異形の郷に降る雨は

雨尾志嵐

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二.十二年合戦

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 試合は一進一退のシーソーゲームになった。自分がプレーしているわけではないのに、リードされるとハラハラするし、逆転すれば喜びが沸く。何度も叫び声をあげていた。私はコートを駆け回る選手らと同化していた。それほど手に汗握る試合であった。
 試合終盤に差しかかり、やや皆本高に流れが傾いた。PGである千秋ちゃんの疲労が色濃くなり、動きが鈍ったところを狙われた。たてつづけにパスカットされて安倍高は防戦に追われ、点差は四十五対四十と、五点の差がついた。残り時間は少ない。通常のシュートは二点だから、三本連続して決めねば勝てない。
 パスミスがつづいたとはいえ、やはり千秋ちゃんに『肉』と書くのは忍びない。ここは久慈さんの額に『肉』をふたつ書こう――などと考えているうちに安倍高がタイムアウトをとった。
「大丈夫っ。まだいけるッス」
 若葉の声だ。両手を叩いてチームを鼓舞し、ミスで青褪める千秋ちゃんの横っ腹をこちょこちょくすぐる。呪詛が解けたかのように千秋ちゃんの顔に笑みが戻った。
「すごいな、若葉ちゃんは。エースとしての風格が備わってるし、キャプテンシーがあるわ」と久慈さんが頷く。
「私の妹ですから」
「おめぇに似るわけないがな、若葉ちゃんが――」
 と言うや久慈さんは、「あっ」と呻いた。「すまん、そういう意味では……」
「いや、私に似てなくてよかったですよ。なにせ私は日本どころか、やがて世界を背負う男です。そんな兄に似てしまえば、若葉も穏やかな人生を送ることができなくなりますから」と笑ってみせた。
「すまん」久慈さんは決まり悪そうに頭をかいた。
「それより久慈さん。試合、試合」
 試合が再開される。パスを受けた千秋ちゃんが果敢にドリブルで攻めあがった。併走する若葉たちオフェンスには皆本ディフェンス陣が貼りつきマークしている。千秋ちゃんはパスのフェイントを入れるや、意表をついて自らシュートにいった。パスと決めつけていた敵の反応がわずかに遅れた。
 放たれたボールはボードに当たってリングの上をグルグル回る。ピエロの綱渡りのようにふらふらしたボールは、やがてリングの内側へ転がり落ちた――二点シュート、これで四十五対四十二だ。試合時間は残り三十五秒。ドリブルの音が響き、キュッキュッとシューズの音が重なる。あらん限りの声で選手を励ます両校ベンチ。沸きたつ安倍高応援席の酔っ払いたち。
 皆本高はわざとゆっくりボールを回しはじめた。流れが安倍高に傾いたなかで追加点を獲りにいくのではなく、制限時間の三十秒をフルに使って反撃の時間を奪う作戦に出た――と久慈さんが言うからそうなのだろう。
 相手が時間稼ぎをしているのは私もわかる。だが卑怯だとは思わない。むしろ勝つために全力を尽くす姿勢は潔くさえあった。バカコータローが指導したとは思えない好チームだ。
 安倍高もただ待っているわけではない。ボールに対して激しく突っかけていく。取らせまいと相手がパスを回すなか、一瞬の隙を衝いて若葉がボールを叩き落とした。
 時計をみる、残り時間は十秒。
 短いパスを交わし、千秋ちゃんがドリブルで攻めあがる。回りこんでシュートコースを消しにかかるディフェンダー。ノールックでまさかの真後ろへパス、そこにいたのは若葉であった。ボールを受けるとドリブルで下がりスリーポイントラインを越える。それと同時に真上に跳躍し、スナップを利かせてシュートを放った。
 ボールが描く鮮やかな放物線は、約束していたかのようにゴールへと向かった――。
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