箒星

zkbk

文字の大きさ
3 / 18

三話

しおりを挟む
 
 バザールの歓声が遠くから聞こえる。
 さっきまで自分もあの歓声の中に居たはずなのに、今は暗い路地に横たわり彗の何倍もある男に押さえ込まれている。

「このガキ、珍しい髪の色だな」
 彗の上にのしかかる男が彗の月光のような銀色の髪を手に取りながら、砂の国の訛りが混じった大陸共通語で言った。

糸沙参いとしゃじんの国の奴なんだろう。たまに奴隷市でこの色の髪を見る。みーんな性奴隷だった。あの国は男も女も綺麗な顔の奴らが多いんだ」
 路地の壁に寄りかかっていた細身の男が、彗の顔を見下ろしながら呟く。

「確かに、こいつもとんでもなく綺麗な顔してるもんなぁ」
 顎を掴まれ、上を向かされた彗は怖くて怖くて仕方がなかった。
 いつも自分なんかさっさと消えてしまえばいいのにと思っていたのに、本当にそんな場面に瀕したら体の震えは止まらないし心臓は大きな音を立てて体の中で暴れ回っている。
 思ったよりも自分は生きることにしがみついているようだった。

「もったいねぇな、臓器の方でなんて。性奴隷の方が高く売れるんじゃねえか?」
「今回はガキの臓器とってこいって言われてんだから臓器でいい」
「へぇへぇ、じゃあよ肉屋来る前にこいつで愉しんでもいいか?」
「勝手にしろ」

 体の上の男が何をしたがっているのかよくわからなかったが、着ていたシャツに手をかけられた瞬間、全身に恐怖の痺れが走った。
 怖い、怖い。怖いのに動けない。
 顎を持ち上げられ、首に唇が這う。何をしているのかさっぱりわからなかったのに本能が嫌だと叫んだ。
 けれど体は動かず、男の唇が体に当たるたびに気力は少しずつ弱くなり視界がぼんやり滲んでいく。
 筋肉を強張らせて建物の切れ目から広がる青い空を眺めていたら、男の動きがぴたりと止まった。

「おい......こいつ孕み腹だ......」
「う、嘘だろ......どけ!」

 急に慌て出した男たちに、彗は驚き目を見開く。
 何事かと体をすくませていたら、細身の男に無理やり首を捻られ頸にかかる髪の毛を払われた。
 無理に動かされた首の痛みに顔を顰めていると、男たちが不意に大きな声を上げて笑い出した。

「やったぞ!これで俺たちの人生上がったも同然だ!」
「ヤる前でよかったな!初モノとそうじゃないのじゃ全然違うぞ!!」
「危ねぇ危ねぇ」

 男たちは彗の上で下卑た笑い声を発してから、彗を見つめる。
 その瞳は爛々と輝いていて、都の古本屋で立ち読みをした羊を食い荒らす恐ろしい獣の挿絵を思い出した。

「坊主、お前は俺たちの光だよ。まさか孕み腹だったなんてなぁ」

 男が何を言っているのか理解できずに、呆然としていると細身の男が彗の様子を見て呟いた。

「坊主、孕み腹が何か知ってるか?」

 彗は気力を振り絞り、小さく頭を振る。

「孕み腹っつぅのはな、男でも子供が産める奴のことだ。お前みてぇなな」
 孕み腹という言葉を彗は初めて聞いた。そして男たちがどうして彗を孕み腹だと思っているのかも理解できなかった。
 けれど彗にそんなことを聞ける余裕はない。
 大柄な男に何かされそうだった危機は過ぎ去ったものの、まだ自分がどうなるのかよくわからなかった。
 恐怖と絶望と無力感が体の中から生まれては消えを繰り返した。

 彗は逃げるということすら思いつかず、石畳の上に転がりながら今後の計画について話し合う男たちを見つめる。
 男たちは「肉屋」に彗の存在を気取られないようにするための計画を緻密に話し合っていた。

 男たちを眺めていたら、こつんと頭に何かが当たったような気がした。
 最初は気のせいだろうと気に留めなかったが三度目で漸く彗は体を捩り辺りを見渡した。

「おい!何してる!」
 彗の動きに目ざとく気がついた細身の男は怒鳴り声をあげてきたが、「体が痛かった」と言うと顔を背け再び話し合いに戻った。
 息をついて、もう一度今度はバレないように周りを見渡すと土壁の建物が密集する路地の隙間から、真っ赤な太陽のように燃えたぎった瞳がのぞいている事に気がついた。

 その瞳に気がついた瞬間、彗はあまりの迫力に声を漏らそうになる。

「っ!!!」

 彗が息を飲むと、路地から出てきた手が口を塞ぐ。
 影から這い出るように出てきた真っ赤な瞳をもつ少年は彗をじっと見つめたまま口元に指を当てた。

「静かに、俺が助けてやるから大人しくしていろ」

 小さく頭を縦に振ると、少年は口元に笑みを浮かべて手を引っ込め路地の影に再び潜り込む。
 闇夜のように深い黒髪をもつ少年が影に入ると、赤い月が夜空に浮かんでいるようで少しだけ恐ろしくてけれどその恐ろしさを簡単に超えてしまうほど惹きつけられる何かがあった。

 彗はどうしてもその瞳から目を離すことができない。
 そして少年の赤い瞳も彗を見つめて離さなかった。

 彗は自分がどんな状況に置かれているのかも忘れ、少年の方を見つめ続けていた。

「おい、お前何見てんだ?」

 男の声が聞こえた瞬間、彗の体は冷水に沈んだように一気に凍りついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

アイドルグループ脱退メンバーは人生をやり直す 〜もう芸能界とは関わらない〜

ちゃろ
BL
ひたすら自分に厳しく練習と経験を積んできた斎川莉音はアイドルグループResonance☆Seven(レゾナンスセブン)のリオンとして活動中。 アイドルとして節目を迎える年に差し掛かる。 しかしメンバーたちとの関係はあまり上手くいってなかった。 最初は同じ方向を見ていたはずなのに、年々メンバーとの熱量の差が開き、莉音はついに限界を感じる。 自分が消えて上手く回るのなら自分はきっと潮時なのだろう。 莉音は引退を決意する。 卒業ライブ無しにそのまま脱退、莉音は世間から姿を消した。 しばらくはゆっくりしながら自分のやりたいことを見つけていこうとしていたら不慮の事故で死亡。 死ぬ瞬間、目標に向かって努力して突き進んでも結局何も手に入らなかったな…と莉音は大きな後悔をする。 そして目が覚めたら10歳の自分に戻っていた。 どうせやり直すなら恋愛とか青春とかアイドル時代にできなかった当たり前のことをしてみたい。 グループだって俺が居ない方がきっと順調にいくはず。だから今回は芸能界とは無縁のところで生きていこうと決意。 10歳の年は母親が事務所に履歴書を送る年だった。莉音は全力で阻止。見事に防いで、ごく普通の男子として生きていく。ダンスは好きだから趣味で続けようと思っていたら、同期で親友だった幼馴染みやグループのメンバーたちに次々遭遇し、やたら絡まれる。 あまり関わりたくないと思って無難に流して避けているのに、何故かメンバーたちはグイグイ迫って来るし、幼馴染みは時折キレて豹変するし、嫌われまくっていたやり直し前の時の対応と違いすぎて怖い。 何で距離詰めて来るんだよ……! ほっといてくれ!! そんな彼らから逃げる莉音のやり直しの日常。 ※アイドル業界、習い事教室などの描写は創作込みのふんわりざっくり設定です。その辺は流して読んで頂けると有り難いです。

待っててくれと言われて10年待った恋人に嫁と子供がいた話

ナナメ
BL
 アルファ、ベータ、オメガ、という第2性が出現してから数百年。  かつては虐げられてきたオメガも抑制剤のおかげで社会進出が当たり前になってきた。  高校3年だったオメガである瓜生郁(うりゅう いく)は、幼馴染みで恋人でもあるアルファの平井裕也(ひらい ゆうや)と婚約していた。両家共にアルファ家系の中の唯一のオメガである郁と裕也の婚約は互いに会社を経営している両家にとって新たな事業の為に歓迎されるものだった。  郁にとって例え政略的な面があってもそれは幸せな物で、別の会社で修行を積んで戻った裕也との明るい未来を思い描いていた。  それから10年。約束は守られず、裕也はオメガである別の相手と生まれたばかりの子供と共に郁の前に現れた。  信じていた。裏切られた。嫉妬。悲しさ。ぐちゃぐちゃな感情のまま郁は川の真ん中に立ち尽くすーー。 ※表紙はAIです ※遅筆です

婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました

多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。 ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。 ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。 攻め ユキ(23) 会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。 受け ケイ(18) 高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。 pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

大好きだよ、だからさよならと言ったんだ

ゆなな
BL
トップアイドルの北原征弥は8年前に別れた俺の恋人だった。  すぐ近くにいるのに、触れない、目も合わせない。辛くてこんな想いはもう終わりにしたいのに、どうしても忘れられない。遠く離ればなれになって、今度こそ忘れられると思ったのに─── 表紙は海月美兎さん(Twitter@22620416)からいただきました。

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

《完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

処理中です...