一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第3部1章

08 動物愛護

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「それで、日取りが決まったんですね」
「ああ。まあ、上手くいくとは思っていないが」
「……ものは考えようです。まだ、あいつの手に落ちていないのなら多少は話が通じるのではないですか?」
「だといいな。公女がいうと、そうなりそうだ」


 月明かりが差し込む寝室。ベッドサイドに並んで座り、私の髪をいじりながら、殿下はフルーガー王国と再度和平交渉をすることになったと私に教えてくれた。まだ、ごく一部しか知っていないが、婚約者の私には――と特別だそうだ。といってももう少し先なのだが、冷戦下にあるフルーガー王国との交渉。上手くいけばいいが、もし失敗、相手の機嫌を損ね、相手が帝国側を侮辱すれば、戦争が再度始まるだろう。殿下はそれを望んではいない。皇位継承の話も出ているため、殿下の持つ権力というのは大きくなり時期皇帝としての姿を世に知らしめては来ている。だが、戦争狂の皇帝だったら、和平交渉など不用、戦争だ! と言いかねない。ご隠居準備をしているため大人しいと殿下には聞いたが、皇帝が出て言ったらどうなっていたことやら。
 今は、クルーガー侯爵家はもちろんのこと、とらえて尋問したが、ヴァイスがそこにいた記憶も、養子にしたという事実も全く知らないといった感じに話したそうだ。それは、黙っているのではなくて、本当に記憶が消されたような感じで、ヴァイスが痕跡を消すために魔法を使ったんだと思われる。どこからどこまでも、彼は用意周到で、先を読んでいる。さすがに、未来視出来るわけではないみたいだがそれすら持っていたら、本当に私たちでは手のつけようのない存在だっただろう。


「寂しくなるな」
「寂しくなるって、殿下戻ってきますよね」
「どうだろうな」
「アイン!」


 キッと睨みつければ、冗談だ、と殿下は手を挙げて降参の意を示す。
 嘘でも、戻ってこないなんて言ってほしくなかった。私の知る彼は、そんなものでは死なない、強い男だったから。これは私の推しつけたイメージじゃなくて、本当にそういわれているから。私も信じているから、帰ってくることを。
 いくら、不仲な国との交渉だって、そう簡単に皇太子を殺そうとは思わないだろう。ただ、殿下を殺せば、帝国側の戦力を欠くことはできるわけで、狙われない理由がなかった。


「ロルベーアは心配性だな」
「心配性って、貴方だって私がどこかに行ったら心配するでしょう!」
「それは、勝手にどこかに行く場合だ。俺は行き先を言って出ていくんだ。話が違う」
「それでも、戻ってくるって約束してくださいよ。なんで貴方は……」
「ロルベーア?」


 自分の命のことを、まだ軽く見ている彼が許せなかった。いくら、幼いころより戦場に投げ込まれているからと言って、たった一人の皇太子で、私のたった一人の愛する人で。そんな人が、自分の命を軽く扱っているのが許せなかったのだ。
 貴方の命は、もう貴方だけのものじゃない。
 貴方が死んで悲しむのは、きっと私だけじゃないだろう。
 私が俯けば、彼はスッと私の手に自分の手を重ねた。少し冷たいその手は、骨ばっていて、最近また剣を振るっていたようで豆が出来ている。


「すまなかった」
「何に対して謝っているんですか?」
「……ロルベーアを怒らせたこと?」
「理解していないんですね」
「……」
「貴方は、もっと自分の命を大切にするべきだと思います。貴方が死んで悲しむのは私だけじゃない……」
「悲しんでくれるならいいじゃないか」
「そういう問題ではないんです。貴方だって、私が死んだら後を追うでしょ? それと同じじゃないですか。死んだ後のことも考えて、生きて、生きて、生きて……私のために生きてください」
「熱烈なプロポーズだな」


と、殿下はそのまま私を抱き寄せ、抱きしめた。

 はぐらかされた気がしたが、彼の心臓が早く脈打っており、その言葉に感心し、そしてしっかりと言葉をそのまま受け取ってくれたのだと理解した。それでも、私は足りなかったが、しっかりと言葉にして伝えたことで、少しは彼に伝わったのだろう。


「私より先に死なないでください」
「ああ、ロルベーアも、俺より先に死ぬなよ」
「……当たり前じゃないですか」
「来世も一緒だ」
「……来世の話ですか? まだ、今世やり残したことがいっぱいあるでしょうに。もう……」
「そうだな、子供とか」
「……」
「帝国を二人でよくしていくのもまだ残っている。課題は山積みだ」
「わかっているなら、本当に死なないでくださいよ」
「俺を誰だと思っている」


 そう殿下は、自信ありげに私を見ると、ニヤリと笑った。余裕のその顔を見て、ああ、殿下は殿下だなあ、と当たり前のことを思ってしまった。ただ、その顔が私を安心させてくれる。


「どうした。抱き返してきて」
「安心したんですよ。殿下が、殿下で」
「俺は俺だろ。公女も公女だ」
「そうですよ。私は、私です。貴方が知っている私ですよ」


 なんだそれは、とあきれたような声が上から降ってきたが、私は照れ隠しをするように、彼の身体に抱き着いて、そのまま頭を摺り寄せる。暫く殿下は、私の好きなようにさせてくれたが、思い出したように、私の頭にポンと手を置いた。


「そういえば、公女」
「何ですか、殿下」
「公女は、いつから動物愛護に目覚めたんだ?」
「ど、動物愛護、ですか?」


 何を言い出すのかと思い顔を上げれば、少し不満そうな顔がそこにあり、何かしただろうか、と言葉の意味を考える。しかし、動物を飼ったような経験はなく、買いたいな程度には思うが、育てられそうにはないとあきらめている私が。
 殿下に首を横に振りつつ、丸くなった目を向ければ、殿下はむすっと口を尖らせた。


「あの灰色の犬だ」
「灰色の……あ! シュタールのことですか」
「そうだ、その野良犬のことだ」
「野良犬って! もう、分かりづらい表現しないでください。殿下の頭がおかしくなったのかと思いました」
「おかしくなっていない。野良犬は野良犬だろ。それに首輪をつけて、番犬にしたのが公女だ」
「例えがひどすぎます」


 事実だろ、という殿下に私は事実じゃありません、とだけ返し、こちらも眉をひそめてにらんでやる。
 その動物愛護というのが、ゼイのことも含まれているんだろうなと気づいたからには、殿下の師っとスイッチを押したんだな、ということだけわかった。どうもやはり、異性が絡むと殿下はその嫉妬スイッチを押してしまうらしい。押したのは私……なのだろうが、押した覚えはない。あまりにも、押しやすすぎるスイッチなのだろう。


「いい護衛を見つけてきたんですよ。優秀な」
「ほう、じゃあ、俺と手合わせするか。公女のペットと」
「人です。奴隷として扱き使われていたところを引き取った……だけです。殿下に勝てるわけないじゃないですか!?」
「だったら解雇した方がいいな。ロルベーアを守れない男など、そばにいる必要ない。あの竜人の男でも、許すのにどれだけ自分を押し殺したか……」
「毎回、そんなふうに嫉妬していて大変じゃありません?」
「公女も、まだ既婚者だからと俺に言い寄ってくる令嬢どもにガンを飛ばすがな。社交の場で、よくもまああんな怖い顔が出来ると、いつも感心する」
「それは、アインが!」
「俺が何だ?」
「……令嬢たちにベタベタされも、まんざらでもない顔をしているから」
「じゃあ、ロルベーアも一緒だな。同じ気持ちだ。分かるだろ?」
「わかりたくありませんけど」


 嫉妬というか、ヤキモチというか。私たちにとっては、それくらい可愛いことで、可愛くないことなのだ。ただこのやり取りも数回経験すると、どちらもがおれ、仲直りという流れになる。


「まあ、俺が気になったのは、その男の出身がゲベート聖王国ということだな」
「……あの男とのつながりを感じたのがきっかけで引き取ったんですけど、どうやら的外れだったみたいです」
「何も理由なしに、ロルベーアがするわけがないからな。動物愛護なんていう精神はロルベーアには似合わない」
「私、動物好きですけど」
「だが、ロルベーアの勘はあながち間違っていないかもな」
「でも、魔法は使えませんでしたよ?」


と、殿下を見ると、何か考えるように顎に手を当て、そしてはぐらかすように私の頭をわしゃわしゃと撫でる。何かに気づいたのだろうが、それを私には教えてくれなかった。


「まあ、こちらの切り札になるのなら……手元に置いておいてやらんこともない」
「何ですかそれ」


 そのうち分かる、と殿下はいったあと、私をベッドに押し倒した。ポフンと音をたて、その次にギシィとスプリングの音が鳴る。


「またしばらく出来そうにない……ロルベーア、付き合ってくれるか?」
「……付き合ってくれるか、じゃなくて、私も、シたいんです」
「……っ、何だ。今日は素直だな。いや、今日も、か」


 愛おしい――そういって、殿下は私の頬をするりと撫で、唇を奪った。

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