一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

文字の大きさ
21 / 128
第1部2章

10 救出

しおりを挟む



「殿下ッ!」


 喜びと、安堵と。色んな感情が混ざり合って、ぐちゃぐちゃになって、なんて叫べば良いか分からなかったけれど、彼を呼んだ。
 安堵感は勿論あり、これで解放されるという喜びもあったのに、先ほどの恐怖からの一変に私は涙を流すことは出来なかった。心の中でプライドが許さなかったのか、泣くことはなく、ただ安堵の表情を彼に向け、ああ、見つけてくれたんだ、と胸が一杯になる。
 殿下は、私を見ると、よかった、とほっとした顔をしたが、私を今にも襲おうとしていた男の姿を発見すると、真紅の髪を逆立て、険しい表情をして一気に駆けてきた。


「ぐぁっ!」


 殿下は私を襲っていた男に剣を振るうと、躊躇なく剣を振り下ろす。男の顔から鮮血が飛び散り、彼は恐怖で顔をひきつらせながら怯えた顔をしたが、瞬時に怒りを露わにすると私に向けて拳を振り上げた。何で私に――!? と思ったが、彼の背後を殿下が捉えていた。


「……公女頭をあげるな」


 ガッと鈍い音がして殴られそうになるも、ぎりぎりのところで殿下に助けてもらい私は今度こそホッとした表情になる。心配させたくなくって笑顔でいようと思ったが、それは無理で、殿下がスムーズに私の拘束をほどくのをただみているだけしかなかった。彼の服には、返り血のようなものがついており、私は思わず目をそらしてしまった。私を助けるために、見張りの男たちを切ったのだろう。私の為を思っての行動なのに、それすらも拒絶してしまうなんて、きっと殿下には私が酷い女に見えたに違いない。 
 しかし、そんな私の思いと裏腹に、彼は優しい声で「無事でよかった」と呟いた。その言葉が信じられなくて顔を上げれば、何処か申し訳なさそうに瞳を揺らしている殿下の顔がそこにあった。


「すまない、公女。遅れてしまった」
「遅れてしまったなんて、そんな……助けに来てくださったじゃないですか。それだけで、私は――」
「公女……」


 自分でいっていて恥ずかしくなった。こんなの、勘違いしてしまいそうになる。
 私は、酷いことを思ってしまったのに。それに気づいていないのか、それとも気づかないフリをしているのか。どちらでも。
 私に触れる殿下の手が優しくて、温かくて、安心する。彼の左手には私から奪ったあの指輪がはめられており、それがキラリと光った気がした。殿下に触れられるだけで安心できるなんて、思いもしなかった。ただ少し、血なまぐさい。
 本人も自覚があったようで、私の頬を撫でた後、すぐにその手を下ろし、剣を強く握り直した。そうして、残っている三人の男たちに剣を向ける。男二人は動揺を隠し切れていなかったが、黒髪の男だけは平然を装っていた。


「お前たちは先に逃げろ。ここで全滅しようものなら、復讐は果たせぬ」


 黒髪の男がそう言うと、二人は目配せし、魔法石で転移してしまった。
 彼の口ぶりからすると、見張りは殿下が全員斬り殺してしまったらしい。足下で転がっている、あの茶髪の男の遺体から私はサッとはなれる。殿下にも、下がっているよう言われ、ごつごつとした地面を裸足で踏みしめながら後ろに下がる。もしかしたら足の裏の皮がめくれてしまったかも知れない。


「ほう、仲間を逃がすとはかなり覚悟があるとみた。だが、だからといって手は抜かない。貴様も同罪だからな。どこの誰だか分からないが、俺の番に手を出した罪は重い――!」


 殿下は剣を構えると、黒髪の男に斬りかかった。しかし彼は素早い動きで避け、間合いを取るように後ろに飛び退いた。そして何やら詠唱のようなものを唱えると、殿下の足下から岩の柱が飛び出した。それは針のように尖っており、避けなければ串刺しになっていたところだろう。


「魔法か――となると、貴様は帝国に滅ぼされたあの小国の生き残りか」
「忌々しい……ッ、番もろとも殺してやる」


 殿下に煽られ、先ほどの余裕はなくなったのか、黒髪の男は魔法を繰り出してくる。その威力は、かなりのもので、洞くつの天井に当たっては、その天井が崩れてくるほどの威力だった。しかし、殿下の身体能力は高く、理性を失い魔法を乱発し続ける男の攻撃を避け、彼は一歩も引くことなく男を圧倒する。
 対する彼は何故ここまでの力をもってして国を滅ぼされたのか不思議なくらいに強かった。やはり、奇襲をされたからか。生き残りは、今敵対している国に助けを求め転がり込み、そこで復讐の機会を狙っていたのだと。今回のこれは、やはり帝国側への宣戦布告のようにも思えた。殿下の呪いが解けなければ、一年以内に殿下は死ぬことになるし、それも含めて。
 どれだけ壮絶な過去があったとしても、勿論帝国側も、その過去がなくなるわけではないが、復讐は何も産まないと思った。それに、私は巻き込まれたわけでもあるし……などと考えてしまう。殿下の番だったから起こった出来事。でも、殿下を責める気にはなれない。
 でもそんなことより、今は自分の身を守ることが優先だと思った。だってすぐそこで、二人の熱い戦いが繰り広げられているのだから。


(こんなの見ていないでどこか隠れられる場所とかっ)


「きゃああっ」
「公女!?」


 男の放った攻撃が天井を崩し、大きな岩が上から降ってくる。勿論それを避ける術もなく、私はその場で目を瞑った。しかし、幾ら経っても衝撃が来ない。それどころか、ふわりと身体が浮いた気がした。


「大丈夫か?」
「あっ……」


 私を軽々と抱えながら立ち塞がるのは殿下だった。束の間の安堵、彼の肩から血が出ていることに気がついた。彼の髪の毛が赤いから気づくのに遅れたが、かなり出血しているように思える。


「殿下、か、肩が……」
「こんなのかすり傷だ。ツバでもつけとけば治るだろ」
「治るわけないじゃないですか! は、早く手当を」
「ああ、そうだな。時期にここも崩れるだろう。あれだけ、魔法をむやみやたらに打てば、洞くつが崩れるに決まっている。完全に見誤ったな、愚かだな」


と、殿下は不敵な笑みを浮べる。まるで、先ほどの男の死を確実だと言わんばかりに。その横顔が恐ろしかったが、彼は痛みで顔を歪めることもなく、懐から魔法石を取り出すと詠唱を唱えた。私達の足下にはあの黄金の魔方陣が浮かび上がり光に包まれていく。その瞬間、ガラガラと天井が崩れ始め、間一髪の所で私達の転移は成功した。その安心感からか、疲労からか、私は転移の途中で気を失ってしまった。気を失う最後まで、彼の血の臭いは消えず、少しの不安と、まだ残る恐怖を胸に意識を闇に手放した。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

処理中です...