16 / 45
第一章
16 離れなければ
しおりを挟む
(どうしてここにご主人様が?)
会いたいと願っていたのにいざ目の前にすると動揺が勝り、うまく声が出てこない。一方でルブリアンはゆっくりと、一定のリズムで近づいてきて、低い声で問いかけてきた。
「答えろ。俺の名前を口にしたのか」
「……あ、えっと」
「お前、何が目的だ?」
その瞬間、目の前にやってきたルブリアンがぐわっとシロに手を伸ばした。
頬を鷲掴みにされる。乱暴で、加減のない力だった。シロは身動きが取れない。後ろにヴァルカンがいたけれど、ルブリアンの凄まじい眼光でひと睨みされればヴァルカンでさえ怯えて何もできなかった。
シロもまた微動だにできずにいる。鋭く、冷たい視線がシロを見下ろしている。忠犬時代のシロは、その青い瞳をあたたかな空のようだと思っていたけれど今は、暗くて深くて轟々と揺らぐ冬の海みたいに真っ黒だ。
それがシロを呑み込もうとしている。シロを恐怖に染めようとしている。
他でもないルブリアンが。
「……きょ、供給を……仕事をできたらと……」
震える唇の隙間から溢すと、ルブリアンがふっと溢すように微笑む。
「真夜中に俺の名を呟きながら? どうしてそれを信じられると思うんだよ……」
それは途中から、シロを心底どうでもいいと思うような口調に変わっていった。
興味の対象から外れてしまったような、そんな気配。事実ルブリアンはシロを解放すると、そっぽを向いた。
「……シロファス、か。ふざけた名だ……」
独り言みたいに溢してから、ルブリアンは踵を返した。最後は右目の眼帯の方がシロを見下ろしていて、視線すら寄越してくれなかった。
ルブリアンはまたしても闇の如く瞬く間で去っていく。その姿が森に溶け込んでから、シロは崩れるようにその場に座り込んだ。
『シロ、大丈夫か……』
ヴァルカンが辛そうな声を落とした。
シロはヴァルカンの頭を両手で抱きしめて、込みあげる言いようのない感情を必死で抑えている。
――俺はどうしてももう、シロじゃないのかもしれない。
知っていることなのに、ただの事実なのに、受け入れられない。認めざるを得ないのを分かっていても、それでも心の中に忠犬シロがいる。
「どうしようヴァルカン……」
『シロ……』
どうしたらこの胸を覆い尽くす激しい感情を抑えられる? これに名前を付けられる?
『シロ、悲しいんだな』
悲しいと認めるには勇気が要る。
それは自分がルブリアンにはっきりと拒絶されたのだと認めることと同義だから。
どうしたらいいのだろう。シロの中には忠犬のシロがいるのに、それを誰も知らない。ルブリアンが分かってくれない。シロファスとして生きるしかないのか? ついこの間まであんなに愛されていたのに? それを手放せと言うのか?
忠犬シロを残したまま残りの時間を過ごすことはできないの?
呪いが自分を殺すまでの僅かな時間だけでも、ルブリアンとあたたかいベッドの中で眠りたかった。
どうしてこんなことになったのだろう。炎の魔物はどこにいったのだろう。俺を犬に戻してと叫びたい。けれどそれすらできない。
ぎゅうっと抱きしめ続けていたが、ヴァルカンは何も言わなかった。最後はかつて犬だった時みたいに、眠るヴァルカンに寄り添って、その夜を過ごした。
――騎士たちが炎を囲んで酒盛りをしている。男たちの宴は騒がしい。シロはその炎から離れながら、道中で仲良くなったキツネたちと共に夜を散歩していた。
「だからさ、この状況で『俺がシロです!』なんて言ったら本当に殺されると思うんだよね。魂の乗っ取りとは別の理由で。侮辱罪とかで」
『ほえ~』
『人間界って大変っすね!』
『旦那、難しいことは忘れて一杯やりませんか?』
ルブリアンと夜に出会してから三日ほどが経つ。
また夜がやってきて、シロは粛々と悩んでいた。
キツネたちはぐるぐるシロの周りを駆けながら散歩についてくる。シロはちょうど良い高さの倒木を見つけて、腰を下ろした。こうして野営地から離れていないと動物たちと会話ができないのだ。誰かと話さないのは寂しいが騎士たちは皆、シロを無視するし、マルセルもラウルも部隊が離れていてなかなか顔を合わせられない。
だからこうして森の奥までやってくるのだ。最近友達になったキツネは愉快で、楽しい。今晩も彼らが『旦那、向こうで見つけたキノコですぜ』『木の実もうまいっすよ』とプレゼントしてくれるので、シロは「うむ!」と落ち込んでいた心を引き上げた。
「俺もお礼に、魚でも取っちゃおっかな」
『サカナすか!?』
『大きく出ましたねぇ兄貴』
確か向こうに湖があったはず。魚の一匹くらいはいるだろう。シロは匂いを嗅ぎ分けて湖へ足を運んだ。
嗅覚も聴覚もかなり優れているのがこの体の特徴だ。動物と話せるだけでなく他の面でも、忠犬シロの名残がある。どうしてだろう? いくら魂がシロとは言え、体はエフツーのはず。疑問は山ほどあるが能力が残っているのには感謝だ。
今のように、役に立つ。
「あっ」
『どうしました?』『どうしたんすか?』『サカナサカナ』
やば。
ルブリアンがいる。
湖の近くに、ルブリアンがいる。まだ距離は遠いからいくら気配に敏感なルブリアンとはいえ気付いていないようだ。煙草の匂いが薄っすらして、ゆったりとした呼吸の音、そしてルブリアン特有の匂いが伝わってきた。
引き返そう。また偶然出会したらさすがに不自然に思われる。
そう決心し、踵を返した時だった。
「……え?」
『旦那、さっきからどうしたんすか?』『落ち着きないっすね』『サカナサカナサカナ』
シロはすっとしゃがみ込んで、キツネたちに小声で囁いた。
「今すぐここから逃げて。何かの群れが凄まじい勢いで近づいてきてる!」
『エッ?』
『でも旦那は?』
「俺は大丈夫だから早く行って!」
言いながらもシロは駆け出していた。森を揺るがすような地響きに、重量感のある獣たちの足音が遠くから……大群だ。何か混じっている? この足音は……。
「……ヴァルカン?」
間違いなくヴァルカンのものだ。
なぜか群れはこちらへやってきていた。ヴァルカンが獣たちを引き連れてきたのか?
その答えは直後に判明した。
「ヴァルカン!」
『アア……ウアア……』
目の虚なヴァルカンと共に、魔獣エルドクロウが突撃してくる。十数体のエルドクロウを引き連れてきたヴァルカンは、意識が朦朧としておりシロを認識していない。
シロは地面を蹴って木に飛び乗り、ヴァルカンの背へ無理やり乗り込んだ。思いっきりヴァルカンの首を抱きしめるも、こちらの声が届かない。
「ヴァルカン! 目を覚ませ!」
『アア……オレハ……アガガ……』
なんだこの匂いは? ヴァルカンから異臭がする。
すぐに理解した。これはエルドクロウの好む麻薬の匂いだ。
エルドクロウはその凄まじく長い爪を地面や木々に引っ掛けて移動し、獲物を八つ裂きにする好戦的な獣だ。体格も大きく、シロの二倍ほどはある猿に似た危険な魔獣である。しかし普段は森の奥地の洞穴に潜んでいるはず。
そのエルドクロウが好む麻薬は海藻を元にしているから森で自然と取れるものでもない。
誰かが故意的にヴァルカンを中毒にさせたのだ。
このままだと湖へ突撃する。いや、けれど淡水に洗われれば幻覚症状が薄らぐ。ヴァルカンが溺れないことを願ってこのまま突進させるか?
「……あっ」
そうだ、ルブリアンがいる。
煙草を燻らせて一人の時間を過ごしているだろう。
無防備なルブリアンを、危険に晒すわけにはいかない。
シロはたてがみを引っ張って、ヴァルカンを方向転換させた。少しでもルブリアンと離れた湖面へ向かわせなければ。虚ろなヴァルカンは望み通りに方向転換した。だが、最悪だ。煙草の匂いと人の気配に反応したのだろう、エルドクロウがルブリアンの方へ押し寄せていく。
「くっそ」
シロはヴァルカンから飛び降りると共にそれなりの太さの枝にしがみついた。全体重をかけて枝をへし折り剣のように構えてエルドクロウを追う。
この体には忠犬シロの名残が残っている。聴覚も嗅覚も、そして大地を駆ける速さも。木々が開けて湖とルブリアンの姿が見えてきた時、シロは先頭のエルドクロウに追いついた。
「ご主人様!」
エルドクロウは長い耳が弱点だ。耳のすぐ奥に神経の集まる部位がある。
枝を耳に突き入れて、思いっきり捻る。魔獣特有の青黒い血が吹き出した。倒れた一匹のエルドクロウに反応し、他の奴らがシロに襲いかかってくる。
「逃げて!」
それでいい。
(俺に集まってこい)
ルブリアンから距離を取らなければならない。
シロは死体から枝を引っこ抜き、別のエルドクロウの真下に滑り込むと、鋒を天に向けそのまま顎へ突き刺した。口の中まで貫通したのかドバッと青黒い血がシロに降り注ぐ。枝は抜けそうにないと判断し、シロはそのまま駆け出した。
とにかく遠くへ。
ルブリアンから魔獣を離さないと――……
「――俺から逃げられると思ったのか?」
その言葉が聞こえた瞬間、後ろからエルドクロウの頭部が吹っ飛んできて、シロのちょうど横を通過した。
振り返るとルブリアンの背が見える。
まるで魔獣からシロを庇うように、ルブリアンが立っていた。
瞬きをした次の瞬間には、別のエルドクロウが殺されていた。あまりにも速すぎてルブリアンの振るう月の光を帯びた剣が白い光の線を描き、目を細めてしまいそうなほど眩しい。
鮮やかとも言える惨殺だった。戦闘体制に入っている十数体に及ぶエルドクロウが、息を吸うごとに一匹ずつ首を刎ねられて、ついには殲滅した。
ああ、さっきのセリフは魔獣に向けての言葉だったのだ。シロは立ち尽くしながら今更、思い出した。ルブリアンは自分に向けられた殺意を絶対に逃しはしない。それが人間でも獣でも。
会いたいと願っていたのにいざ目の前にすると動揺が勝り、うまく声が出てこない。一方でルブリアンはゆっくりと、一定のリズムで近づいてきて、低い声で問いかけてきた。
「答えろ。俺の名前を口にしたのか」
「……あ、えっと」
「お前、何が目的だ?」
その瞬間、目の前にやってきたルブリアンがぐわっとシロに手を伸ばした。
頬を鷲掴みにされる。乱暴で、加減のない力だった。シロは身動きが取れない。後ろにヴァルカンがいたけれど、ルブリアンの凄まじい眼光でひと睨みされればヴァルカンでさえ怯えて何もできなかった。
シロもまた微動だにできずにいる。鋭く、冷たい視線がシロを見下ろしている。忠犬時代のシロは、その青い瞳をあたたかな空のようだと思っていたけれど今は、暗くて深くて轟々と揺らぐ冬の海みたいに真っ黒だ。
それがシロを呑み込もうとしている。シロを恐怖に染めようとしている。
他でもないルブリアンが。
「……きょ、供給を……仕事をできたらと……」
震える唇の隙間から溢すと、ルブリアンがふっと溢すように微笑む。
「真夜中に俺の名を呟きながら? どうしてそれを信じられると思うんだよ……」
それは途中から、シロを心底どうでもいいと思うような口調に変わっていった。
興味の対象から外れてしまったような、そんな気配。事実ルブリアンはシロを解放すると、そっぽを向いた。
「……シロファス、か。ふざけた名だ……」
独り言みたいに溢してから、ルブリアンは踵を返した。最後は右目の眼帯の方がシロを見下ろしていて、視線すら寄越してくれなかった。
ルブリアンはまたしても闇の如く瞬く間で去っていく。その姿が森に溶け込んでから、シロは崩れるようにその場に座り込んだ。
『シロ、大丈夫か……』
ヴァルカンが辛そうな声を落とした。
シロはヴァルカンの頭を両手で抱きしめて、込みあげる言いようのない感情を必死で抑えている。
――俺はどうしてももう、シロじゃないのかもしれない。
知っていることなのに、ただの事実なのに、受け入れられない。認めざるを得ないのを分かっていても、それでも心の中に忠犬シロがいる。
「どうしようヴァルカン……」
『シロ……』
どうしたらこの胸を覆い尽くす激しい感情を抑えられる? これに名前を付けられる?
『シロ、悲しいんだな』
悲しいと認めるには勇気が要る。
それは自分がルブリアンにはっきりと拒絶されたのだと認めることと同義だから。
どうしたらいいのだろう。シロの中には忠犬のシロがいるのに、それを誰も知らない。ルブリアンが分かってくれない。シロファスとして生きるしかないのか? ついこの間まであんなに愛されていたのに? それを手放せと言うのか?
忠犬シロを残したまま残りの時間を過ごすことはできないの?
呪いが自分を殺すまでの僅かな時間だけでも、ルブリアンとあたたかいベッドの中で眠りたかった。
どうしてこんなことになったのだろう。炎の魔物はどこにいったのだろう。俺を犬に戻してと叫びたい。けれどそれすらできない。
ぎゅうっと抱きしめ続けていたが、ヴァルカンは何も言わなかった。最後はかつて犬だった時みたいに、眠るヴァルカンに寄り添って、その夜を過ごした。
――騎士たちが炎を囲んで酒盛りをしている。男たちの宴は騒がしい。シロはその炎から離れながら、道中で仲良くなったキツネたちと共に夜を散歩していた。
「だからさ、この状況で『俺がシロです!』なんて言ったら本当に殺されると思うんだよね。魂の乗っ取りとは別の理由で。侮辱罪とかで」
『ほえ~』
『人間界って大変っすね!』
『旦那、難しいことは忘れて一杯やりませんか?』
ルブリアンと夜に出会してから三日ほどが経つ。
また夜がやってきて、シロは粛々と悩んでいた。
キツネたちはぐるぐるシロの周りを駆けながら散歩についてくる。シロはちょうど良い高さの倒木を見つけて、腰を下ろした。こうして野営地から離れていないと動物たちと会話ができないのだ。誰かと話さないのは寂しいが騎士たちは皆、シロを無視するし、マルセルもラウルも部隊が離れていてなかなか顔を合わせられない。
だからこうして森の奥までやってくるのだ。最近友達になったキツネは愉快で、楽しい。今晩も彼らが『旦那、向こうで見つけたキノコですぜ』『木の実もうまいっすよ』とプレゼントしてくれるので、シロは「うむ!」と落ち込んでいた心を引き上げた。
「俺もお礼に、魚でも取っちゃおっかな」
『サカナすか!?』
『大きく出ましたねぇ兄貴』
確か向こうに湖があったはず。魚の一匹くらいはいるだろう。シロは匂いを嗅ぎ分けて湖へ足を運んだ。
嗅覚も聴覚もかなり優れているのがこの体の特徴だ。動物と話せるだけでなく他の面でも、忠犬シロの名残がある。どうしてだろう? いくら魂がシロとは言え、体はエフツーのはず。疑問は山ほどあるが能力が残っているのには感謝だ。
今のように、役に立つ。
「あっ」
『どうしました?』『どうしたんすか?』『サカナサカナ』
やば。
ルブリアンがいる。
湖の近くに、ルブリアンがいる。まだ距離は遠いからいくら気配に敏感なルブリアンとはいえ気付いていないようだ。煙草の匂いが薄っすらして、ゆったりとした呼吸の音、そしてルブリアン特有の匂いが伝わってきた。
引き返そう。また偶然出会したらさすがに不自然に思われる。
そう決心し、踵を返した時だった。
「……え?」
『旦那、さっきからどうしたんすか?』『落ち着きないっすね』『サカナサカナサカナ』
シロはすっとしゃがみ込んで、キツネたちに小声で囁いた。
「今すぐここから逃げて。何かの群れが凄まじい勢いで近づいてきてる!」
『エッ?』
『でも旦那は?』
「俺は大丈夫だから早く行って!」
言いながらもシロは駆け出していた。森を揺るがすような地響きに、重量感のある獣たちの足音が遠くから……大群だ。何か混じっている? この足音は……。
「……ヴァルカン?」
間違いなくヴァルカンのものだ。
なぜか群れはこちらへやってきていた。ヴァルカンが獣たちを引き連れてきたのか?
その答えは直後に判明した。
「ヴァルカン!」
『アア……ウアア……』
目の虚なヴァルカンと共に、魔獣エルドクロウが突撃してくる。十数体のエルドクロウを引き連れてきたヴァルカンは、意識が朦朧としておりシロを認識していない。
シロは地面を蹴って木に飛び乗り、ヴァルカンの背へ無理やり乗り込んだ。思いっきりヴァルカンの首を抱きしめるも、こちらの声が届かない。
「ヴァルカン! 目を覚ませ!」
『アア……オレハ……アガガ……』
なんだこの匂いは? ヴァルカンから異臭がする。
すぐに理解した。これはエルドクロウの好む麻薬の匂いだ。
エルドクロウはその凄まじく長い爪を地面や木々に引っ掛けて移動し、獲物を八つ裂きにする好戦的な獣だ。体格も大きく、シロの二倍ほどはある猿に似た危険な魔獣である。しかし普段は森の奥地の洞穴に潜んでいるはず。
そのエルドクロウが好む麻薬は海藻を元にしているから森で自然と取れるものでもない。
誰かが故意的にヴァルカンを中毒にさせたのだ。
このままだと湖へ突撃する。いや、けれど淡水に洗われれば幻覚症状が薄らぐ。ヴァルカンが溺れないことを願ってこのまま突進させるか?
「……あっ」
そうだ、ルブリアンがいる。
煙草を燻らせて一人の時間を過ごしているだろう。
無防備なルブリアンを、危険に晒すわけにはいかない。
シロはたてがみを引っ張って、ヴァルカンを方向転換させた。少しでもルブリアンと離れた湖面へ向かわせなければ。虚ろなヴァルカンは望み通りに方向転換した。だが、最悪だ。煙草の匂いと人の気配に反応したのだろう、エルドクロウがルブリアンの方へ押し寄せていく。
「くっそ」
シロはヴァルカンから飛び降りると共にそれなりの太さの枝にしがみついた。全体重をかけて枝をへし折り剣のように構えてエルドクロウを追う。
この体には忠犬シロの名残が残っている。聴覚も嗅覚も、そして大地を駆ける速さも。木々が開けて湖とルブリアンの姿が見えてきた時、シロは先頭のエルドクロウに追いついた。
「ご主人様!」
エルドクロウは長い耳が弱点だ。耳のすぐ奥に神経の集まる部位がある。
枝を耳に突き入れて、思いっきり捻る。魔獣特有の青黒い血が吹き出した。倒れた一匹のエルドクロウに反応し、他の奴らがシロに襲いかかってくる。
「逃げて!」
それでいい。
(俺に集まってこい)
ルブリアンから距離を取らなければならない。
シロは死体から枝を引っこ抜き、別のエルドクロウの真下に滑り込むと、鋒を天に向けそのまま顎へ突き刺した。口の中まで貫通したのかドバッと青黒い血がシロに降り注ぐ。枝は抜けそうにないと判断し、シロはそのまま駆け出した。
とにかく遠くへ。
ルブリアンから魔獣を離さないと――……
「――俺から逃げられると思ったのか?」
その言葉が聞こえた瞬間、後ろからエルドクロウの頭部が吹っ飛んできて、シロのちょうど横を通過した。
振り返るとルブリアンの背が見える。
まるで魔獣からシロを庇うように、ルブリアンが立っていた。
瞬きをした次の瞬間には、別のエルドクロウが殺されていた。あまりにも速すぎてルブリアンの振るう月の光を帯びた剣が白い光の線を描き、目を細めてしまいそうなほど眩しい。
鮮やかとも言える惨殺だった。戦闘体制に入っている十数体に及ぶエルドクロウが、息を吸うごとに一匹ずつ首を刎ねられて、ついには殲滅した。
ああ、さっきのセリフは魔獣に向けての言葉だったのだ。シロは立ち尽くしながら今更、思い出した。ルブリアンは自分に向けられた殺意を絶対に逃しはしない。それが人間でも獣でも。
924
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる