最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜

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39 誤解

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「フローリア? どうしてそんなに泣いて……」
「ジルの嘘つき……」
「!?」

 フローリアははらはらと泣きながら、ダルディエ公爵に小さく抗議した。すでにフローリアは倒れる寸前のような顔色である。

 私のせいで、ダルディエ公爵夫妻の危機に、パニックになりながら私は説明した。
 自分のことと素直に言えなくて、友達の話として、ルークに愛人がいるという話をしたこと。私が友達のことと言ってしまったために、フローリアがその友達が自分のことと思い、ダルディエ公爵に愛人がいると思ってしまったことなどを説明した。

 私も泣きながらの説明になり、かなり分かりづらかったはずだが、夫たちには伝わったらしい。

「ルーク、お前愛人がいたのか」
「いないいない! なんでそんな話に!?」
「私もそう思うが、これを機に誤解はすべて解け」
「誤解って、俺も何が何だか……ジル、顔が怖いぞ、そう怒るな……」
「あとで説明はしてもらうぞ。お前が全面的に悪いはずだから、夫人に謝るのだな」
「わ、分かった」

 ダルディエ公爵は夫人を抱えて、別室に移動した。

 ルークはソファーの私の隣に座り、肩を抱き寄せた。

「アリス、どうして俺に愛人がいる、なんて話になったんだ? 俺に愛人はいないよ」
「……ごめんなさい。わたくしが相談しようとしたばかりに、みんなに旦那様に愛人がいることが露呈してしまって……」
「だから、愛人はいないよ。妻がいるのに、愛人を作る必要がない」
「でも、愛人が先でしょう?」
「先?」
「旦那様には、愛人か恋人がいて、わたくしが後から妻になったのです」
「……うん?」

 ここまでの状態になってしまったから、こっそり愛人を探せ作戦は失敗だ。もう全部吐き出してしまおうと、ルークを見た。

「旦那様、わたくし、愛人の管理もちゃんとできます。旦那様や愛人が嫌と思うようなことはしません。わたくしはちゃんと弁えることができます。旦那様がわたくしよりも、愛人と一緒にいたいなら……っ」

 嫌だ嫌だ、どうしてルークを愛人に渡さなくてはならない。でも、ここで本音を言ってしまえば、私なんていらないと言われるかもしれない。

 泣きたくないのに、意思に判してポタポタと涙が流れるけれど、無視して私は続けた。

「旦那様がわたくしよりも、愛人と一緒にいたいなら、一緒にいて下さってかまいません。わたくしのところに、時々でいいから、帰ってきてくださるなら……っ」

 ルークは私を抱きしめた。

「俺はアリスのところにしか帰らない」
「……愛人とは、別れたのですか?」
「俺に愛人なんて、一度もいたことはない」

 私から体を離すと、ルークは私の涙を拭いながら口を開いた。

「誰がそんな嘘をアリスに吹きこんだ? 帝都には、思考が捻じれていて妄想と願望を混ぜた話をするおかしな女性が多い。そういうご婦人方に何か言われたか?」
「い、いいえ」
「じゃあ、使用人か? 使用人は総入れ替えしたはずだったが、あいつの息がかかった奴がまだいたか」
「ち、違いますわ。使用人はみんな良い方ばかりで」
「じゃあ誰だ? アリス、遠慮せずに言っていい。そんな嘘を言って、アリスを泣かせた奴は、俺が徹底的に後悔させてやる」

 怒りを露わにしているルークは、本当に自分に愛人がいるとは思っていない様子で、あれ? と私も少し冷静になってきた。

「お兄様がおっしゃられていました。旦那様には、結婚前から愛人か恋人がいると。だからベッドの住人だったわたくしと結婚するのだと」
「……バリー伯爵が?」
「だから、わたくしは最初から旦那様にそういう方がいるのだと思って、元気になったら、いずれは愛人管理か、離縁が待っていると思っていました」
「離縁!? しないからな!?」

 離縁をしない、というルークの言葉に、少しほっとする。

「何でバリー伯爵はそんなことを言ったんだ。アリス、俺には本当に愛人も恋人もいない。アリスだけだ」
「……」
「何で、そんな疑わしい目をする!?」
「旦那様が言ったのですよ。好きな方いらっしゃると」
「は? いつ?」
「西部騎士団の城にわたくしが通っていた頃、その、キスをしそうになった時に……」

 ルークは考える顔をして、はっとした。

「ほら、やっぱりいらっしゃるのではないですか」
「違う! 誤解だ!」

 ルークは焦った声を出した。

「あれは、その……」

 気まずそうな声を出したルークは、盛大に溜め息をついた。

「やっぱり、悪かったのは俺だな……。アリス、怒らないで聞いてほしいんだが」

 ルークは私の手を握りながら、口を開いた。

「西部騎士団の城に来たアリスを、俺は妻だとは知らなかったんだ」
「……?」
「妻の侍女アリーだと聞いて、ただ単に侍女が来たのだと思った」
「わたくしの顔を見られたでしょう?」
「それを言われると辛いんだが、アリスとは初顔合わせで一度会ったきりだっただろう。痩せたアリスと、元気いっぱいのアリスが、まったく結びつかなかった。だから顔を見ても、アリスとは思わなかったんだ」

 なんということだ。であれば、私はルークに対して話をして、ルークは侍女に対して話をしていたことになる。

「で、でも、イーライがわたくしのことを伝えてくれていたのでしょう? わたくし、色んなお願いをイーライ経由で旦那様にしていましたわ。わたくしのことは、イーライが伝えてくれていると聞いていました」
「それも俺が手間を省いてしまったんだ。俺は騎士団の城と政務館を行ったり来たりしていて、アリスのお願いを聞いて許可するまでに時間がかかる。それなら、イーライに権限を渡して、俺の代わりに許可を出してもらっていた。アリスがどれくらい回復したかについても、アリスを見て回復には二年はかかるだろうと思っていたから、アリスをあまり急かすのはよくないと思って、経過も聞かずにいた」

 そんなことになっているとは知らなかった。

「だから、あの時、好きな人がいる、と言ったのは、妻にではなく、侍女アリーに対して言ったつもりだったんだ」
「そうだったのですね。では、その好きな方、というのは誰なのですか?」
「いや、だから……アリスのことが好きということで」
「旦那様があの時点でわたくしを認識していなかったのでしょう。初めて会ったとき以外、妻の私を見ていないのですから、わたくしを好きというのはおかしいと思うのですが」
「違うんだ……侍女アリーとキスしそうになって、俺には妻がいるから、そういう行いはダメだと思って、キスをしなかったんだ。そしたら、アリーが好きな人がいるのか、というから、妻のことを思い浮かべて、そうだと言ったんだ」
「……」

 なんだ、それは。ややこしい。

「つまり、旦那様は本当は侍女アリーとキスしたかったと」
「ま、まぁ、そういうことに」
「そして、旦那様は侍女アリーが好きだということですね。妻アリスではなく」
「うん。いや、そうなんだが、そうではなくて、侍女アリーは妻アリスだろう!? だから俺が好きなのはアリスなんだ」

 やっと色々つながった。私もルークもいろいろと勘違いばかりしていた。
 再びじわじわと涙が溢れる私に、ルークがわたわたとした。

「侍女と妻を勘違いしていたことを、途中で気づいたのに、アリスには言わなくて悪かった! 俺が悪かったから、もう泣くな。俺はアリスが泣くと、どうすればいいか分からない」
「旦那様はひどい人です」
「本当にな。俺は反省した。これからは、包み隠さず、アリスに言う」
「それは、わたくしとずっと一緒にいるということですか?」
「あたりまえだ! 絶対に離縁なんてしないからな!?」
「わたくしも、ずっと旦那様と一緒にいたいです」

 ルークは困惑の顔で私の涙を拭っている。本当に泣かれると弱いようだ。

「さっき、わたくしを好きと言ったのは本当ですか?」
「本当に決まっている。いつも言ってるだろう、俺はアリスが好きで…………、……まさか、俺は今まで好きって言っていない?」
「言っていませんわ」

 一度だって好きだなんて言われたことはない。だから、私から好きなんて言えるはずがなかった。

「……俺はいろいろ足りなさすぎだな。アリスが可愛くて、構うのが楽しくなって、好きだと言っているつもりになっていた」

 ルークは私を抱えて、膝に乗せた。

「好きだよ、アリス。俺にはアリスだけだ。これからは、今までの分以上に、アリスに好きだと伝えるよ」
「……わたくしも、旦那様が好きです」

 私はルークに抱き付いた。
 私には分不相応で手に入らないものだと思っていたルークの愛が、まさか私に与えられたのだと、嬉しくて嬉しくて再び泣いてしまうのだった。
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