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夢見鳥(ゆめみどり)
オンライン誕生日会(2)
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「うう……面白がってる……」
「あるやん、結婚情報誌をテーブルに置いて意識してもらうとかいうの。それする時やない?」
「しません! 人のことより、呉葉はどうなの。彼氏さんとは」
「……別れた」
「えっ」
紫苑はうろたえる。話の矛先を逸らそうとしたら、とんだ藪蛇だった。
「なんぞしたんか? ちょっと前まで仲良うしとったのに」
「あいつ、二股しとったとよ! 会社の後輩とか大嘘! あーもう、ばりむかつく!」
「さよか……ずいぶん、いちびってるやん。殺そ殺そ」
「殺人教唆はだめだよ!」
流花を慌てて止めた。物騒すぎる。せっかくの誕生日会が犯罪決起集会になってしまう。
紫苑は、親友を犯罪に走らせないためにも、二股男の愚痴を傾聴することにした。
誇張されているかもしれないが、会社の後輩とやらに心移りしただけでなく、親友と別れることもしなかったという、不誠実な男だったようだ。あげく、「おまえを捨てなかったことに感謝するべき」という旨のことを言ったらしい。
これはもう、殺していいのではないか。紫苑はアルコールのせいで、思考が過激になっていた。だが、理性が戻るのは呉葉のほうが早かった。
「しょうがない。刑務所に入るのはイヤやし、新しい彼氏見つけんとね」
「呉葉がええなら、まあ……ン、でも、殺してスッキリしといたら?」
「私もそう思う。でも物騒なこと勧めないで」
それからも、恋の話、仕事の話、ファッション、親戚の冠婚葬祭、税金、ダイエット、新発売のコンビニスイーツなど、あっちこっちに行き来するおしゃべりを楽しんだ。
その中で、先日見た悪夢の話になった。すべてを語るのは冗長なので、知らない子供と船に乗っていたこと、船から落ちて子供と一緒に溺れたことだけを説明した。
「タイタニックやん……想像したら、めちゃくちゃ苦しかぁ……」
「溺れる夢は不安の暗示らしいで。心当たりある?」
「んーん。とくに……」
紫苑は首を振る。仕事とプライベートのどちらにも、大きなトラブルはない。素焼きのアーモンドをつまみながら考える。夢を見たことで、まったく新しい気がかりができていた。
「でも、小六か中一かって子供を助けられなかったから……人工呼吸の仕方とか調べちゃった」
「逆~! 不安が夢になったんじゃなくて、夢が不安になっとう! 今後役に立つかもしれんけど!」
「ほんまのことやないんやから。紫苑、囚われたらあかんよ」
「うん……」
紫苑の心は晴れなかった。りんごの缶チューハイを飲み干す。ひどい眠気に襲われた。
「紫苑、眠い?」
「そろそろお開きにしよか」
「ごめん、限界かも……」
「もう、つっぷして寝たら風邪ひくで。ちゃんとお布団にお入り」
「流花、ママやん」
「おだまりよし」
話は尽きないが、今日は解散となった。
紫苑はベッドに入る。二人用のベッドに、一人きりで。
隣の空いたスペースを撫でた。ひんやりしたシーツ。いまはここにいない恋人。
──響也さん、お酒飲みすぎてないといいけど。
彼は酒が好きだ。特に泡盛が好きだ。最近は炭酸割りがブームらしい。酔っても穏やかなままで、暴言や暴力の恐れはない。二日酔いはまれで、きちんと記憶がある。しかし、酒に強いからといって、際限なく飲むのは控えてほしかった。肝臓の病気は自覚症状が出にくいそうなので。
──響也さんの家族も、酒豪ぞろいなのかな。
家族。紫苑にとってその言葉は、父方の祖父母だけを指す。父、母、妹など、一つも思い出したくないほど忌まわしい。
結婚。同棲との違いはどれくらいあるだろう。約二十人いる彼の親戚と関わりを持たねばならない、それは確定事項だ。正直、気が塞ぐ。呉葉の心配はよく当たっていた。
ただ、彼とずっと一緒にいたい。そして、親友とずっと仲良くしたい。中年になっても老人になっても、変わらずに。紫苑は、そう願っている。
睡魔に抗えず、瞼を開けていられない。意識がもうすぐ落ちる。
できれば、夢の続きを見たいと思った。
あと数秒でいい。そうすれば、海面から顔を出せたはずだ。せめて息ができる場所まで、あの少年を連れていきたかった。
少年は実在しない。流花は、囚われるなと言った。わかっている。それでも、自分だけ助かった気がして、夢を見た日から後ろめたさが消えない。
だからだろうか。眠りに落ちる寸前、波の音が耳に届いた。
【方言(流花)】
・いちびる……調子に乗る。
・しよし……しなさい。
【方言(呉葉)】
・しとった……していた。
・ばり……とても。
・なっとう……なっている。
「あるやん、結婚情報誌をテーブルに置いて意識してもらうとかいうの。それする時やない?」
「しません! 人のことより、呉葉はどうなの。彼氏さんとは」
「……別れた」
「えっ」
紫苑はうろたえる。話の矛先を逸らそうとしたら、とんだ藪蛇だった。
「なんぞしたんか? ちょっと前まで仲良うしとったのに」
「あいつ、二股しとったとよ! 会社の後輩とか大嘘! あーもう、ばりむかつく!」
「さよか……ずいぶん、いちびってるやん。殺そ殺そ」
「殺人教唆はだめだよ!」
流花を慌てて止めた。物騒すぎる。せっかくの誕生日会が犯罪決起集会になってしまう。
紫苑は、親友を犯罪に走らせないためにも、二股男の愚痴を傾聴することにした。
誇張されているかもしれないが、会社の後輩とやらに心移りしただけでなく、親友と別れることもしなかったという、不誠実な男だったようだ。あげく、「おまえを捨てなかったことに感謝するべき」という旨のことを言ったらしい。
これはもう、殺していいのではないか。紫苑はアルコールのせいで、思考が過激になっていた。だが、理性が戻るのは呉葉のほうが早かった。
「しょうがない。刑務所に入るのはイヤやし、新しい彼氏見つけんとね」
「呉葉がええなら、まあ……ン、でも、殺してスッキリしといたら?」
「私もそう思う。でも物騒なこと勧めないで」
それからも、恋の話、仕事の話、ファッション、親戚の冠婚葬祭、税金、ダイエット、新発売のコンビニスイーツなど、あっちこっちに行き来するおしゃべりを楽しんだ。
その中で、先日見た悪夢の話になった。すべてを語るのは冗長なので、知らない子供と船に乗っていたこと、船から落ちて子供と一緒に溺れたことだけを説明した。
「タイタニックやん……想像したら、めちゃくちゃ苦しかぁ……」
「溺れる夢は不安の暗示らしいで。心当たりある?」
「んーん。とくに……」
紫苑は首を振る。仕事とプライベートのどちらにも、大きなトラブルはない。素焼きのアーモンドをつまみながら考える。夢を見たことで、まったく新しい気がかりができていた。
「でも、小六か中一かって子供を助けられなかったから……人工呼吸の仕方とか調べちゃった」
「逆~! 不安が夢になったんじゃなくて、夢が不安になっとう! 今後役に立つかもしれんけど!」
「ほんまのことやないんやから。紫苑、囚われたらあかんよ」
「うん……」
紫苑の心は晴れなかった。りんごの缶チューハイを飲み干す。ひどい眠気に襲われた。
「紫苑、眠い?」
「そろそろお開きにしよか」
「ごめん、限界かも……」
「もう、つっぷして寝たら風邪ひくで。ちゃんとお布団にお入り」
「流花、ママやん」
「おだまりよし」
話は尽きないが、今日は解散となった。
紫苑はベッドに入る。二人用のベッドに、一人きりで。
隣の空いたスペースを撫でた。ひんやりしたシーツ。いまはここにいない恋人。
──響也さん、お酒飲みすぎてないといいけど。
彼は酒が好きだ。特に泡盛が好きだ。最近は炭酸割りがブームらしい。酔っても穏やかなままで、暴言や暴力の恐れはない。二日酔いはまれで、きちんと記憶がある。しかし、酒に強いからといって、際限なく飲むのは控えてほしかった。肝臓の病気は自覚症状が出にくいそうなので。
──響也さんの家族も、酒豪ぞろいなのかな。
家族。紫苑にとってその言葉は、父方の祖父母だけを指す。父、母、妹など、一つも思い出したくないほど忌まわしい。
結婚。同棲との違いはどれくらいあるだろう。約二十人いる彼の親戚と関わりを持たねばならない、それは確定事項だ。正直、気が塞ぐ。呉葉の心配はよく当たっていた。
ただ、彼とずっと一緒にいたい。そして、親友とずっと仲良くしたい。中年になっても老人になっても、変わらずに。紫苑は、そう願っている。
睡魔に抗えず、瞼を開けていられない。意識がもうすぐ落ちる。
できれば、夢の続きを見たいと思った。
あと数秒でいい。そうすれば、海面から顔を出せたはずだ。せめて息ができる場所まで、あの少年を連れていきたかった。
少年は実在しない。流花は、囚われるなと言った。わかっている。それでも、自分だけ助かった気がして、夢を見た日から後ろめたさが消えない。
だからだろうか。眠りに落ちる寸前、波の音が耳に届いた。
【方言(流花)】
・いちびる……調子に乗る。
・しよし……しなさい。
【方言(呉葉)】
・しとった……していた。
・ばり……とても。
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