心の癒し手メイブ

ユズキ

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ヴォルプリエの夜編

60話:メイブの行方は突き止めたが…

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 フィンリーとコンセプシオンは温かい『癒しの森』から、寒いアディンセル王国の王都カーレンに飛んだ。
 フィンリーは急に寒さが肌を刺してきて、ブルッと身体を震わせた。
 コンセプシオンは薄手のドレス姿だが、とくに寒さは感じていないようだった。
 日陰になっている建物の路地裏だ。

「ここで、移動魔法を使ったのだな?」
「そうです」
「ふむ…」

 コンセプシオンはしゃがみ込んで、冷たい石畳をそっと撫でる。
 繊細な指先に冷気がヒヤリと刺し、そして何か別のものを感じた。

「魔法が発動する直前に、干渉した別の魔法の痕跡が残っておる」
「ええっ」

 ジッと石畳を見つめ、コンセプシオンは眉を顰めた。

「飛ぶ一瞬の隙に割り込んだな、タイミングを計るのが上手い。自己主張するような癖のある魔力残滓じゃな…、これを辿ろう」

 袖から杖を出すと、コンセプシオンは移動魔法の魔法陣を描いた。

「行くぞ」

 移動魔法が発動して、2人は飛んだ。



 着地したそこは、奇麗に舗装された道の上だった。

「どこぞの屋敷の前か?」

 コンセプシオンが訝しむように言うと、フィンリーが素っ頓狂な声をあげた。

「メイブたんの帽子とマフラー!」

 赤い小さな小さな帽子と、布切れにしか見えない赤いマフラーが路上に落ちていた。
 アディンセル王国へ行くと言ったら、急いでロッティが作ってくれたものだ。メイブはとくに、目覚めてからのロッティのお手製にとても喜んでいた。

「メイブたん…」

 帽子とマフラーを拾い上げ、フィンリーはポロポロと涙をこぼした。

「俺のせいじゃないそうだけど、守ってあげられなくてゴメンね、メイブたん」
「泣くのは後にせい」

 ため息をこぼしつつ、フィンリーを叱咤する。

「あれは、どこかの貴族の屋敷のようだ。しかし、酷い陰気を纏っているな。デカイ屋敷なだけに、余計に不気味極まりない。わらわの館でも、ここまで酷くはないぞ」

 自らをディスりつつ、コンセプシオンは鉄の門に触れた。
 ここがソフレティオという町の、領主ロナガン伯爵の屋敷前とは知らない。

「ん?これは…」

 門を力いっぱい押した。ギギッと音を立てて内側に開いていく。
 コンセプシオンは落ちていた小石を拾って、門の向こうへ放り投げた。
 小石はスッと掻き消えた。

「えっ?」

 一瞬の現象に、フィンリーは目をぱちくりさせた。

「小石が消えた?」
「これは、ちと厄介じゃな」

 コンセプシオンは腕を伸ばして門を掴むと、手前に引き寄せて閉じた。

「門を越えると、自動的にドコかへ飛ばされる魔法が施されている。ブランディーヌ・ケクランが作ったトラップ魔法じゃな。〈領域〉ドメインを張ったか」
「じゃあ、これブランディーヌさんが?」
「いや、ブランディーヌはこんなところに魔法は使わない。
 自身や家を守ったりするために、魔女たちに公開している魔法だ。だから魔女なら誰でも使える」
「そっか…」

 コンセプシオンは門の向こうの屋敷を睨むように凝視する。

「屋敷にも多くの結界が張り巡らせてある。封じ込め、気配を消すもの、探知、魔法反射…まるで要塞じゃな」
「それじゃあ」
「うむ、メイブはあの中におる」

 断じられた瞬間、フィンリーは門を押し開けた。そして中へ飛び込む寸前、コンセプシオンに服を掴まれた。

「話は聴いておったのかバカ者が!飛ばされたら二度と戻ってこれなくなるぞ!」
「へっ」

 後ろに放られて、フィンリーはくるりんとでんぐり返しする。

「じゃあどうするんですか…」
「ブランディーヌ・ケクランに、このトラップ魔法をナントカしてもらう。敷いた当人じゃないと解除できないが、この魔法の生みの親なら解除が可能だからの」
「おお!」
「さて、どこにおるかな…。あちこちフラフラしてるやつだから」

 フィンリーは通信用の小さな水晶球を取り出し、コンセプシオンの前に差し出した。フィンリーは魔女の弟子とはいえ魔女ではないので、水晶球は使えなかった。

「ウォカトゥス」

 コンセプシオンが水晶球に向かって呼びかけると、少しして”壮麗の魔女”ブランディーヌ・ケクランが映し出された。

「あら、まあ、珍しい方からのお呼び出しが」
「久しいな。すまないが、手を貸してほしいことがある。頼めるか?」
「私に出来ることなら、喜んでお手伝い致します」
「ありがたい。ええと……ここはどこだ?」

 フィンリーを振り向くが、フィンリーも判らず首を振る。

「アディンセル王国内だとは判るのだが…」
「ふふ、こちらの探知魔法で探して向かいますね。少々お待ち下さい」
「申し訳ない」

 コンセプシオンはやれやれと首を振って、屈めていた身体を起こした。
 立ち上がったフィンリーは、コンセプシオンにジッと見つめられていることに気付く。

「な…なにか?」
「おぬし、貴族出身だと聞いていたが、随分とラフな格好をしているのだな。金ならたんまりと2年前にもらっておっただろう?もう使い果たしたのか」

 不思議そうに言われて、フィンリーは苦笑する。

「貴族っつっても、俺の家ビンボーでしたから。廃墟感凄まじく漂う屋敷に、農民と同じ服装、紅茶すら置いてないような家だった。てなもんで、これでもまだマシなほうです。
 それに、2年前もらった褒賞金は、金貨100枚俺がもらって、残りは全部兄のシャフツベリー男爵にあげちゃいました」
「ほほう…」
「あれで借金は完済、屋敷も建て直せ、紅茶も飲み放題でしょう。領地運営も建て直せるだろうし、兄貴の苦労も報われるってもんです」
「健気だのう」
「でしょー」

 フィンリーは「ニシシッ」と笑う。

「こんな家なんぞ継いだところで、借金の返済しかすることがない!」

 空に向かって吠えるように叫んだ。

「ドウェイン・シャフツベリー男爵の口癖です。毎日叫んでいた。
 ドウェインは長男っていうだけで後を継がされたんですよ。先祖代々の借金まで押し付けられて。義姉さんアントニアも苦労の日々。
 俺が15歳になった時「騎士は労働ではないが、手当ては出る。次男のお前が騎士になって家計を支えろ!」って言われて騎士になったんです。
 特になりたいものとかなかったけど、なんかイヤイヤ騎士してたから、辞めた今は未練ナンテナイですよ、ホント」
「ふむ…」
「褒賞金渡して俺は義務を果たしたし、晴れて自由の身。メイブたんと一緒に生きていく。俺の人生これからがスタートだー!って、やっと踏み出した途端コレですよ…。
 メイブたんを誘拐とか、見つけたらタダじゃおかねー犯人!」

 拳を握り、明後日の方向を睨む。

「まだ若いのに、苦労しておるんだな」
「そうなんです、苦労人です!」

 フィンリーの意外な過去の一端を聞いていたコンセプシオンの前に、”壮麗の魔女”ブランディーヌ・ケクランが移動魔法で飛んできた。
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