心の癒し手メイブ

ユズキ

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ヴォルプリエの夜編

64話:ジャスパーの証言

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 フィンリーはその場で足踏みしながら両腕を抱く。
 コンセプシオンは冷静さを保ちながらも、寒さに顔が強張っていた。
 吐く息は白く、空気に溶けることなくすぐ凍ってしまう。肌に滲みてくる冷気で、身体は麻痺したような感覚になった。氷点下の気温は、もはや「冷たい」ではなく「痛い」の領域だった。

「鼻水が凍っちゃうっ」
「見たままだろう。つまらんことを…」
「喋ってないと、口が凍りつきそうで」
「まあな」

 月明かりの元、ソフレティオの町はずれに佇む2人はとある人物を待っていた。
 人目につかないところが良い、との要望で町はずれを指定された。
 建物はなくただの原っぱで、満遍なく雪に覆われている。遮るものもないので、風が直で当たって余計に寒かった。

「フィンリーさん…ですか?」

 ザクザク雪を踏む音と共に、伺うような男の声が呼びかけた。

「ジャスパーさん?」
「はい」

 現れた男は、綿の入ってない安物のコートをまとい、ほつれかけたマフラーを頭からかぶっていた。見るからに寒そうで、顎髭が白く凍っている。

「このような時間にお呼び立てして、申し訳ありません。指名され、呼ばれた理由はもう、察しておられますね?」

 丁寧だが有無を言わせない迫力を漂わせるフィンリーに言われて、ジャスパーは気まずそうに小さく頷く。
 上目遣いにフィンリーの顔や姿を見て、自分よりも高貴な身分だとジャスパーは察した。それに女性たちが喜びそうな顔立ちをしているが、どこか異質な雰囲気を全身に纏っている。それが露骨に感じられて、ジャスパーは内心ビクビク怯えていた。
 ”修学の魔女”トロータ・アストーリの手引きでシャスパーと連絡が着き、内々に彼を呼び出した。
 魔女は拠点を置いた地域エリアの細かな情報も、漏らさず掴んでいる。人間たちと円満に共存するためでもあった。
 雪に閉ざされがちの地域エリアでは、情報が拡散しにくい。しかし、だからこそ人々は退屈を紛らわせるように口が軽くなる。
 トロータの仕事が早かったこともあるが、情報を集めるのも楽だったようだ。

「あなたはロナガン伯爵家の使用人だった。――あの猟奇殺人事件に関する何かを目撃しているそうですね。あなたが見たことを、全てお話し願えますか?」
「あ…ああ…」

 ジャスパーは少し躊躇ったが、手袋をはめていない手を擦りながら話し始めた。

「あっしはフットマンをしてました。伯爵様は厳しい御方で、少しのミスも許してくれません。毎日緊張に気を張りつめながら働いてました。
 あの日はご家族の皆様が、ディナーのあとダンスルームに集まられて、何やらお客様を待っておられました。お客様がお見えになるなら、あっしら使用人達にも報せがあるはずです。お迎えやおもてなしの準備などがありますから。しかしなにもなかったんです…」

 そしてジャスパーは、深々っと嘆息する。

「ランド・スチュワードもハウスキーパーも困惑してました。しかしお客様はいらっしゃらず、何故かダーシー・スライがダンスルームに入っていったんです。
 あっしらは驚きました。使用人の中でも一番階級が低い下働きのダーシー・スライが何用でと。しかし、ダーシー・スライの生い立ちを考えれば、ありえないことはないとも思ったんです」
「生い立ち?」
「はい…。ダーシー・スライは奥様のレディーズ・メイドをしていたアナベラと、伯爵様との、そのお…、不義の子…なんです」

 フィンリーとコンセプシオンは顔を見合わせた。

「でも伯爵様は認知せず、身ごもった時点でアナベラは下働きに格下げされました。行く当てもありませんから、そのままお屋敷にとどまり母子で働いてました。
 はあ…、奥様を筆頭に、2人のお子様も一緒になって、日々アナベラとダーシー・スライを徹底的に苛め抜いて苦しめてました。
 …あまりに惨くて、かばってやりたかった。だがそんなことをすれば、あっしらは解雇されてしまう。だから…」
「いいよ、俺は責めたりしない。前雇用人の推薦状がないと、平民ですら雇わないからね。使用人の雇用に関しては、あらゆる職種の中でも一番厳しい。信用が第一だからね。こんな寒い国だから、働き口がないと余計に大変だろう」
「…はい」

 ジャスパーは疲れたように項垂れた。理解を得られて安堵したが、同時に後ろめたさも再確認する。

「アナベラは散々苦労した挙句、身体も壊しがちで3年前に病死しました。
 身寄りもなかったから集団墓地に投げ込まれ、葬式も出してもらえなかった。
 ダーシー・スライは一人ぼっちになってしまった。まだ7歳の小さいダーシー・スライを、それでも奥様もお子様たちも、苛めることを止めなかった。伯爵様は見ないふりをして無視してた。
 大人でも根をあげるほど執拗に酷使し、日増しにエスカレートする苛めは、もう惨憺たるものです。
 そんな扱いをするダーシー・スライを、あの日どうしてダンスルームに呼びつけたのか理由は知りません。しかしあっしは…あっしは…」

 恐怖のため震えだしたジャスパーは、血走った目でフィンリーを凝視する。

「気になってドアのすき間から覗いたんで…す…。そしたら伯爵様の怒号が聞こえて、突然ジンジャークッキーが…巨大なジンジャークッキーがいくつも現れた!剣を抜いてご家族を殺してしまったんです!」

 怒鳴る様に叫び、ジャスパーは大きく息を吐きだした。

「あっしは夢でも見てたのか…?いや、確かにジンジャークッキーだった。鋭い剣を持って、ご家族をめった刺しにしてた」

 ジャスパーはペタリとその場に力なく座り込んだ。

「腰が抜けて、這うようにその場を逃げ出した…。見たことがバレたら殺されるって。
 ――あっしが見たのは、そこまでです」

 ジャスパーは全てを吐きだして、くたっとなった。

「よく話してくれたね」

 フィンリーはジャスパーの前に片膝をつき、そして手を胸に添えて礼をした。そしてジャスパーの冷え切った手に、小さな酒瓶と金貨を5枚握らせる。

「落とさないように持って帰りなさい。寒い中、ありがとうジャスパー」
「あ…あ…」

 フィンリーはジャスパーが立ち上がるのを助け、背中を優しく叩いた。ジャスパーはどこか惚けるような表情かおをしたが、やがてホッとしたように何度も頷き、町の方へゆっくり歩いて帰路に就いた。

「ふふん、おちゃらけたような奴だが、中々に紳士だったぞ」

 黙って成り行きを見ていたコンセプシオンは、厭味ったらしく口の端を歪めた。

「いやあ、名演技だったでしょ?」
「演技なのか」
「騎士時代に宮廷で身につけたんです、紳士の振舞ってやつを。まあ性に合わないし、堅苦しくって嫌いなんだけどねー」

 元に戻ったフィンリーに、コンセプシオンは苦笑する。
 身分の高い者に扱われ慣れているジャスパーには、高貴な者の振舞をすれば、話を聞き出しやすかろうとフィンリーは判断したのだった。

「興味深い話だったな、巨大なジンジャークッキーか。リリーの固有魔法『お菓子が作れる』で創り出したものだろう」
「どっかに隠れて魔法を使ったのかな?」
「おそらくな。ただ、ダーシー・スライという人間の子供の存在が気になる」
「俺もです」
「苛めに耐え兼ねリリーに一家殺害を依頼したのか?だが、10歳の子供がそんなことを思い付けるものなんだろうか…。しかもリリーとどう接触する」
「思いたくないっすねえ」

 2人は神妙に唸る。魔女と知己を得ることは、相当難しい。
 ロッティのように人間と積極的にかかわろうとしない限り、魔女は人前で存在を隠すものだ。

「情報整理のために『癒しの森』へ戻ろう。こんなところに居続けては凍え死ぬ」
「らじゃーっす」
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