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第八章:ほんの僅かの前進
第九十七話:……まあ、姫様の命だけは、任せておけ
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オリヴィアが奔走した狛の村の事件もひと段落した頃、グレーズの騎士団もまた重要な戦力がなくなったことによる戦力の低下を補填する様に、いつもよりも更に厳しい訓練に明け暮れていた。
「ふう……。今日はここまでにしようか」
騎士団長ディエゴのその一言で、騎士団員達は膝から崩れ落ちる様に倒れ伏す。
訓練する者、現場に出る者、それぞれがそれぞれ己の限界を超えようとするが如く、自身を虐め抜いていた。
それもそのはず。彼らは皆、狛の村の事件の処理に奔走しながらも日々の鍛錬を一切怠らないオリヴィアを見ている。
戦場に娘を送り出さなければならない不安を紛らわすように、誰よりも自分を追い込んでいる国王を見ている。
そしてまた、いつもと全く変わらず誰よりも厳しい鍛錬を、息の一つも乱さずに成し遂げる騎士団長を見ていた。
「しかし、本当に手も足も出ないな」
かつては最強を争った親友との差に、今では明確にディエゴに次いで強くなった国王ピーテルは尻を地面に投げ出しながら呟く。
身体能力では明らかに自分の方が上。それでも、達人なればこそ分かる隔絶した差に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「今の俺は、間違いなく過去最強だな」
そんな国王の気を知ってか知らずか、ディエゴもその様に答える。最近は、公務中以外はかつての様に親友らしく振舞っている。
王とディエゴが親友であることを知らない者は、この国には存在しないと言っても良いだろう。そんなやりとりに、騎士達も違和感を覚えない。
むしろ差こそあれ、かつては最強であった二人が再び並んで鍛錬に励む姿を理想として各々の目に焼き付けている。
「ははは、10年以上のブランクは、埋めがたい差を生むか」
齢45を過ぎて、今尚ピークを更新し続けているディエゴに呆れた様に笑う王。
現在の王妃を助け、王となることが決まってから早25年程。その間にあった鍛錬の空白期間。
その分の差と考えれば、それも納得いくというもの。
互いに全力で努力し続けていたのであれば妬みもしたかもしれないが、そうでないなら仕方が無い。
むしろ、かつて並んでいた親友が今なお最強を維持し続けていることに喜びすら感じる。
そんな王を見て、ディエゴも微笑を浮かべる。
「姫様にだけは敵わんが、それ以外なら誰にも負けるつもりはない。レインもサニィ君もいないしな……」
実際に戦えばどうかは分からない。ライラには勝てるかもしれないが、ナディアは危うい。
サンダルの実力は今だ分からないが、あの速度は殆ど目で追うことができなかった。
オリヴィアを除いた上位四名は、それほどに拮抗している。
それを知っている王は、一人孤高の最強を貫いている自分の娘を当然気にかけている。
「……お前から見て、オリヴィアはどうだ?」
「まだ粗さは残るが、流石レインの直弟子だ。持ち前の身体能力を上手く活かしている。俺も技術だけならまだまだ負けんが、しかしそれ以外は難しいな。例えば――」
技術だけで言えば、まだまだディエゴの方が上。
ディエゴは身体能力で圧倒的に上回る相手にすら、その技術で手玉に取るように圧倒してきた。
もちろん、レインやサニィと言った余りの規格外を除き。そしてディエゴにとって現在のオリヴィアは、そんな二人に近い。
技術で圧倒しようにも、圧倒的な身体能力に次ぐ、弛まぬ努力に裏打ちされた技術も持っている。
かつて自身が教えていた頃は、身体能力は抜群に高く技術の吸収も早いが、戦闘センスは無いと思っていた。
それを、良い師匠を持ったのだろう。その身体能力を最大限に生かす方法を覚え、そのセンスの低さを補っている。そしてそれは補うだけに飽き足らず、分かっていても防げない力強い攻撃すら可能にしていて、手に負えない。自分にももう少しだけ身体能力があれば別だったかもしれないが、その差を仕方ないと思うほどに、研ぎ澄まされている。
そんなことを伝える。
「なるほどな。それにしても、お前を見てると安心するぞ」
唐突なピーテルの言葉。
「何がだ?」
「お前ならば、必ずピンチからオリヴィアを救えるだろう」
単純に娘を思う父の表情で、王は言う。
「姫様の方が強いと言ったばかりなんだがな……」
呆れたような顔をする騎士団長に、王は告げた。
真剣な顔で、文字通り、親友に頼るように。
「俺は行けないんだ。オリヴィアのことを、頼む」
「……ああ、グレーズ騎士団長としては、姫を守るのは当然だ」
それに騎士団長は、騎士団長として答えた。
親友の頼みを、王からの勅命として。
「あいつは、無理をしがちだ。肉体だけは馬鹿みたいに健康だが、心はそうじゃない。狛の村では崩れなかったが、もしものこともある。この先も、誰が死ぬとも限らんしな」
「魔王討伐軍の掲げるスローガンは、『一人の死者も出さずに魔王討伐を』、だ。それを今更変えるつもりはない」
「……そうか、そうだな」
頼れる騎士団長の言葉を聞いて、王は思う。
「この国に、お前が居て良かった」
一流としてはそれほど高くない身体能力しか持たないにも関わらず最強を維持し続けるディエゴは、鋼の様な意志を持っている。
マルスを除きまだ若い英雄候補達の中にあって、老練なその騎士団長は、結局王にとって誰よりも信頼できる親友だ。
「……まあ、姫様の命だけは、任せておけ」
騎士団長はその言葉通りに、最強の王女を救うことになる。
「ふう……。今日はここまでにしようか」
騎士団長ディエゴのその一言で、騎士団員達は膝から崩れ落ちる様に倒れ伏す。
訓練する者、現場に出る者、それぞれがそれぞれ己の限界を超えようとするが如く、自身を虐め抜いていた。
それもそのはず。彼らは皆、狛の村の事件の処理に奔走しながらも日々の鍛錬を一切怠らないオリヴィアを見ている。
戦場に娘を送り出さなければならない不安を紛らわすように、誰よりも自分を追い込んでいる国王を見ている。
そしてまた、いつもと全く変わらず誰よりも厳しい鍛錬を、息の一つも乱さずに成し遂げる騎士団長を見ていた。
「しかし、本当に手も足も出ないな」
かつては最強を争った親友との差に、今では明確にディエゴに次いで強くなった国王ピーテルは尻を地面に投げ出しながら呟く。
身体能力では明らかに自分の方が上。それでも、達人なればこそ分かる隔絶した差に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「今の俺は、間違いなく過去最強だな」
そんな国王の気を知ってか知らずか、ディエゴもその様に答える。最近は、公務中以外はかつての様に親友らしく振舞っている。
王とディエゴが親友であることを知らない者は、この国には存在しないと言っても良いだろう。そんなやりとりに、騎士達も違和感を覚えない。
むしろ差こそあれ、かつては最強であった二人が再び並んで鍛錬に励む姿を理想として各々の目に焼き付けている。
「ははは、10年以上のブランクは、埋めがたい差を生むか」
齢45を過ぎて、今尚ピークを更新し続けているディエゴに呆れた様に笑う王。
現在の王妃を助け、王となることが決まってから早25年程。その間にあった鍛錬の空白期間。
その分の差と考えれば、それも納得いくというもの。
互いに全力で努力し続けていたのであれば妬みもしたかもしれないが、そうでないなら仕方が無い。
むしろ、かつて並んでいた親友が今なお最強を維持し続けていることに喜びすら感じる。
そんな王を見て、ディエゴも微笑を浮かべる。
「姫様にだけは敵わんが、それ以外なら誰にも負けるつもりはない。レインもサニィ君もいないしな……」
実際に戦えばどうかは分からない。ライラには勝てるかもしれないが、ナディアは危うい。
サンダルの実力は今だ分からないが、あの速度は殆ど目で追うことができなかった。
オリヴィアを除いた上位四名は、それほどに拮抗している。
それを知っている王は、一人孤高の最強を貫いている自分の娘を当然気にかけている。
「……お前から見て、オリヴィアはどうだ?」
「まだ粗さは残るが、流石レインの直弟子だ。持ち前の身体能力を上手く活かしている。俺も技術だけならまだまだ負けんが、しかしそれ以外は難しいな。例えば――」
技術だけで言えば、まだまだディエゴの方が上。
ディエゴは身体能力で圧倒的に上回る相手にすら、その技術で手玉に取るように圧倒してきた。
もちろん、レインやサニィと言った余りの規格外を除き。そしてディエゴにとって現在のオリヴィアは、そんな二人に近い。
技術で圧倒しようにも、圧倒的な身体能力に次ぐ、弛まぬ努力に裏打ちされた技術も持っている。
かつて自身が教えていた頃は、身体能力は抜群に高く技術の吸収も早いが、戦闘センスは無いと思っていた。
それを、良い師匠を持ったのだろう。その身体能力を最大限に生かす方法を覚え、そのセンスの低さを補っている。そしてそれは補うだけに飽き足らず、分かっていても防げない力強い攻撃すら可能にしていて、手に負えない。自分にももう少しだけ身体能力があれば別だったかもしれないが、その差を仕方ないと思うほどに、研ぎ澄まされている。
そんなことを伝える。
「なるほどな。それにしても、お前を見てると安心するぞ」
唐突なピーテルの言葉。
「何がだ?」
「お前ならば、必ずピンチからオリヴィアを救えるだろう」
単純に娘を思う父の表情で、王は言う。
「姫様の方が強いと言ったばかりなんだがな……」
呆れたような顔をする騎士団長に、王は告げた。
真剣な顔で、文字通り、親友に頼るように。
「俺は行けないんだ。オリヴィアのことを、頼む」
「……ああ、グレーズ騎士団長としては、姫を守るのは当然だ」
それに騎士団長は、騎士団長として答えた。
親友の頼みを、王からの勅命として。
「あいつは、無理をしがちだ。肉体だけは馬鹿みたいに健康だが、心はそうじゃない。狛の村では崩れなかったが、もしものこともある。この先も、誰が死ぬとも限らんしな」
「魔王討伐軍の掲げるスローガンは、『一人の死者も出さずに魔王討伐を』、だ。それを今更変えるつもりはない」
「……そうか、そうだな」
頼れる騎士団長の言葉を聞いて、王は思う。
「この国に、お前が居て良かった」
一流としてはそれほど高くない身体能力しか持たないにも関わらず最強を維持し続けるディエゴは、鋼の様な意志を持っている。
マルスを除きまだ若い英雄候補達の中にあって、老練なその騎士団長は、結局王にとって誰よりも信頼できる親友だ。
「……まあ、姫様の命だけは、任せておけ」
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