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第八十五話【馬謖】
しおりを挟む 山頂に陣を敷いた馬謖に対し、張郃は蜀軍の水を汲む道を断った。そして、蜀軍の士気が下がると一気に攻撃を仕掛け、これを打ち破った。蜀軍の大半は敗走したが、王平の兵だけは軍鼓を打ち鳴らし、その場に留まり続けた為、伏兵を警戒した張郃は蜀軍の追撃を断念した。
諸葛亮は街亭の敗北を知ると、全軍を撤退させた。
「丞相、馬謖殿が捕縛されました」
諸葛亮の元へ伝令が入る。
馬謖は旧友の向朗の下へ逃れるも、そこで蜀軍の兵に捕縛された。
「……なんということを」
「丞相……」
頭を抱える諸葛亮の傍らには、先の戦でこちらへ降ったばかりの姜維の姿があった。新参者の姜維であったが、その忠実さと思慮深さを諸葛亮は評価し、自分の傍に置いた。度胸もあり、兵の気持ちも理解している。素晴らしい人物であると言う。
そして、その姜維は失態を犯した馬謖を、諸葛亮の下で共に学ぶ兄弟子のように思っていた。
「馬謖殿の処遇は……」
「……決まっている」
諸葛亮は少し間を置き、姜維に言った。
諸葛亮の命令に背き、独断で山頂に陣を敷き、大敗を招いた。多くの兵を失ったが、当の本人は逃げ延びた。
「投獄の後……馬謖を斬れ」
諸葛亮は直ちに全軍にそう伝えさせた。
諸葛亮も姜維も、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「本当に良いのでしょうか……馬謖殿は優秀な……」
「これを見逃しては、皆に示しが付かない」
姜維の言葉を遮り、諸葛亮はそう言った。
以前、赤壁にて曹操を討ち取ることが出来なかった関羽を無罪放免とした。しかし、今はそれとは状況が違い過ぎる。
「馬謖の罪は万死に値する……多くの兵を失い、大敗を招いた」
そう言う諸葛亮の目には涙が溜まっていた。
長年、親交を深めて来た諸葛亮と馬謖。諸葛亮は馬謖を我が子のように、また馬謖も諸葛亮を父のように思っていた。故に重用し、反対の声も遮り、軍を任せた。その結果がこれだ。
「……さらばだ、馬謖」
諸葛亮の呟きを聞いた姜維は頭を下げ、その場を後にした。
一人になった諸葛亮は、静かに涙を流した。その涙は、愛弟子のような存在である馬謖へ向けた涙。そして、劉備が重用するなと言い残したにも関わらず、重用してしまった己の情けなさ、不甲斐なさに対する涙。
第一次北伐は大敗に終わった。これにより、諸葛亮や趙雲を含め、多くの者が降格となった。王平だけは、張郃の追撃を止めたことなどの功を称え、昇格となった。
馬謖は処刑される前、諸葛亮に、自分の遺児はどうか助けて欲しいという手紙を書き残した。そして、その遺言通り、馬謖の遺児は以前と変わらぬ待遇を受けることとなった。諸葛亮から馬謖への唯一の手向けであった。
第一次北伐は失敗に終わった。その報はルナの元にも届けられた。
その報を受けたのは、嫁姑で赤子を交えながら談笑をしていた最中であった。同時に、諸葛喬の死、馬謖の死も伝えられる。諸葛喬の死を知り、ルナは愕然とし、諸葛喬の妻はその場で気を失ってしまった。
諸葛亮は街亭の敗北を知ると、全軍を撤退させた。
「丞相、馬謖殿が捕縛されました」
諸葛亮の元へ伝令が入る。
馬謖は旧友の向朗の下へ逃れるも、そこで蜀軍の兵に捕縛された。
「……なんということを」
「丞相……」
頭を抱える諸葛亮の傍らには、先の戦でこちらへ降ったばかりの姜維の姿があった。新参者の姜維であったが、その忠実さと思慮深さを諸葛亮は評価し、自分の傍に置いた。度胸もあり、兵の気持ちも理解している。素晴らしい人物であると言う。
そして、その姜維は失態を犯した馬謖を、諸葛亮の下で共に学ぶ兄弟子のように思っていた。
「馬謖殿の処遇は……」
「……決まっている」
諸葛亮は少し間を置き、姜維に言った。
諸葛亮の命令に背き、独断で山頂に陣を敷き、大敗を招いた。多くの兵を失ったが、当の本人は逃げ延びた。
「投獄の後……馬謖を斬れ」
諸葛亮は直ちに全軍にそう伝えさせた。
諸葛亮も姜維も、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「本当に良いのでしょうか……馬謖殿は優秀な……」
「これを見逃しては、皆に示しが付かない」
姜維の言葉を遮り、諸葛亮はそう言った。
以前、赤壁にて曹操を討ち取ることが出来なかった関羽を無罪放免とした。しかし、今はそれとは状況が違い過ぎる。
「馬謖の罪は万死に値する……多くの兵を失い、大敗を招いた」
そう言う諸葛亮の目には涙が溜まっていた。
長年、親交を深めて来た諸葛亮と馬謖。諸葛亮は馬謖を我が子のように、また馬謖も諸葛亮を父のように思っていた。故に重用し、反対の声も遮り、軍を任せた。その結果がこれだ。
「……さらばだ、馬謖」
諸葛亮の呟きを聞いた姜維は頭を下げ、その場を後にした。
一人になった諸葛亮は、静かに涙を流した。その涙は、愛弟子のような存在である馬謖へ向けた涙。そして、劉備が重用するなと言い残したにも関わらず、重用してしまった己の情けなさ、不甲斐なさに対する涙。
第一次北伐は大敗に終わった。これにより、諸葛亮や趙雲を含め、多くの者が降格となった。王平だけは、張郃の追撃を止めたことなどの功を称え、昇格となった。
馬謖は処刑される前、諸葛亮に、自分の遺児はどうか助けて欲しいという手紙を書き残した。そして、その遺言通り、馬謖の遺児は以前と変わらぬ待遇を受けることとなった。諸葛亮から馬謖への唯一の手向けであった。
第一次北伐は失敗に終わった。その報はルナの元にも届けられた。
その報を受けたのは、嫁姑で赤子を交えながら談笑をしていた最中であった。同時に、諸葛喬の死、馬謖の死も伝えられる。諸葛喬の死を知り、ルナは愕然とし、諸葛喬の妻はその場で気を失ってしまった。
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