心の癒し手メイブ

ユズキ

文字の大きさ
6 / 88
『魔女の呪い』編

5話:魔女の誓約

しおりを挟む
”霊剣の魔女”モンクリーフに案内され、ロッティとメイブはチェルシー王女の部屋に到着した。

「ぴよぴよ」
訳:[ピンクのバラの花に、ピンクの布、お部屋の中はピンク色でいっぱいなのです]

 レオンの肩から離れ、メイブは背中の翼でパタパタ室内を飛び回る。
 チェルシー王女の部屋は淡いピンクの物で溢れ、窓から差し込む光で優しい雰囲気を漂わせていた。しかし豪奢なベッドの上に寝かされたチェルシー王女の周りには、悲しみに打ちひしがれる国王や臣下たちが群がり泣いていた。

「国王陛下、”癒しの魔女”ロッティ・リントン様がお越しくださいましたよ」

 モンクリーフが国王に告げると、俯いていた国王はゆるゆると表を上げた。

「おお…そなたが御高名な”癒しの魔女”殿か?どうか、どうか、不憫な姫をお助け下さい、どうか、どうか…」

 国王は膝立ち歩きでロッティの前まで来ると、その足元に泣き崩れた。
 ロッティはちょっとためらった後、労わるように小さな手を国王の肩に置いた。
 掌から国王の悲しみの感情が伝わってきて、ロッティは目を伏せた。

「お立ち下さい陛下。これから王女様を診ます。陛下や皆様は外へ出ていてくれますか?」
「判り申した…」

 伏していた国王は、臣下達に支えられて部屋を出て行った。
 チェルシー王女の枕元に降り立ったメイブは、部屋を出ていく国王や臣下の背を見送り、

(王女を心配するあまり、威厳も何もないのです…仕方ありませんが)

 なんとも複雑な気持ちになる。そして意識のないチェルシー王女を見つめた。

(可哀想に…。間違いないのです、これは『魔女の呪い』なのです)

 チェルシー王女の鎖骨から胸の辺りにかけて、角を生やした髑髏の刺青のような紋様が浮かび上がっている。
 紋様自体から禍々しい気が発せられていて、見る者全てを暗澹たる気持ちにしてしまう。
 メイブはチェルシー王女の青ざめた頬に、労わるように頭をスリスリした。



「”癒しの魔女”殿、『魔女の呪い』とは具体的に、一体どういうものなのでしょうか?」

 髑髏の紋様を苦々しく睨みながら、レオンは努めて冷静に問う。

「『魔女の呪い』は魔女が使う禁じ手魔法の一つで、時間をかけて死に至らしめる残酷な呪いなの。しかも、かけた魔女の固有魔法効果も乗る。
”曲解の魔女”の固有魔法は”全てを曲げることのできる”というものなんだけど、レオンも受けたように、レオンの攻撃はベクトルを曲げられて返されたのね」
「な…なるほど…」

 ”曲解の魔女”から受けた傷があった辺りに手を当て、レオンはゾッとした。

「人間は誰しも呪いの効果に抵抗をするもの。でもその抵抗力が強ければ強い程、”曲解の魔女”の魔法効果で自身に跳ね返ってしまう。『魔女の呪い』自体の苦しみと、跳ね返ってくる苦しみで、王女は二重に地獄の苦しみを味わっているわ…」
「なんと惨たらしい!そんな苦しみを姫様は――」

 歯噛みしながら、レオンは悔しそうに拳を握り締めた。チェルシー王女の想像を絶する苦しみを思い浮かべ、”曲解の魔女”を仕留められなかったことを激しく後悔した。

「だから『魔女の呪い』は最大の禁じ手として、使ったことのある魔女はあまり多くないわ」
「フンッ!禁じ手を使うとか、さすが老獪なババアらしいわね!腹の立つったら」

 モンクリーフは腕を組み、落ち着かない様子でイライラとつま先で床を叩いた。
 ロッティは左目のところにある赤い丸ボタンにそっと触れる。そして苦悶の表情を浮かべるチェルシー王女と、イライラするモンクリーフを交互に見た。

「おねーさま、助けてよ、姫様を」

 つま先の動きをピタリと止めて、モンクリーフはロッティの隣にしゃがむ。

「姫様はね、10年前に森へピクニックに出かけたときに熊に襲われたの。その時旅をしていたアタシが偶然居合わせてお助けしたわ。姫様とても喜ばれて。「私と同い年なのに強い魔女様ね」って」
「随分とテンプレートな出会いをしたもんねあんた…」
「王道でしょー。でもね、その時アタシはすごく嬉しかったみたい。なんせ当時まだ6歳児だったし。――実年齢は300歳だけど――良いところに落ち着きたかったし、姫様に乞われるままお城に住むことになったわけ♪」

 無邪気に微笑むモンクリーフの顔を、ロッティは天を仰ぎながら呆れ気味に見やった。

「…あんたが人間を気に入るなんてね」
「姫様は特別!だからお願い、姫様を助けて」

 つり目をめいっぱい見開き、モンクリーフはズイッとロッティに勢い込んだ。
 視線を逸らしつつ、ロッティは顔に逡巡の色を浮かべて目を伏せる。

「おねーさまのその左目の魔力、事情は知ってる」

 急に真顔になったモンクリーフの顔を、ロッティは驚きの表情かおで凝視した。

「でもお願い、姫様もアタシにとっては親友よ!どんだけ親友かって説明するの凄く難しいけど、アタシの魔法じゃ助けられないの!姫様は人間だから、このままじゃ死んでしまう!」
「驚いた…、あんた変わったわね。「”曲解の魔女”をやっつけてよ!」くらい言いそうなのに、それが王女の命乞いをするなんて…」

 モンクリーフの性格を知り尽くしているロッティは、モンクリーフの変わり様にとにかく驚いた。
 涙ぐみ始めたモンクリーフの額を、ロッティは強くデコピンする。

「痛っ」
「魔女の誓約、覚えてる?」
「う、うん?」

 額を擦りながら、モンクリーフは記憶を辿る。

「魔女は魔法を使いこなし、人間たちとは別種の生き物。そんな魔女が人間社会で差別されることなく溶け込むためには、人間たちに対して誓約を立てるでしょ。私が立てたのは『人を癒し、治し、助ける』よ。助けを請われれば助ける。治療を望まれれば治療する。癒しを欲してくれば癒す」
「おねーさま…」

 ロッティの幼い顔を見つめ、モンクリーフは目を輝かせた。

「”癒しの魔女”は人間を助ける。心配しなくていいわ」
「おねーさま!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

わたしのねがう形

Dizzy
ファンタジー
村が襲われ、すべてを失った少女ユアは、傷ついた心と体を抱えながら森の奥深くにたどり着く。そこで、ひっそりと佇む儚げな少女と出会う。彼女もまた、ただ静かに痛みを抱えていた。 異なる過去を背負う二人は、戸惑いながらも手を取り合い、“でこぼこコンビ”として共に歩み始める。街へ向かい、ハンターとしての第一歩を踏み出すことで、失われた日常と絆を取り戻そうとする。 傷ついた者同士がつなぐ小さな手と、そこから生まれる希望の物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...