佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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144 朝霧の努力

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「夕食までもうちょいか……おやつ食ったらダメだな。なんかさ、部屋で会席料理ってすげえ久しぶり。旅行の時って大体ホテルだったし」

今まさにおやつの袋を漁っていた朝霧が、動きを止めて俺を見る。

「お前はおやつ食っても食えるんだから、別にいいだろ。つうかあの運転中に食いにくいシリーズを今食っとけよ」
「あれは運転中に食うものだ」
「なんでだよ!」

帰りのために残しておくのだという朝霧に呆れ顔をしつつ、見るともなしに旅館のパンフレットを眺める。
ぱらり、ページをめくる音が響く。
俺が口を閉じると、すげえ静かだ。
だんだん日が落ちていく外より、室内の方が暗い。
雪って、明るいんだな。

「雪、すげー。これさ、いっぱい降ったら帰れなくね?」
「そうだな」

朝霧も釣られるように、窓の外を見る。
当然、広縁の窓はカーテン全開なので、なんかすげえ非日常感がある。
時折、さらさらと雪が降っては止んで。
外はこんなに寒そうなのに、室内はほどほどに温かい。人間って快適だ。

「……早く温泉入りてえ」

朝霧が、こっちを見て笑った気配がする。
視線が逸れたな、と思ったタイミングでそうっと朝霧を見た。
片膝を立て、窓の外を見る男。
薄暗い室内で、外からの雪明りがその顔に陰影を落としている。
いつもの凛々しい口元がほのかに緩んで、表情が柔らかい。

浴衣、似合うだろうな。
雪をバックに浴衣で写真撮ったら、すげえいい感じだ。
ふいと視線が下がって、姿勢を戻す気配。
視線を、外さねえと。
その顔が俺の方を向いて、パンフレットを見て、そして俺を見る。
しっかり絡んだ視線に、朝霧がちょっと瞬いて。
ふわっと笑った。

「なんだ?」
「…………いや、別に」

素早く身体ごと他所を向いて、特に用もなくかばんを漁る。
なんで、毎日顔合わせてるやつと目が合って、俺はこんな……。
薄暗い室内に感謝して、俺は意味もなくカバンの中身を全部取り出していたのだった。


「――では、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

上品な仕草で退室していく仲居さんにペコリと頭を下げ、ピンと伸ばしていた背中を緩めた。
なんとなく浅く呼吸していた息を吐き出すと、朝霧が面白そうな顔をしている。

「よそ行きの顔だ」
「うるせー! ビジネスマンならこうなるだろ!」

嘘だけど。ビジネスマンになる前から、俺はこうだけど。
だってなんか、緊張するだろ。お客様扱いされるのって。
なんでお前、そんな自然体なの。
そういう所も、こう……王族に向いた人間と平民の差っていうの? 生まれ持っての能力差みたいなのがあるよな。

「……美味そう」
「豪華だなー! 本館の見た目がショボかったから、あんま期待してなかったけどさ!」

お膳に並べられた美しい料理の数々に、二人して目を輝かせる。
この後からも、まだ色々持って来てくれるらしい。
ホントは浴衣で食いたかったけど、それだとゆっくり風呂に入れないし……仕方ない。

さっそく写真を撮って、いただきますと同時に手を伸ばす。
いわゆる会席料理、酒は渋く熱燗を頼んでみた。あんま飲んで風呂に影響を及ぼしたくないので、二人で徳利1本だけ。

「……こういう料理で、飯から食うヤツ初めて見たわ」
「腹が減った」
「お前おやつ食ってたよな?!」

俺も食う順番なんか覚えてねえけど、さすがに白飯からは食わない。
確かに、今お膳の中で最もボリュームのあるもんは白飯だけど。
こいつ、上品な料理では物足りなくなりそうだな。

「風呂入ったら、売店見に行く? お前、飯の追加がいるだろ」
「ああ」

既にお膳の上を平らげてしまった朝霧が、所在なさげにしている。
仲居さん、こいつにはまとめて全部持って来てやってください。
こんな料理食う機会なんてめったにないから、俺の方はじっくり味わって食ってる。和の素朴な味が染みる……。
とろけるようなカブの煮物を頬張り、出汁の味わいにうっとりする。

「ナオ」
「……お前も食ったろ」

身を乗り出して口を開けるから、渋々ひとつ入れてやる。

「美味いな。次、俺のもやる」
「いらねえよ?! 同じモン来るからな? ……あ、俺も飲む!」

手酌で酒を注いだ朝霧を見て、俺も手を伸ばす。
普段、徳利とお猪口なんて扱うことねえから、なんかわくわくする。

「お前が持つと、すげえ小さいな」
「落としそうだ」

確かに、お猪口ってどう持つのが正解? と思いつつ、ちょっと上に掲げてみせる。

「雪見温泉に、乾杯!」
「今か? ……乾杯」

ふっと笑った朝霧も、少し杯を上げた。
いいんだよ、乾杯なんていつ何回やったって。

さすがにキツイな、とちびちび舐めるようにしていたら、くいっとやった朝霧が俺を見る。

「ナオ、あんまり飲むなよ」
「ん? 最近は飲めっつうのに珍しいな。なんで?」

外では飲むなって言ってたけど、今、これも外? お前しかいねえけど。
首を傾げる俺に、朝霧が視線を彷徨わせている。

「……いや、大丈夫、だと……思うが……」
「大丈夫だろ。キツイけど、二人で一本だぞ」
「そういう意味じゃない。俺が……」

俺が、何だよ。
なんとなく挙動不審な朝霧に首を傾げたところで、また仲居さんが料理を運んできてくれた。

「おー! 朝霧、雪見鍋だって! すげえ風情ある!」

固形燃料が、小さな火で鍋を温めている。
うきうきと鍋を眺めていた俺は、気付かなかった。

「……努力する」

小さく呟いた朝霧が、深々と溜息を吐いたことを。
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