忠犬シロは転生してでもご主人様を生かしたい

SKYTRICK

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第一章

2 敵国の人間に生まれ変わった元忠犬

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【第一章】




「……はッッ!?」
 殺された……はずだったのだが。



 そよそよと春の風が丘に吹き込んで、シロの銀髪をふんわりと揺らした。
 仰向けに寝転がっていたシロの頬を草花が風に揺られて掠めた。シロはぱちっと大きく瞬きして、突き抜けるような青さの空をじっと見上げた。
 眩しっ。
「えっ、天国……!?」
 いや。
 あまりにも鮮明すぎる。
 この草原の匂い。日差しの温かさ。ゴォッと遠くで唸る風の音……。
「……生きてる?」
 ど、どういうこと?
 感情も記憶も追いつかない。混乱だけに支配されたシロの脳内に、その瞬間、数々の過去がドワっと流れ込んでくる。
 それはたった今し方に炎の夜に貫かれた『シロ』のこと。それとは別にここで管理されて生きてきた『エフツー』のこと。
「うわっ、あっ、そっか、ここは」
 ルブリアンの敵国・ヴァルモリー王国の魔塔だ。
 今のシロはシロではなくエフツーである。特別な魔力を認められ、魔塔の地下に閉じ込められた実験体のうちの一人だった。
 自分がエフツーであることを自覚すると今世の記憶が雪崩れ込んでくる。シロと同様に生まれた時点の過去はもち合わせていないけれど、気付けば魔塔にいて、数々の実験を繰り返され、シロは二十歳になっていた。
 エフツーは名前ではなく実験番号だ。魔塔にはヴァルモリー王国の優秀な魔法使いが揃っており、魔力をもつ二十歳までの人間を使って人体実験を施している。
 その過程で亡くなることは滅多にないが、大抵の子供達は大人になる前に自然と死ぬらしい。
 だがシロは既に死んでいる。
 片手を持ち上げて、空を掴んでみる。たったついさっき、死んだと思ったのに、生きている。たったついさっきまで、この手は氷に侵食されていたというのに。
「どうして生きているんだろう……」
 それも人間として生まれ変わるなど、不思議でならない。
 気持ちが追いつかなくて暫く原っぱに仰向けになっていた。流れゆく雲を見上げながら、まだ何も分からないけれど呟いた。
「主君に会いたい」
(ルブリアン様に会って、もう一度名前を呼びたい)
 初めて人間の言葉で彼の名を呼んだあの時は、声も掠れて苦し紛れだった。今度は笑顔で名前を呼びたいのだ。
 けれどルブリアンはこの世界にいるのだろうか。ルブリアンは生きているのだろうか。
 心配だ。人間に転生して尚、シロが考えてしまうのはご主人様のことばかり。ヴァルモリー王国の存在は把握している。まさにルブリアン率いる神聖騎士団のボーフォルティア王国と敵対し、時には騎士団も戦争をしていた敵国なのだから。何ならシロもヴァルモリー王国の魔塔の連中と戦っている。魔法をぶつけられてめっちゃ痛かった。
 そんな魔塔に、今のシロは所属している。所属というか所有というか。
 実験体になって少なくとも五年が経つはずなのにどうして今更犬から人間に転生したことを思い出したのだろう。そもそも前世の自分も多分純粋な犬ではなかった。そしてエフツーの人生では犬になったことすら一度もない。
 特別な魔力を保有する人間に生まれ変わったようだが、これは別の人格を乗っ取ったというより、思い出した感じなのである。
 今になって前世を思い出したのは何故なのか。
 その時、ぼんやり空を眺めながらシロは、(知っている)と思った。
(この空……まだ主君も小さかった頃、こうやって丘に登って原っぱに寝っ転がった)
 そうか。今の状況はあの頃と酷似しているらしい。
 過去を思い出すきっかけなんて呆気ないものなのだろうか。うん、多分そう。無理やり納得して、シロは次々に襲いかかる疑問に一つずつ折り合いをつけていくことにした。
 まずどうして殺されたのか。答えは不審だったからだ。
 シロにとって先ほどの出来事である炎の夜、シロの命を奪ったのはルブリアンの仲間たちだ。つまりはシロの仲間でもある。シロとしてはルブリアンを助けるために人間の姿になったのだが、騎士たちからすると、怪しい見知らぬ男が瀕死のルブリアンに襲いかかっているように見えたのだろう。
 まぁ、仕方ないと思う。
「――ほぼ全裸だったしな……」
「ゼンラ?」
 あれから、丘を降りて魔塔に戻ってくると地下へ促された。
 ちょうど食事の時間だったので、実験体の皆がワイワイ言いながらパンとスープを楽しんでいる。
 隣で食事していた子供たちの一人が「全裸ってなぁに?」と首を傾げている。シロは千切ったパンを口に放り込み、咀嚼のち飲み込んでから、「素っ裸ってこと」と答えた。
「えーっ、裸!?」
「なになにーっ!?」
「エフツーが変なこと言ってるぅッ」
 周りの子供達がワァワァ騒いでいるのを無視してシロは食事を続けた。シロには美味しいも不味いも分からない。犬の頃はルブリアンから与えられるご飯を本当に楽しく美味しくにこやかに食べていたが、今のシロは食べ物を何とも思わない。感じるのは冷たいか、凍っているか、くらいだ。何故だか知らないがこの魔塔で与えられる食べ物は大体凍っている。
 ところどころ凍ったパンを口の中で溶かして食べる。監視の魔法使いがいない食堂は実験体の声で溢れていた。魔塔の連中は実験している時間以外の実験体に興味がないので、意外とこういう自由な時間は多いのである。
「エフツーどうしたの? 今日はいつも以上にぼうっとしてるね」
「うん、変だよなぁ」
 まさか敵国の人間になるなんて。
 それに、あの夜からどれほど経っているかも分からない。少なくともシロはエフツーの記憶を五年間把握している。
 隣に座っていた十歳ほどの人間がニコッと笑いかけてきた。
「そういえばさっき実験で丘に飛ばされたんだって? 今日は晴れててよかったね」
「ぽかぽか陽気だったよ」
 答えながら、ルブリアンや騎士団の皆はどうしているのだろうか、と考えた。
 魔塔が存在するということはここは同じ世界なのだし、騎士団も存続しているはず。国が滅ぶほど時間が流れているようには思えない。
 あの時、突然現れた全裸少年がシロだということを騎士たち、そしてルブリアンも気付いていなかった。ルブリアンが何か叫んでいた気もするけれどその時には耳が遠くなっていてよく聞こえなかった。殺せ! と叫んでいたのかな……突然現れた全裸男なんて奇妙すぎて殺すのも当然だけれど。
 それにしても痛かったな。氷の魔法もとんでもない威力であったが何より神聖騎士団の剣は死ぬほど痛かった。死んだのだが。それより、騎士団が目撃した全裸男と今のエフツーの姿は、同じなのだろうか。
 エフツーは銀髪に翠の目をもつ男だけれど、前世の自分がどんな姿をしていたのかシロは知らないのである。
「白い犬だったことは分かるけど……」
「いぬぅ~~?」
「エフツー、もしかして頭でも打った? だからぼうっとしてるのか?」
「全然パン食べてないねぇ。お腹空いてないの?」
 他のテーブルにいた子供達が群がってきて、「ねーねー、エフツー、そのパンは食べないの?」「エフツーどうしたの?」「エフツーお腹空いてないって」「エフツーパン食べないの?」とシロの膝に乗っかり始める。実験体の中でシロは最年長だ。そのせいか、子供たちに異様に懐かれていた。
「食べたいなら食べていいよ。欲しい子たちで分け合うこと!」
「やったぁ!」「やったやった」「ボクも、ボクもッ」
 あっという間にパンを取っていた子供たちは、言われた通りに千切って分け合っている。まだ十歳前後の子達だ。
 実験体が実験中に死ぬことはあまりないが、魔法使いたちの会話を盗み聞きしたところ、基本的に実験体は大人にはなれないと知った。
 シロは二十歳である。
 そういえば前回の実験で魔法使いが「あっやべ」とまるで何かミスしたかのように溢していた。
 ……ん?
「……失敗してない?」
 あれ。実験、失敗してない?
 記憶を思い出したのもそのせいなのか? 実験が失敗していいことは何もない。もしや死期が早まっているのでは?
 途端に不安になって表情が暗くなったシロを、周りの子供達が心配そうに見つめる。シロは先ほど前世を思い出したばかり。
 ともなるとやはり、大好きなルブリアンに会いに行きたいが、それより前に死ぬなんてことは――……








 その答えは翌日、魔塔主に呼び出されてから知ることができた。
 やはり自分は、死期が早まっていたようだ。
「エフツー、お前はボーフォルティア王国へ派遣される魔力供給者に選ばれた」
「ボ、ボーフォルティア王国ですか?」
「ああ」
 どっさりと蓄えた髭を撫で付けながら、老魔法使いは鋭い眼差しをシロに向ける。
 そして有無を言わなぬ物言いで命令を下した。
「だがその裏で任務を与える。ある人物を殺すのがお前の仕事だ。お前には、そいつを二年以内に殺さなければ自滅する呪いをかける。死にたくなければ、必ず敵を葬るのだ」
 それはまるで延命のような呪いだった。どうやらやはり実験は失敗していたらしい。
 今にでもエフツーが使い物にならなくなるのを措置するために、延命としての呪いを施すらしい。つまり寿命が伸びたということ。そして『敵』を殺せば、より長生きできるという話だった。
 しかし魔塔主は告げた。
「そのために神聖騎士団に向かえ。お前が殺すべきは騎士団長のルブリアン・クレルモンだ」
 シロは唖然と、目を見開いた。
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