【完結】媚薬に狂った僕を助けてくれた、あなたは誰ですか?

佑々木(うさぎ)

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第四章 想い

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 ここのところ、寮でばかり朝食を摂っていたため、今朝は学校の食堂で食べることにした。
 トレイを持って皿を置いて料理を盛りつけ、最後に紅茶を淹れる。
 席を探していると、ハーヴェイが僕に向けて小さく手を振った。
 向かいの席が空いていて、行っていいものか迷う。
 そこで、手招きされたため、僕は頷いてハーヴェイのところへ行った。

「久しぶりだね」
「ああ、3週間ぶりくらいか?」

 実際はもっと経っている。
 そのくらい僕たちは一緒に食べることがなかった。
 授業でも隣に座ることはなくて、ハーヴェイは今まで通り一番後ろに、僕は前の方の席で聞くことが多くなっていた。

 トレイをテーブルに置いて、硬い木の椅子に座るとハーヴェイは唇をへの字にした。また、食事の量が少ないと言われるのかと思いきや、僕を指差してから野菜にフォークを突きさした。

「何、この世の終わりみたいな顔してんだ?」

 そんな顔はしていないと否定したかったが、思い当たる節がある。
 僕は、一口紅茶を飲んでから聞いた。

「そんな顔に見える?」
「見えるよ。明日にでもカレッジが湖の底に沈みそうだよ」

 ジョークを言われて、僕はくすりと笑う。
 ハーヴェイも笑って、食事をし始めた。

「学祭、あの山の絵ってお前が描いたんだろ?」

 唐突に聞かれて、僕は目を瞠る。
 確かに下絵は僕が描いた。でもどうして、ハーヴェイにわかったんだろう。

「前に美術で見た時も思ったけど、お前には絵の才能があるよ」
「そんなこと、初めて言われた」
「そうか?」

 パンをちぎって食べながら、僕は思い出そうとした。
 だが、記憶にある限りでは、絵を褒められたことなんてない。

「お前はいろいろ出来過ぎるから、見逃されているのかもしれないなあ」

 いろいろなんて出来ていないし、むしろ欠点ばかり見せているんだが。
 僕は苦笑して、野菜と肉のソテーを食べる。
 ハーヴェイは既に食べ終えていて、デザートのゼリーを手にした。
 そういえば、僕は取ってこなかったなと思っていると、3つあるうちの1つを渡してくる。

「俺の分をやるよ」
「そんなに食べたそうに見えた?」
「見えた」

 こういうところがハーヴェイらしいと、僕は「ありがとう」と言って受け取った。
 スープ用のスプーンを使って食べていると、ハーヴェイはゼリーを見たまま聞いてくる。

「ルイと喧嘩でもしたのか?」

 ぴくりと手が止まり、僕はチラリとハーヴェイを見る。
 どこでそう思ったんだと聞いてしまえば、肯定したことになるか。
 そう見えるかと聞けば、見えるとまた言われてしまいそうだ。
 僕が答えずにゼリーを掬って口に運ぶと、ハーヴェイは上目遣いで僕を見る。

「気付いていないかもしれないが、お前がそう言う顔をする相手なんて、ルイしかいないんだよ。他の誰に何を言われても、お前はそんな顔はしない」

 自分ではそんな風に思ったことなんてない。
 本当にそうなんだろうかと僕が考え始めていると、ハーヴェイは食べ終わったようで、グラスの水を呷った。

「話して解決できるうちに、話した方がいい。そのうち、話すことさえできなくなるぞ」
「……まだ間に合うってハーヴェイは思うのか?」

 すると、うんうんと首を縦に振る。

「もちろん。友情ってのは、どっちかが想っていれば続くものさ」

 まるで哲学めいたことを言って、ハーヴェイは立ち上がる。

「だから、俺にとってお前らは、これからも友達だ」
「僕もだよ、ハーヴェイ」

 すると、ニッと歯を見せて笑い、食器を返却しに行く。
 僕は、ゼリーをすべて食べてから席を立った。

 授業までは、まだ時間がある。
 掲示物を見て、もうすぐ始まる試験の予定を確認するのがいいだろうか。
 食堂から出て、講義室の方に歩きかけたところで、向かいから来るルイと鉢合わせた。
 挨拶を仕掛けた僕に、ルイは笑いかけてきた。

「少しいいかな」

 ルイから僕に話し掛けてくるなんて、プリフェクトになって以来だ。
 ハーヴェイといい、今日は友人と話す日なのかと思い、僕は頷いてついて行った。
 行先は、また例の林だ。
 そこまで来て、どくりと心臓が跳ねる。
 もしかしたら──。

 あの時、二人には気付かれていないと思ったが、ルイには見えていたのかもしれない。
 身構えていると、ルイは僕を振り返って笑みを消した。

「見ていたんだろう?」

 見ていたわけじゃない。
 たまたま見かけただけだ。
 だが僕は、何も言わずに、ルイの黒い瞳を見つめ返した。
 すると、ルイは僕を見つめたまま、すっと目を細める。

「私がエルビーに取り入ったとでも思っているのか?」
「違う。そうじゃない。僕はただ──」

 ただ、何だろう。
 自分でも自分の考えがはっきりしない。
 僕は、ルイとエルビーの行為にショックを受けてはいる。
 僕の身近な人のキスに、ただ驚いているだけとは思えない。
 どうして僕は、こんなに衝撃を受けているのか。
 そんな思いが欠片でもないと言えるだろうか。

 言葉を止めた僕に、ルイは一歩近付いた。

「自分はどうなんだ? はっきりしない態度で周りをその気にさせて、誰を狙っている? ジョシュアか、それともフェリルか」

 何を訊ねられたのか、僕には一瞬意図を測りかねた。
 だが、フェリルの名前が出た途端に、ぎこちなく身体が揺れてしまう。

 ルイは、それを見逃さず、頷いてから口端を上げる。

「なるほど、フェリル先輩なんだね」
「そんなんじゃない」

 フェリルへの想いは、そんな単純なことではない。
 僕にだって、これに名前を付けられないでいるのに、ルイに判断してほしくない。
 そして、ルイに対してそう思ってしまった自分が、僕には信じられなかった。
 あんなに傍にいたのに、いつの間に二人の間にこうも深くて広い溝ができていたのか。
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