雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十二章:仲間を探して

第百五十四話:その美女の狙いは

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 街の出入り口ではサニィが待っていた。
 レインを見て驚いた顔をした後に、たまきの方を睨みつける。
 それは嫉妬の目でとかそういうものではなく、純粋な殺意だ。

「レインさん、あの、なんで魔物と一緒に居るんですか?」
「こいつは魔物、か」

 そう言ったレインの言葉に敵意はなく、それを聞いたサニィはやれやれと言った表情だ。

「そいつ、レインさんに魅了の魔法をかけてますね。と言っても自然と溢れ出てるあれなんでレインさんが気づかなかったのも仕方ないのかも……」
「なるほど。この妙な心地よさはそれというわけか」
「レイン様……?」

 サニィが杖を構えたところで、たまきはレインの後ろに隠れ袖を掴む。
 レインは、それを庇うわけでもなく、かと言ってたまきを殺そうともしない。サニィが魔物だということは、魔物で間違いないのだろう。狛の村の人々とは違うのだろう。
 それでも、レインは動かない。

「それにしても、どっぷりと魅了魔法に浸かってるのになんでそんな平気なんですか? そいつ、デーモンロードクラスの魔物ですが……」
「見れば分かると思うが、全然平気じゃない。俺はこいつを殺せない」
「レイン様、お助けくださいませ」
「ああ、お前がサニィに勝てれば助けてやろう」

 会話が混乱する。
 レインは現状どちらの敵でも無いが、どちらの味方でもある。
 自分で殺すことはできないが、サニィが殺すのならば仕方がない。
 かと言って、サニィを殺すことなど、出来ようもない。 

「まあ、良いです。その女狐は私のレインさんを誘惑したって時点で万死に値します。と言うわけで、ちょうど魔物ですし死んでください?」

 サニィは嘆息を一つ、たまもに向かって蔦の魔法を発動する。

「くっ、レイン様っ!」

 たまきは炎を纏い、その蔦を焼き切るとサニィを睨みつける。相変わらずレインに縋るのをやめない辺り、その魅了には相当の自信がある様に見える。しかし相手は魔王殺しだ。デーモンロード級の純魔法使い系の魔物が全力で魅了したところで、敵対しないというのが精一杯。
 それ以上の効果は、見込めないことなど、3時間も共にあれば分かりそうなものだが……。

 たまきのあらゆる魔法は、サニィに届かない。
 サニィはその狙いを図る為に全力で防御のみに魔法を使うが、たまきの意識は常にレインの方にも向いている。
 殺すだけならば、簡単。しかし、そこまでしてもレインに固執する理由が見当たらない。

「まさかこんな辺境に妾以上の魔法使いがいるとは……。レイン様、お願いします。妾の逃走時間だけでも稼いでいただけないでしょうか……」
「サニィ、どうする?」
「ダメです」
「だ、そうだ。諦めろ」

 たまきのあらゆる魔法は、サニィに届かない。
 その力を全て逃走の為に使っても、サニィから逃げられることは無いだろう。
 何よりデーモンロードクラスのこの魔物が居たからこそ、サニィは魔物の襲撃に気づいた。
 となれば、この島国の中で、たまきの逃げ場など存在しない。
 レインが気づかなかった理由は、それが男に対して特化した魅了を発揮するその魔法のおかげ。
 隙を見る能力を掻い潜るほどのそれも、サニィには効きはしない。

「うーん、レインさんを狙った理由を知りたかったんですけど、もう時間切れにしますね」

 遂に、サニィの魔法がたまきの胸を貫く。

「かはっ」

 鮮血を滴らせながら、たまきは膝をつく。
 死に向かうその姿さえも、美しいと言える。
 レイン様……、そう、何度も呟く。
 完全に倒れ伏すと同時、たまもの姿は九つの尾を持った狐へと変化した。

「これがこいつの正体か」
「みたいですね。なんでレインさんにここまで固執するのか探りたかったんですけど、我慢できませんでした。どうにも、怒ると私も陰のマナを纏ってしまうみたいで……。もう、落ち着きましたけど」
「確かに不可解だな。まあ、こいつもじき死ぬ。放っておけば良かろう」
「良い素材はありますかね」
「……、それは良いだろう」
「レインさん……、まだ魅了解けてないですね……」

 まあ、なんでもいいやと、九尾を脇の茂みに放って街へと戻る。尻尾を6本ほど切り取って。
 もし生きていれば完全に止めを刺せば良い。今は瀕死で気配も感じないが、復活したなら分かるだろう。
 なぜ完全に止めを刺さなかったのか、レインもサニィも分からない。
 もしかしたら、二人共が魅了の影響を受けていたのかもしれない。
 ともかく、何か悪さを始めるのなら容赦なく殺す。
 時間が経てば流石に魅了も解け、レインにも殺せるだろう。

「この尾、魅了の魔法が染み出してますね。何か呪術道具みたいなものに使えるかも」
「お前、逞しいな……」
「これで惚れ薬を作ってレインさんに飲ませてあげれば、もう魅了になんてかからないかも」
「お前……」

 サニィはその尾に魔法で軽く封印を施し、鞄の中に詰め込む。
 惚れ薬の作り方でも勉強しようっと、等と不穏な言葉を呟きながら。

「私には魅了の魔法って使えませんからね」
「……箱入り娘だから仕方ないな」
 サニィにはモテるとか、男を骨抜きにするようなイメージが出来ない。
 レインが好いてくれたのだって、たまたま運が良かったものだと思っている。
「んもう、だからってあんな色香だけの魔物に負けるのはちょっと悔しいですもん」
「負けてはないとは思うが……」

 何を言っても、意味はあまりなかった。
 結局の所サニィはその尾をしまいこんだまま出してくるという事はなかったが、レインが他の女性に視線を送るという行為そのものに敏感になってしまった。
 少々面倒くさいが、九尾に引っかかったのだから仕方あるまい。

 その日の晩はフグ料理と言い出すわけにはいかず、サニィの作った料理を食べるという、過去の思い出を振り返れば罰ゲームの様な食事だったが、それを甘んじて受け入れたところ、その思わぬ美味しさに舌鼓を打ってしまった。

「以前からこそこそと何をやっていると思ったら、こんなことをしてたのか」
「惚れ直しました?」
「もちろんだ。フグよりも美味い」

 比較対象が下手くそ。
 そんなことを思ってしまうが、サニィは満足げに微笑んでいた。

 ――。

「レイン様……」

 尾が三本になった狐は、瀕死の重傷を負いながらもその名前を呟く。
 仲間を全員殺した敵のはずの男の名前を、とても愛おしそうに。
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