一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第3部4章

05 貴方がいるだけで

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「んん……おはようございます。陛下」
「ああ、おはよう。ロルベーア。ずいぶんと遅い目覚めだな」
「……はあ、誰のせいだと」


 体を起こそうとしたが、鉛のように重い体は思うように動いてくれなかった。いつの間に気を失っていたのだろうか。朝日をこの目で見たのはしっかりと覚えている。
 何時だと時計を確認すれば、すでに昼を越しており、七時間ほど寝ていたことがわかる。それでも、それくらいしか寝ていないのか、とも連日の疲れも重なって、私はシーツに縫い付けられたように横になった。そんな私を見越して、陛下が水を持ってきてくれ、私は彼に介抱されるように体を起こし水を口に含んだ。枯れた喉が潤っていくのを感じながら、私は陛下をちらりと見る。


「さすが、体力ありますね、陛下」
「ああ、これくらいはな。それでも、少し疲れているぞ?」


 と、まったく見えないような顔で言うので私は、私に合わせていっているのかな? と水をもう一杯とせがめば、彼は快くもう一杯と水を注いでくれた。


「俺も、ああいうパレードや式が苦手だ」
「確かに、陛下はああいうの苦手そうです。体を動かしているほうがあっていますしね」
「だろ? 堅苦しい。だが、そういう伝統や風習は大切にしていかなければならないからな」
「また、珍しいことを……」


 陛下がそんなことを気にしているなんて思いもしなかった。それも、皇帝としての云々なのだろうか。それとも、もともとそうとは思っていても、行動するまでに至らなかったとか……いろいろ考えられたが、こんなこと考えても仕方がないだろう。
 昨日の彼の真っ白なタキシード姿を思い出し、確かに堅苦しくはあるけれど、ああいう清掃も似合うな、と人生に一度しか見られない服を思い出しにやけてしまう。だが、思い返してみれば、似たような服を番契約の儀式のときにきていたなとも思った。


(本当に、私たちは結婚したのよね……)


 実感がない。式中も、初夜も……こんなに幸せでいいのかと思うくらい、私の心は満たされていた。これが全部夢でした、なんて言われたら発狂するどころじゃすまないけれど、それでもつらいことを乗り越えて、障害を乗り越えてここまで来たと、そう実感はしている。


「アイン、何度も聞いたかと思うんですけど、アインは私のどこが好きなんですか?」
「いまさら何を聞くんだ」


 彼は呆れた、というように足を開き太ももに肘をついた。そのガラの悪いところは皇帝にはまったく見えないのだけど、私の前でしか見せない姿だとわかっているから許容できる。


「言いたくないんですか? それとも言えない、とか?」
「なわけないだろ! くそ、本当にお前はそういうところが厭らしいな」
「誰かさんに似たんです。それに、私は悪女って噂されていた令嬢だったんですよ? これくらいは、ねえ?」


 引きずっているわけではないが、そういう一面が自分にあってもいいと思った。私ばかり陛下に乱されていては悔しいからだ。それに、どこが好きってしっかり言ってもらいたいっていう自分のわがままな一面が顔を見せる。
 陛下は、悪態をつきつつ、真紅の髪を豪快にかきあげると足を閉じて、私の頬にするりと指をあてる。


「どこから話せばいい?」
「全部です」
「日をまたぐぞ?」
「それでもいいですよ。こうやってゆっくり話すのも久しぶりじゃないですか」
「そうだな。いい朝だ」
「昼ですけどね」


 そんな細かいことどうでもいいだろう、とふてくされたような顔で私を見る陛下が可愛らしかった。でも、言った通りこんなにゆっくりと二人の時間が取れるのは久しぶりだったのだ。
 陛下の記憶喪失から始まって、戦争……それだけで半年はかかって、それから即位式に、結婚式にと目まぐるしく出来事が押し寄せた。そのせいで、朝まで体を重ねるとか、昼間で寝てゆっくりと話すとか……そんな二人の時間をとれていなかったのだ。でも、これから忙しくなる。また今日を機に忙しくなって、二人の時間が取れなくなる、なんてことも考えられるだろう。一緒にいたいけれど、一緒にいるためには仕事をしなければならない。それも、責任の付きまとう仕事ばかりだ。気を抜けない。
 陛下は冷たい掌を私の頬に当て、愛おしそうにするりと手を動かした。
 愛を伝えてくれるようになった彼だが、恥ずかしいと思っている感じもまだ抜けなくて、好きになった瞬間とか、そういうのを口にしてくれることはまだ少ない。いう必要もない、察しろ、わかるだろ、という圧もあるが、私としても言ってほしいのだ。


「噂とは違う面白い女、それがお前の第一印象だ」
「私の中の陛下の第一印象は、最悪な男でしたけどね」
「それはまた、ひどい言われようだな」


 だって、実際そうだったのだから仕方がない。
 強引で、とても私のタイプじゃなかった。けれど、彼がそんな性格にならざるを得なかった経緯とか、彼の心を知ってそれすらも包み込んであげたくなるような愛おしさが生まれたのも事実だ。


「そんなお前から目が離せなかったんだ。面白い女……ただそれだけじゃなくて、ころころ変わる表情を見ていると、なごんだ。人の表情を見てそんなことを思う日が来るとは思わなかった。お前が冷たかったのだけは少し傷ついたが」
「そうなんですね」
「何だ、これだけでは不満か?」
「いえ、アインもかわいいことを思うことがあるんだなって思って」
「これがかわいいというのはお前だけだと思うがな」


 私の表情を見ていて面白いなんて言われる日が来るとは思わなかった。自分ではあまり表情が変わらないタイプだと思っていたからとても以外で、それがいいといってくれたのがなんだかくすぐったい気もしたのだ。私は、一年しか生きられないとあきらめていたのに。確かに、彼に「運命の人が現れる」といったのは逃げのような言葉だったけれど。それが功を奏して、彼の興味を引いたのは間違いないみたいだった。
 いえば、誰がいつ恋に落ちるかなんてわからないということだ。
 それから陛下は思い出をすべて振り返るように話し、時にくすりと笑い、時に悲しそうな表情にもなった。自分の弱さに気づけたのは、人間らしく慣れたのは私のおかげだとも言ってくれた。そんな大それたことをした覚えはないが、彼にとっては衝撃的で、生まれた感情を大切にしようと思ったのだろう。
 幼いころに戦場に投げ捨てられた彼にとってしてみれば、自分を計算や作戦的に気遣う人間や、信頼がおける置けないという基準でしか見ていなかった人間に新しい価値観を生み出したというか。そういう、打算なしにただ一緒にいたい、一緒にいて安らぐ人を見つけることができた、それが私だったと彼は言ってくれた。私にとっても、彼はそれで、あれこれ考えなくても一緒にいたいと思える人だったのだ。ようは結局恋愛などそういうことなのだろう。愛とは、と語る必要もないくらいには、一緒にいて落ち着く、一緒にいたいと思える人が……


「俺は、ロルベーアとずっと一緒にいたい。そう思ったんだ。愛も恋もどうでもよかった俺に、人間の心を忘れていた俺を、人間にしてくれた。そんなロルベーアのことを生涯愛すると誓った」
「大事にしてください。私も、貴方のことを大事にします。生涯かけて、貴方を幸せにします」


 見つめあえば言葉のいらないキスをする。私たちはそんな関係になれたのだ。過去がどうとか、そんなことはどうでもよくて、ただいま目の間にいる愛しい人を愛することができたのなら、それが幸せなのだろうと。
 これからも、この幸せを守っていくために彼の隣で彼を支えたい。幸せな朝に互いの気持ちを確かめ合って抱き合う。そんな日々を送りたいと私は心からそう思った。そして、心から幸せだとそう思えた。


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