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レイズの過去を知る
じいさまもまた人間
しおりを挟む軽い足取りと、重たい足取り。
二つの響きが、古びた廊下に交互に響いていた。
レイズとイザベル。
対照的な二人の歩調が、静かな屋敷に心地よいリズムを刻む。
その音を耳にしたヴィルは、そっと目を閉じた。
――孫たちが、並んで食卓にやってくる日。
それは、もう二度と訪れぬと思っていた光景だった。
胸の奥に、深く言いようのない温もりが広がる。
“戦いの時代”を越え、“平穏の時間”をようやく迎えたのだ。
「さて……今日は優しい笑顔で迎えてやろうか。」
そう呟いた声には、かすかな震えが混じっていた。
彼の心は、祖父としての誇りと、長年の孤独が入り混じっている。
やがて扉が開く。
弾むような声が、食堂に明るく跳ねた。
「おじいさまーっ!」
イザベルはまるで光そのものだった。
彼女が入るだけで、重厚な屋敷に一瞬で春が訪れる。
ヴィルは、思わず頬を緩めて呟いた。
「……あぁ、かわいい孫よ。」
続いて入ってきたレイズは、少し神妙な顔。
だが、食堂の入口で立ち止まり――驚愕に目を見開く。
そこにあったのは、見慣れぬ光景だった。
目の前のテーブルには、たった一人分の――
「適量」の食事。
いつものような山盛りの肉も、豪勢なスープもない。
代わりに、丁寧に盛り付けられた温かい料理が並んでいる。
「……マジか。こんな“普通の量”って……あるんだな。」
思わず漏れた呟き。
その声の奥には、ほのかな安堵があった。
「……レイズ。座りなさい。」
ヴィルの低く静かな声が響く。
優しい祖父ではなく、当主としての威厳をまとった声。
その眼差しには、孫を思う深い気遣いが隠されていた。
レイズは小さく息を吐き、席につく。
目の前の皿を見つめ、やがて小さく笑う。
「……これ、いいっすね。」
「二日続けて、酷く打ちのめしてしまいましたね。」
ヴィルの声は、悔恨を滲ませながらも温かかった。
「今日は派手さはないが、お前の体を思っての料理だ。」
「大丈夫っすよ!」
レイズは、照れ隠しのように笑い、腹を叩いた。
「このとおり、元気元気!」
――気遣いに、気遣いで返す。
不器用な笑いの中に、確かな絆が芽生えている。
だがイザベルは、そのやり取りを見て胸の奥でつぶやく。
(……レイズくん、それ、絶対間違ってるよ。)
元気を装う彼の声が、どこか無理に聞こえたのだ。
けれど同時に――その“無理”が、あまりにも優しく見えた。
やがて、ヴィルの声が再び響く。
「……今日のクリスとの模擬戦。見事でした。」
レイズの手が止まる。
まさか褒められるとは思わず、口に入れたまま固まる。
「クリスが何者か、知っているのだな?」
「……はい。知ってます。
彼は――未来で、“最強のひとり”と呼ばれていました。」
あえて“過去形”で言ったその響きに、
ヴィルの目が細められる。
「……そうですか。
――クリスがいても、どうにもならなかったのですね。」
静かな声。
その一言に、未来を見通す者だけが持つ重みが宿る。
イザベルは小さく首を傾げた。
「ねぇ、それって……未来の話?」
空気が一瞬止まる。
レイズとヴィルの視線が、彼女へ向けられる。
イザベルは屈託なく笑いながら続けた。
「だって、おじいさまとレイズくん、
まるで“まだ来てない何か”の話してるみたいだもん。」
その言葉に、レイズはわずかに口角を上げてつぶやく。
「知る必要ない。……おれが、そんな未来は全部消す。」
イザベルの瞳が潤む。
「……やっぱり、レイズくん、かっこいい~!」
「うるさいわ!」
顔を真っ赤にして叫ぶレイズ。
だがその背中は、確かに頼もしかった。
ヴィルは杯を掲げながら、静かに呟く。
「……私は、こんな時間を……ずっと待っていたのかもしれません。」
その目には、微笑と涙の中間のような光が宿っていた。
「――お待たせしました。」
セバスの声が静寂を破る。
扉が開き、温かな香りが食堂を包んだ。
「待ってないわっ!」
レイズが慌てて叫ぶが、
もう誰も止められない。
次々と並べられる料理。
イザベルの笑い声、ヴィルの穏やかな眼差し。
そして――レイズの照れ隠しのような毒舌。
その全てが、まるで家族という名の魔法のように、
食堂を柔らかく照らしていた。
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