげてきたが、「体が痛かった」と言うと顔を背け再び話し合いに戻った。
息をついて、もう一度今度はバレないように周りを見渡すと土壁の建物が密集する路地の隙間から、真っ赤な太陽のように燃えたぎった瞳がのぞいている事に気がついた。
その瞳に気がついた瞬間、彗はあまりの迫力に声を漏らそうになる。
「っ!!!」
彗が息を飲むと、路地から出てきた手が口を塞ぐ。
影から這い出るように出てきた真っ赤な瞳をもつ少年は彗をじっと見つめたまま口元に指を当てた。
「静かに、俺が助けてやるから大人しくしていろ」
小さく頭を縦に振ると、少年は口元に笑みを浮かべて手を引っ込め路地の影に再び潜り込む。
闇夜のように深い黒髪をもつ少年が影に入ると、赤い月が夜空に浮かんでいるようで少しだけ恐ろしくてけれどその恐ろしさを簡単に超えてしまうほど惹きつけられる何かがあった。
彗はどうしてもその瞳から目を離すことができない。
そして少年の赤い瞳も彗を見つめて離さなかった。
彗は自分がどんな状況に置かれているのかも忘れ、少年の方を見つめ続けていた。
「おい、お前何見てんだ?」
男の声が聞こえた瞬間、彗の体は冷水に沈んだように一気に凍りついた。
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