俺の後輩は××でした。

藤美りゅう

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 時計を見ると、八時を回っていた。
 そういえば今日、武蔵は持田と食事をすると言っていた。もしかしたら今頃、武蔵は童貞を捨てているかもしれない。
 そう考えると無性に苛立ち、気持ちが沈んでいった。

 マンションに帰ると、部屋の前に座り込んでいる武蔵がいた。
「武蔵?」
 瞬の姿を見ると武蔵は立ち上がり、頭を下げた。
 もう瞬のアドバイスがなくとも、すっかりオシャレが板についている。
「今日、持田さんとデートじゃなかったのか?」
「それは、行ってきました」
 武蔵の顔はデートをしてきて浮かれている様子は全くなく、むしろどんよりとしているように見える。

 武蔵に対する気持ちに整理がつかない今、あまり武蔵に会いたくはなかったが、ここまできて無責任にも放置する事も躊躇われた。
 何か相談でもあるのだろうか、そう思い仕方なく部屋に入れた。
「今日、どこ行ってたんですか?」
 リビングに入ると、武蔵が絞り出すような声で言った。
「あー、ちょっと人に会ってた」
 まさか出会い系で知り合った男とホテルに行っていたとは言えなかった。きっと今までなら、笑って話せていた事なのかもしれない。
「してきたんですか? セックス」
「何言って……」
 次の瞬間、肩を強く掴まれた。
「あの男としてきたんですか⁈」
 今までに見た事のない武蔵の怒りの形相に、瞬の体が強張った。
 肩を掴まれた手を振り払うと、
「オマエには関係ないだろ」
 だが再び肩を掴まれ、そのままソファに押し倒された。
「な、にすんだ……!」
 巨体の武蔵に組み敷かれては力で敵うはずもない。
「榛名さんは誰でもいいんですよね? だったら俺の相手、してくださいよ」
 そう言って顎を掴まれキスをされた。必死に口を閉じたが、武蔵の指によって無理矢理口をこじ開けられ、ねじ込むように武蔵の舌が侵入してきた。
「や、やめっ……!」
(怖い……怖い……)
 獣のように襲ってくる武蔵に、瞬は恐怖しか感じなかった。
 武蔵の膝が瞬の股に割って入ると、その膝を瞬の股間に押し当ててくる。再びキスをされそうになり、思わず顔を背けた。
「なんで……! 誰でもいいのに、俺を拒むんですか⁈」
 武蔵の顔は悲しみで歪んでいるように見える。

 その言葉にカッとなると、
 バシッ!
 無意識に武蔵の頬を叩いていた。

「おまえが言ったんだろ! 好きな人としかしたくないって! 童貞捨ててきて、気が大きくなったか?」
 瞬の目からは涙が止めどなく流れた。泣き顔を見られたくなくて、腕で目元を隠した。
「帰ってくれ……」
「は、榛名さん……俺……」
「帰れ!」
 体から重みがなくなり、武蔵が離れていくのを感じた。暫くすると、玄関の扉が静かに閉まる音が聞こえ、武蔵が帰ったのだと分かった。

 先程のユウの時と同じだ。気持ちがない相手と行為に至る事は、虚しさしかない。ましては自分は気持ちがあるのに、相手にはない。今まで自分は散々そういう事をしてきた。だが、好きになった相手から、体だけを求められるのがこんなにも傷付く事なのだと身を持って知った。
 なぜ、武蔵は急に自分を抱こうと思ったのか。今の混乱した自分の頭では、予想すらできなかった。

 その晩、武蔵から『すみませんでした』と一言だけメッセージが送られてきたが、返事はしなかった。
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