52 / 78
第51話 励まし
しおりを挟む
「え……?」
「君は十分役に立っている。そんな奴らの言葉など聞く必要も無い。ただの負け犬の遠吠えと理解すればいいのだ」
「負け犬の遠吠え……か……ふふっ」
そういうと何だか胸に突き刺さっていた言葉達が全部抜け落ちてぱらぱらと床の下に落ちていった気がした。それに笑いも出て来る。
「君は素晴らしい衛生兵なのだから」
「あ、ありがとう……」
「それと、君にひどい事を言ってきた衛生兵は、即刻クビにして故郷へ帰るように衛生兵長へ先ほど進言してきた」
「え」
彼女達がクビ。唐突な展開にアルグレートと衛生兵長を交互に見渡す事しかできなくて、しかも衛生兵長はにっこりと笑ったままだから余計に怖さを引き立たせている感がして、なんて声をかけたらいいのかわからなくなる。
「グスタフ公爵夫人。ご心配なく。先ほど私からも皆さんにはそのままお帰り頂くようにお伝えいたしましたから」
「え、そ、そうなんですか?」
「驚いていたり反論したりしていましたけど、グスタフ公爵がひと睨みしたら荷物をまとめて帰る準備をしてくださいました」
だからあんなに賑やかだったのか。その理由が判明し、ちょっとだけざまあみろと思ったのと同時にアルグレートが如何に私を大事に思ってくれているかを改めて理解する。
「それで、その人達は……」
「今、馬車に乗って帰っている最中じゃないか? 衛生兵長、皆が俺の言う事をちゃんという事を聞いているかどうか確かめに行ってくれ」
「わかりました」
私が落ち込んで動けなくなっている間にそんな事があったのか……。と、まだ現実を受け止めきれないでいる私の身体を、アルグレートが優しく抱きしめる。
「君を傷つけるやつはこの俺が許さない。そして君の頑張りは評価されるべきだ」
彼の厳しさと私への優しさがつまった目線を貰うと、私の胸の中がじんわりと温かくなっていく。
「評価、されるべき……」
「俺の大事な番がこの野戦病院で頑張っているのだぞ? 評価されなければ俺も悲しい」
彼の言葉が温かなお湯をかけるように、どんどん心を熱くそしてほぐしてくれているのがわかる。
「ありがとう……頑張れるよ」
彼の優しさが、本当に助かるし、ありがたい。ここまでしてくれるなんて思ってもみなかったから、驚いているけどそれ以上に彼が私へ見せてくれた愛がとても嬉しかった。
◇ ◇ ◇
嫌味を言っていたりしていたお局やベテラン衛生兵達はアルグレートと衛生兵長の指示により馬車で故郷へと強制送還された事で、明日代わりの者達が派遣されると聞いた。
「あなた達。確かに人間は魔法が使えません。だからといって足手まといとか、そう考えるのは違います。人間には人間しか出来ない事もあるのです」
「あと、我が大事な番に手を出したり傷つける者は俺が必ず排除する。覚悟は良いな?」
「もちろん、私の大事なアナスタシアを傷つけた者も同罪です。よろしいですね?」
一旦作戦が停止された事で静かになった深夜にアルグレートと衛生兵長、そしれアルグレートが呼んできたサファイア所長が残った衛生兵全てをかき集めてそう説明してくれた。
「は、はい!」
眉間にこれでもかというくらいしわを寄せ、ぎらついた眼光を見せるアルグレートとにこやかに口元をほころばせ、目を細めるサファイア所長の背後からは禍々しいオーラが醸し出されていた。
それに気が付いた衛生兵達はひっ……とか細く小さな悲鳴を上げているのが止まらないみたいで、メイドが以前アルグレートを冷酷公爵と言っていたのを思い出す。
ちなみに当のアナスタシアさんはくすっと笑っていた。
「そんなやつは喧嘩か仕事でわからせるかすればいいのよ、ねえ、乙音?」
「は、はい……」
本音としては殴ってしまいたいけど、ここは穏便に仕事でわからせなければ、だよね……。ていうか思ったよりアナスタシアさん血の気が多いな?
次の日の朝。再び戦地へ赴くアルグレートとサファイア所長をアナスタシアさんと共に見送った後は収容者へと朝食を配るのを開始する。
「グスタフ公爵夫人様、毎度ありがとうございます。こうして自ら配ってくださるのはとても嬉しいです」
「魔法で配った方が時間はかからないけど、やっぱりこうして声かけてくれた方が心が落ち着くよ」
こういう声は嬉しい限りだ。これまで以上に大切に胸の中にしまっておかないと。別の部屋にさっき搬送されたばかりの女性の兵士にも声をかけつつ夕食を渡すと、ベッドに座った彼女は嬉しいです。と答えてくれた。
彼女の左足には大きなギプスが巻かれている。悪魔に噛みつかれ、切断寸前までダメージを負ったそうだ。
「グスタフ公爵夫人様、あなたも従軍されていらっしゃるなんて驚きです」
「そ、そうですか? みんなが頑張っている中で私だけ何もしないのもどうかと思ったので……」
「それが素晴らしいお考えだと思うのですよ。貴族の奥方やご令嬢はこういった戦いにはまず顔を出したりしません。次女や三女といった長女じゃないご令嬢や、妾の子なんかはよくいますけど」
ちなみにこの女性の兵士も男爵家の妾の子だと教えてくれた。成人してからすぐ兵士となり、あちこちで作戦に従軍していると言う。
「ここが一番楽なんです。いじわるな人もいないから」
「そうなんですか……」
「それにここでは身分の違いはあまり問われたりしませんからね。士官との上下関係はありますけど、それも10年くらい前と比べると、大分緩くなったと聞きました」
最後に彼女はまた怪我が癒えたら戦地に戻りますが、あなたの事は忘れませんと穏やかな笑顔と目元をしたまま語ってくれた。
「ありがとうございます……!」
彼らからの言葉を大事に胸に刻み込みながら、カートと共に厨房へと戻っていると、アナスタシアさんとすれ違った。
「乙音、朝食配るの終わったんだ」
「はい、終わりました」
「なんだか、顔が良い感じだね」
「君は十分役に立っている。そんな奴らの言葉など聞く必要も無い。ただの負け犬の遠吠えと理解すればいいのだ」
「負け犬の遠吠え……か……ふふっ」
そういうと何だか胸に突き刺さっていた言葉達が全部抜け落ちてぱらぱらと床の下に落ちていった気がした。それに笑いも出て来る。
「君は素晴らしい衛生兵なのだから」
「あ、ありがとう……」
「それと、君にひどい事を言ってきた衛生兵は、即刻クビにして故郷へ帰るように衛生兵長へ先ほど進言してきた」
「え」
彼女達がクビ。唐突な展開にアルグレートと衛生兵長を交互に見渡す事しかできなくて、しかも衛生兵長はにっこりと笑ったままだから余計に怖さを引き立たせている感がして、なんて声をかけたらいいのかわからなくなる。
「グスタフ公爵夫人。ご心配なく。先ほど私からも皆さんにはそのままお帰り頂くようにお伝えいたしましたから」
「え、そ、そうなんですか?」
「驚いていたり反論したりしていましたけど、グスタフ公爵がひと睨みしたら荷物をまとめて帰る準備をしてくださいました」
だからあんなに賑やかだったのか。その理由が判明し、ちょっとだけざまあみろと思ったのと同時にアルグレートが如何に私を大事に思ってくれているかを改めて理解する。
「それで、その人達は……」
「今、馬車に乗って帰っている最中じゃないか? 衛生兵長、皆が俺の言う事をちゃんという事を聞いているかどうか確かめに行ってくれ」
「わかりました」
私が落ち込んで動けなくなっている間にそんな事があったのか……。と、まだ現実を受け止めきれないでいる私の身体を、アルグレートが優しく抱きしめる。
「君を傷つけるやつはこの俺が許さない。そして君の頑張りは評価されるべきだ」
彼の厳しさと私への優しさがつまった目線を貰うと、私の胸の中がじんわりと温かくなっていく。
「評価、されるべき……」
「俺の大事な番がこの野戦病院で頑張っているのだぞ? 評価されなければ俺も悲しい」
彼の言葉が温かなお湯をかけるように、どんどん心を熱くそしてほぐしてくれているのがわかる。
「ありがとう……頑張れるよ」
彼の優しさが、本当に助かるし、ありがたい。ここまでしてくれるなんて思ってもみなかったから、驚いているけどそれ以上に彼が私へ見せてくれた愛がとても嬉しかった。
◇ ◇ ◇
嫌味を言っていたりしていたお局やベテラン衛生兵達はアルグレートと衛生兵長の指示により馬車で故郷へと強制送還された事で、明日代わりの者達が派遣されると聞いた。
「あなた達。確かに人間は魔法が使えません。だからといって足手まといとか、そう考えるのは違います。人間には人間しか出来ない事もあるのです」
「あと、我が大事な番に手を出したり傷つける者は俺が必ず排除する。覚悟は良いな?」
「もちろん、私の大事なアナスタシアを傷つけた者も同罪です。よろしいですね?」
一旦作戦が停止された事で静かになった深夜にアルグレートと衛生兵長、そしれアルグレートが呼んできたサファイア所長が残った衛生兵全てをかき集めてそう説明してくれた。
「は、はい!」
眉間にこれでもかというくらいしわを寄せ、ぎらついた眼光を見せるアルグレートとにこやかに口元をほころばせ、目を細めるサファイア所長の背後からは禍々しいオーラが醸し出されていた。
それに気が付いた衛生兵達はひっ……とか細く小さな悲鳴を上げているのが止まらないみたいで、メイドが以前アルグレートを冷酷公爵と言っていたのを思い出す。
ちなみに当のアナスタシアさんはくすっと笑っていた。
「そんなやつは喧嘩か仕事でわからせるかすればいいのよ、ねえ、乙音?」
「は、はい……」
本音としては殴ってしまいたいけど、ここは穏便に仕事でわからせなければ、だよね……。ていうか思ったよりアナスタシアさん血の気が多いな?
次の日の朝。再び戦地へ赴くアルグレートとサファイア所長をアナスタシアさんと共に見送った後は収容者へと朝食を配るのを開始する。
「グスタフ公爵夫人様、毎度ありがとうございます。こうして自ら配ってくださるのはとても嬉しいです」
「魔法で配った方が時間はかからないけど、やっぱりこうして声かけてくれた方が心が落ち着くよ」
こういう声は嬉しい限りだ。これまで以上に大切に胸の中にしまっておかないと。別の部屋にさっき搬送されたばかりの女性の兵士にも声をかけつつ夕食を渡すと、ベッドに座った彼女は嬉しいです。と答えてくれた。
彼女の左足には大きなギプスが巻かれている。悪魔に噛みつかれ、切断寸前までダメージを負ったそうだ。
「グスタフ公爵夫人様、あなたも従軍されていらっしゃるなんて驚きです」
「そ、そうですか? みんなが頑張っている中で私だけ何もしないのもどうかと思ったので……」
「それが素晴らしいお考えだと思うのですよ。貴族の奥方やご令嬢はこういった戦いにはまず顔を出したりしません。次女や三女といった長女じゃないご令嬢や、妾の子なんかはよくいますけど」
ちなみにこの女性の兵士も男爵家の妾の子だと教えてくれた。成人してからすぐ兵士となり、あちこちで作戦に従軍していると言う。
「ここが一番楽なんです。いじわるな人もいないから」
「そうなんですか……」
「それにここでは身分の違いはあまり問われたりしませんからね。士官との上下関係はありますけど、それも10年くらい前と比べると、大分緩くなったと聞きました」
最後に彼女はまた怪我が癒えたら戦地に戻りますが、あなたの事は忘れませんと穏やかな笑顔と目元をしたまま語ってくれた。
「ありがとうございます……!」
彼らからの言葉を大事に胸に刻み込みながら、カートと共に厨房へと戻っていると、アナスタシアさんとすれ違った。
「乙音、朝食配るの終わったんだ」
「はい、終わりました」
「なんだか、顔が良い感じだね」
2
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる