異形の郷に降る雨は

雨尾志嵐

文字の大きさ
15 / 84
二.十二年合戦

5

しおりを挟む
 自転車で役場まで疾走し、軽トラという名の公用車を駆って駅へ向かった。幸い、今日は天気がいい。
 時間に余裕があるので、途中で風光明媚な多雨野の姿を写真に収め、インスタグラムにアップした。フォロワーたちがリツイートなどで拡散してくれるので、少しずつだが多雨野に興味をもってくれるひとが増えている。小さな一歩だが、町のためには何事も疎かにできぬ。よきフォロワーたちに感謝だ。
 さて、宮内さんとはどのような女性であろうか。改札の前であれこれ想像するうちに電車が到着した。
 降りてくる乗客はひとりしかいない。間違いなく宮内さんだ。
「あっ」私は息をのんだ。
 すべてがスローモーションの様だった。無人駅の改札。木製の手すりと切符入れの小箱。白い指が切符をそっと小箱に落とす。やや角ばった眼鏡の奥からまっすぐ私に向けられる眼差し――ひと目で特別な存在だとわかった。
それは天使だった。
 理屈ではない。比喩だとか比喩じゃないとかどうでもいい。この世に天使はひとりしかいない。宮内さんだけが天使だ。
「役場の方ですか? はじめまして、宮内と申します」
「は、はじめまして。葦原と申します」
 黒い髪は肩にかかる寸前で切り揃えられている。山歩きに適したジーンズにスニーカーという出で立ち。深いエンジ色の眼鏡もすこぶる品がよい。
  眼鏡万歳! 万歳眼鏡!
 美人には眼鏡が似合う。彼女こそ才色兼備の代名詞だ。
「あら」
 天使が首を傾げた。
「もしかして、多雨野にUターンすると仰っていた方では?」
「え?」
「おなじ電車に乗っていた者です」
「ああ、あの」
 驚くあまりつい指をさしてしまい、慌ててひっこめた。言われてみればたしかに白いセーターの彼女だ。眼鏡と服装が違うだけでこれほど印象が違うとは驚きだ。
「いやあ、驚きました。すごい偶然ですね」
「実は年に何度かQ市で研究会があるので、この地方に来ることは多いんです。あのときもそうだったんですが……でも、いきなりのお願いでご迷惑じゃなかったですか」
「迷惑なんて言葉はこの世から消えてなくなりました」
 眼鏡の天使は口元を隠してふふっと笑った。
「ありがとうございます。ほんとうに助かります」
 二十歳ちょっとにみえるが、大学院を卒業して助手になったのなら少し年上なのだろう。
「多雨野はフィールドワークの対象としてとても魅力的なんですよ」
 軽トラの助手席で説明してくれる宮内さんも素敵だ。
 なんでも民俗学ではフィールドワークという作業が重要なのだそうだ。文献等を調査したうえで現地を歩き、自分で見聞きして検証するらしい。
「だから天気がいいと、とてもありがたいんです。神様が歓迎してくれたのでしょうか? それとも葦原さんが竜にお願いしてくれました?」
 以前のやり取りを覚えていてくれたことが嬉しく、思わず笑みが浮かんだ。同時に、やはり「パンティおくれ」というギャグは口にできないと改めて思った。口にしたとたん、穢れた私は天使のオーラで浄化されてしまうだろう。
 宮内さんはこの町のことを実によく調べていた。小さな祠や伝承のある沼や岩などをつぎつぎと諳んじ、私を驚かせた。
「葦原さんは、遠野物語という本をご存知ですか」
「ええ。一応は」
 そうですか、とにっこり笑う宮内さんもまた素敵だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...