異形の郷に降る雨は

雨尾志嵐

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六. 回れ、ザッシーキ

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 やがて狼と熊が場所を移し、腰ほどの高さに固めた土台を挟んで向かい合った。キイと猿が啼き、狐が口角を吊りあげ嗤う。
 狼と熊が右ひじを土台に載せて手を組むと、どこからかジロウが現れ両者の拳に手を添えた。
「はい、ストーップ」互いの表情や筋肉を見逃すまいと目を皿のようにする、頭が皿な河童。「ファール」と叫んで両者を離し、「いいか、よく聴け。組み手を動かすのは反則だ、なんど言ったらわかる、ああ?」と狼を諭してから「オーケー、セットアップ」とまた手を組ませる。
 なんかイラッとする。
「ファール二回で失格だからな」
 ジロウが視線を左右に走らせ、「ストップ」と短く叫んで両者の呼吸を窺う――なんだ、これは。どんだけ本格的なアームレスリングだ。この経立の集団を妖しいと評価すべきか健全とみなすべきかわからなくなる。入り込み過ぎのジロウ審判が鬱陶しいことだけは間違いない。
「ゴォー」
 合図とともに両者の拳が解き放たれる。スピードに勝る狼が素早く手首を返して一気呵成に攻めこんだ。熊は歯を食いしばり、防戦一方だ。
 狼にもっと上背と体重があれば押しきれたのかもしれない。だが、現実は違った。じりじり熊が盛り返すと、狼の表情が苦悶に歪む。
「ふん」
 熊が気合一閃。狼を躰ごと叩きつけた。
「ストーップ。ウイナー・熊ぁ」
 ノリノリジロウが熊の腕を高々と突きあげた。
「オッケー。ふたりともよかったでぇ」
 死闘を戦い抜いた両者に歩み寄ったのは宮内さんであった。
「熊ちゃん、五十ポイント獲得ね。で、狼ちゃんは準優勝で三十ポイントのところやけど、一回戦から決勝まで抜群のテクニックみせてもろたわ。技能賞で五ポイントおまけしといたげる。で、ジロウちゃん。この時点で今月のランキングはどうなってる?」
「はい、トップは狼になりました。二位は猿、三位が不肖わたくしでありますが、熊が三ポイント差の四位まであがってきました」
 河童が甲羅から手帳を取りだし読みあげる。宮内さんは天使のような笑顔で、狼の頭を撫でた。
「やるなあ、キミ。すごいでぇ」
 慈しむようなナデナデである。狼の遠吠えが木霊する。
「よっしゃー、ほんなら次は将棋やで」
 突然、梟の経立が目を覚ました。
「梟の野郎、得意の将棋だからっていきなり目ぇ覚ましやがった」
「くやしいが、将棋の結果によっては梟の二位浮上もあり得るからな」
 手帳と睨めっこをしながらジロウが組み合わせを読みあげると、どこにしまってあったのか、経立たちがごそごそマグネット将棋を取りだし対局をはじめた。ペチョリという華々しくもなんともないマグネット将棋特有の音があちこちで響く。
 私はこぶしを握り締め、悔しさのあまり身を震わせた。なんで狼ごときがナデナデされるのだ! 嗚呼、私も猛烈に宮内さんにナデナデしてほしい。是が非でもナデナデしてほしい――などと憤っていると、猿の経立が宮内さんの背後からスルスルと近づいていく。
「あの、エロ猿が」
 あろうことか猿は宮内さんのお尻にタッチしようとしている。あいつは昔からエロだった。駆けだして飛び蹴りをかまそうと腰を浮かせたとき、突然振り向いた宮内さんが中指と親指で輪をつくった右手をて猿の眼前に突きだした。
 バチンと凄まじい音が響いて空気が震えた。猿はキイと呻くなりその場に崩れ落ちてしまった。
「でたぁ! 宮内式ーぃデコピーンッ」
 やんやの喝さいが重なり、経立たちが踊り狂う。宮内式がなにを指すのかはよくわからないが、放たれた一撃の破壊力たるや、もはやデコピンの域ではない。
 すっげぇ、怖え。マジ怖ぇ。
 恐ろしさのあまり、私は回れ右をした。ナデナデはあきらめる。なにごとも命あってこそだ。
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