異形の郷に降る雨は

雨尾志嵐

文字の大きさ
32 / 84
三.教えてケローッ!

しおりを挟む
「お願いします、誰にも言わないでください」
 私は土下座せんばかりに深々と頭をさげた。
「わかっていますよ。誰にも言いません」
 人差し指を軽く唇にあて、八重樫アナが微笑んだ。女神さまだ、と思った。
「ありがとうございます。こいつは馬鹿な河童ですが、いいところもあります……ちょっとすぐには思いつきませんが」
「おい」河童がすねる。
「ああ、そうだ。むかし雨のなかで捨てられた猫を拾って育てようとしたことがありました。ですが猫に嫌われ頬っぺたを目いっぱい引っかかれたのです。この頬の傷跡はそのときできたものです」
「おめぇ、フォローになってないぞ」
「ふん、だいたい働きもせず川で遊び呆けているおまえが悪いのだ」
「馬鹿か。河童を雇う会社がどこにある。と言うよりなぜ河童が働かねばならん。定職に就いて雇用保険とか年金に加入している河童など聞いたこともない」
「河童さんに会えるなんて感動です。嬉しいです。わたしともぜひ友達になってくださいね。あ、ここにサインください」
「あ、はい」
 緊張で声が裏返ってしまった河童だが、器用にサインペンを走らせ、手帳に『ジロウ』とカタカナで書いた。読み書きはむかし私が教えてやった。いつか役に立つと思ってのことだが、女子アナに河童がサインする未来図は想像できなかった。
 不意に気配を感じてあたりを見渡した。
「どうしました」
「いえ、なにも」
 気のせいだろうか。どこかから視線を浴びた気がしたのだが、一瞬で消えてしまった。
「あ、それと、葦原さん」
「はい?」
「役場で撮影したときのコメントですけど、あれはまずいと思います」
「まるっきりの嘘じゃないですよ。私の頭のなかにある無数のアイデアの、ほんの一握りです」
 あれこれアイデアをとっさに並べたのだが、それぐらいのことをしなければ多雨野の未来はないと思っている。
「ですけど、さすがにメイドカフェはちょっと古いですよぉー」
 うふふと微笑んで八重樫アナが肩を竦めた――ああ、そっち?
「萌え狙いイコールメイドさんというのはいまさらで安直ですから、ちょっと捻って『ヴァージョン・大和なでしこ』とかどうでしょう。女の子たちに江戸時代をイメージした奥女中の格好をしてもらうんですよ。もちろん髪も結って、笑うときは口元を袖で隠しながら『おーほほほっ』みたいな。これで他所との差別化もばっちりじゃないですか」
 さらに、そっちですか。
「あ、帯持って引っぱってグルグル回るのとかどうです? 『あーれー、お代官さまぁー』とか」
 たぶんダメです。ダメなやつです、それ。
 しばらく二人と一匹で談笑し、八重樫アナを公用車で駅へ送った。

 ロケの放送は撮影の翌週であった。
 その日は家族三人、テレビのまえに正座して待った。
「お兄ちゃん、いっぱい映るかなあ」
「当たり前だろう。なにせ主役だからな、主役」
「あらあら、愉しみですねぇ」
 そんな調子で、葦原家全員が瞬きすらすまいと目ん玉をひん剥き、ワクワクドキドキしながら『教えてケローッ』を観た。
 不思議なことに、私の姿は微塵も映らなかった。
 なぜかはわからぬ。
 まったくもって不思議であった。しつこいようだが、微塵も、だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...