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150 歓迎する朝霧
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「……さすがに、買いすぎたか~」
「もっと食え」
「もう食えねえよ!」
ならなんで買った、みたいな顔をするな。そりゃあ、お前への嫌がらせに決まってんだろ!
肝心の朝霧くんは、むしろ食い物がいっぱいでほくほくしているけど。
土産から特産、カップ麺まで色々買ったものの、夕食もあれだけ食ったのに、俺の腹に入る余地があるはずなかった。
敷かれた布団の上で、ごろごろしながら買ったものを食っている。
最高にだらしなくて、最高に居心地がいい。
明日、帰るんだよな……。
一泊って、ホントあっと言う間だ。
ごろり、と転がると、朝霧の視線が俺の上を滑る。
はっと胸元の合わせを押さえて、睨み上げた。
小さく笑った朝霧が、よし、とでも言うように頷いてみせる。
腹が立つ。
……こんなことがあっても、帰るのが惜しいと思ってるんだもんな……。
はあ、と溜息を吐いて立ち上がった。
トイレに向かうふりで、洗面所へ足を運ぶ。
しばし鏡と見つめ合い、明るいライトの下でちらりと片襟を開いた。
インドア派の白い肌に、くっきりとよく映える、紅色の痕。
「うっ……」
ぶわり、顔が熱くなると同時に、うっすら赤面する俺と目が合った。
くそ……どう見ても、誰が見ても、誤魔化しようもなくキスマーク。
あんな一瞬で、よくこんなくっきりと……。
やっぱ肺活量の差だろうか。俺だとこんな風にはならない。
オリンピック選手だからな、きっとそうだ。
余計な方へ思考が流れないよう、色気のないことを必死に脳裏に浮かべて逃げ回る。
「あ~~もう!」
火照る顔が治まらず、咄嗟にざあざあ水を出して手を濡らした。
……めちゃくちゃ冷たい。
心臓がきゅっとするような水温に、ホッとして息を吐いた。
「少し薄くなったか?」
「うわあ?!」
背後からの声に飛び上がって、水しぶきが飛び散る。
後ろから手を伸ばした朝霧が、呆れ顔で水を止めた。
当たり前のようにタオルで俺の手を拭い、握り込む。
「冷たいな」
「当たり前だろ?! 何なんだ?!」
「すげえ水音がするから」
あ……そりゃそうか。こんな近い場所にいたら気付くな。
手を振り払って、鏡越しの朝霧と視線を合わせる。
その視線がどこを見ているのか気が付いて、肘で背後の身体を押しやり合わせを整えた。
それと同時に、さっきの『薄くなった』が何を指していたのか気が付いた。
薄くなるわけないだろ、こんな短時間で!! めちゃくちゃくっきりついてるわ!
「お前……これ、中々消えないだろ?! どうすんだ、会社で着替えるようなことがあったら!」
「別にいいだろ」
「いいわけあるか!! 彼女はいないってみんな知ってんだぞ?!」
つうか、彼女だったらこんなガッツリ色濃いやつにならねえ気がする。
もはやこれは、内出血だ。
「着替える機会なんかない」
「ないけど……分かんないだろ。普通に気になるし!」
「気にしてろ」
にやっと笑う鏡の中の朝霧にそこはかとなく野生を感じて、急いで振り返った。
じ、と見上げた朝霧は、誤魔化すように視線を逸らして洗面所を出ていく。
ついでのように、俺の腕を引っ張って。連れて行こうとすんな。
「……お前なら、もっと困るだろ。やり返されたらどうするつもりだよ」
布団に座り込んで、不貞腐れる。
朝霧がキスマークつけていたら……ふと考えて、ふふっと笑った。
阿鼻叫喚の大騒動になるだろうな。
だってどこにつけても見えるだろ。水着だぞ。
そうだ、背中に落書きでもしたら、面白いかもしれない。
あー……でも、そういうのも特定班に俺ってバレそうで怖い。
「いつでもやり返せ。歓迎だ」
「は……? いやお前……馬鹿か」
全然関係ない方へ思考が逸れていた俺は、一瞬きょとんとして、身を乗り出す朝霧から体を引いた。
こいつは……考えなしにもほどがある。
「つけてみろ」
「やるわけねー!! お前と一緒にすんな!」
ぐっと襟を開けた朝霧から視線を剥がし、背中を向けて布団に転がった。
本当に、馬鹿じゃねえの。
あの、日に焼けた肌に――俺の、痕。
吐く息すら熱くなってくる気がして、頭をかきむしりたくなる。
余計な事言いやがって……!
考えてしまうだろ! 色々と。
「ナオ、もう寝るか? 寝たか?」
「……そんなすぐ寝付くかよ。歯ぁ磨く」
なんでもないような朝霧の声に、深呼吸して立ち上がった。
……寝られるかな、と思いながら。
……そう、思っていたんだけど。
温泉に入ったさらさらの身体で、清潔な寝具。
ほんのり肌寒いくらいの室温と、温かく重めの布団。
暗い室内に、外のささやかなライトアップがしみ込んでいる。
最高の環境に、危うく瞬時に眠りに落ちるところだった。
そんな子供みたいな真似、恥ずかしいだろ。
さっき、ああ言った手前、余計に。
眠気を覚ますようにごろりと朝霧側へ寝返りを打って、ちらりと目を開けた。
「……眠れねえの?」
てっきり目を閉じていると思ったのに、ばちっと目が合って驚いた。
微かに笑った朝霧が、長い腕を伸ばして俺を撫でる。
「いや、起きてるだけだ。ナオは眠そうだな」
「別に?!」
「寝ろ。明日も朝から温泉に入るんだろ」
そう、朝風呂に入ると意気込んで、既に入浴セットを準備してある。
寒いだろうな、朝の風呂。
多分夜の方が雰囲気あるし、余計なものが見えなくていいとは思うんだけど。
でも、明るい日の中で入る経験もしておきたい。
またうつら、としかかってハッとまぶたを持ち上げる。
体力のない俺には、旅行プラス温泉は十分な運動に匹敵する疲労度らしい。
「それ、やめろ……撫でるな」
こめかみから差し込まれた指が、ゆっくり後頭部まで滑っていく。
デカいくせに割と繊細な、朝霧の手。
繰り返される心地よさと、そして、満たされていく何か。
「ダメか?」
「ねむく、なる……」
再び閉じてしまったまぶたの向こうで、朝霧が小さく吹き出す音がした。
温かな心地よさが髪から消え、ああ、言わなきゃよかったと後悔した。
「俺が寝かしつけてやる」
低いくすくす笑いが間近く聞こえて、大きな気配をすぐそばに感じる。
何とか開いた目の前に、朝霧。
あれ……? お前、布団近づけた?
近くなった距離で、朝霧が再び髪を撫で始める。
ホッと力を抜いて目を閉じ……寝たらダメだったと、慌てて開けた。
「寝ろ。寝ていいぞ」
「……お前こそ、寝ろよ……」
「ああ、俺も寝る」
そうか、ならいいのか。
閉じたまぶたの裏に焼き付いた、朝霧の顔。
堪えようもなく溢れている、その表情。
……お前、すげえ幸せそう。
なら、いいか。
俺の口角も、自然と上がる。
もう一度、朝霧の顔を見たいと思ったけれど、もう俺のまぶたは下りきってしまったのだった。
「もっと食え」
「もう食えねえよ!」
ならなんで買った、みたいな顔をするな。そりゃあ、お前への嫌がらせに決まってんだろ!
肝心の朝霧くんは、むしろ食い物がいっぱいでほくほくしているけど。
土産から特産、カップ麺まで色々買ったものの、夕食もあれだけ食ったのに、俺の腹に入る余地があるはずなかった。
敷かれた布団の上で、ごろごろしながら買ったものを食っている。
最高にだらしなくて、最高に居心地がいい。
明日、帰るんだよな……。
一泊って、ホントあっと言う間だ。
ごろり、と転がると、朝霧の視線が俺の上を滑る。
はっと胸元の合わせを押さえて、睨み上げた。
小さく笑った朝霧が、よし、とでも言うように頷いてみせる。
腹が立つ。
……こんなことがあっても、帰るのが惜しいと思ってるんだもんな……。
はあ、と溜息を吐いて立ち上がった。
トイレに向かうふりで、洗面所へ足を運ぶ。
しばし鏡と見つめ合い、明るいライトの下でちらりと片襟を開いた。
インドア派の白い肌に、くっきりとよく映える、紅色の痕。
「うっ……」
ぶわり、顔が熱くなると同時に、うっすら赤面する俺と目が合った。
くそ……どう見ても、誰が見ても、誤魔化しようもなくキスマーク。
あんな一瞬で、よくこんなくっきりと……。
やっぱ肺活量の差だろうか。俺だとこんな風にはならない。
オリンピック選手だからな、きっとそうだ。
余計な方へ思考が流れないよう、色気のないことを必死に脳裏に浮かべて逃げ回る。
「あ~~もう!」
火照る顔が治まらず、咄嗟にざあざあ水を出して手を濡らした。
……めちゃくちゃ冷たい。
心臓がきゅっとするような水温に、ホッとして息を吐いた。
「少し薄くなったか?」
「うわあ?!」
背後からの声に飛び上がって、水しぶきが飛び散る。
後ろから手を伸ばした朝霧が、呆れ顔で水を止めた。
当たり前のようにタオルで俺の手を拭い、握り込む。
「冷たいな」
「当たり前だろ?! 何なんだ?!」
「すげえ水音がするから」
あ……そりゃそうか。こんな近い場所にいたら気付くな。
手を振り払って、鏡越しの朝霧と視線を合わせる。
その視線がどこを見ているのか気が付いて、肘で背後の身体を押しやり合わせを整えた。
それと同時に、さっきの『薄くなった』が何を指していたのか気が付いた。
薄くなるわけないだろ、こんな短時間で!! めちゃくちゃくっきりついてるわ!
「お前……これ、中々消えないだろ?! どうすんだ、会社で着替えるようなことがあったら!」
「別にいいだろ」
「いいわけあるか!! 彼女はいないってみんな知ってんだぞ?!」
つうか、彼女だったらこんなガッツリ色濃いやつにならねえ気がする。
もはやこれは、内出血だ。
「着替える機会なんかない」
「ないけど……分かんないだろ。普通に気になるし!」
「気にしてろ」
にやっと笑う鏡の中の朝霧にそこはかとなく野生を感じて、急いで振り返った。
じ、と見上げた朝霧は、誤魔化すように視線を逸らして洗面所を出ていく。
ついでのように、俺の腕を引っ張って。連れて行こうとすんな。
「……お前なら、もっと困るだろ。やり返されたらどうするつもりだよ」
布団に座り込んで、不貞腐れる。
朝霧がキスマークつけていたら……ふと考えて、ふふっと笑った。
阿鼻叫喚の大騒動になるだろうな。
だってどこにつけても見えるだろ。水着だぞ。
そうだ、背中に落書きでもしたら、面白いかもしれない。
あー……でも、そういうのも特定班に俺ってバレそうで怖い。
「いつでもやり返せ。歓迎だ」
「は……? いやお前……馬鹿か」
全然関係ない方へ思考が逸れていた俺は、一瞬きょとんとして、身を乗り出す朝霧から体を引いた。
こいつは……考えなしにもほどがある。
「つけてみろ」
「やるわけねー!! お前と一緒にすんな!」
ぐっと襟を開けた朝霧から視線を剥がし、背中を向けて布団に転がった。
本当に、馬鹿じゃねえの。
あの、日に焼けた肌に――俺の、痕。
吐く息すら熱くなってくる気がして、頭をかきむしりたくなる。
余計な事言いやがって……!
考えてしまうだろ! 色々と。
「ナオ、もう寝るか? 寝たか?」
「……そんなすぐ寝付くかよ。歯ぁ磨く」
なんでもないような朝霧の声に、深呼吸して立ち上がった。
……寝られるかな、と思いながら。
……そう、思っていたんだけど。
温泉に入ったさらさらの身体で、清潔な寝具。
ほんのり肌寒いくらいの室温と、温かく重めの布団。
暗い室内に、外のささやかなライトアップがしみ込んでいる。
最高の環境に、危うく瞬時に眠りに落ちるところだった。
そんな子供みたいな真似、恥ずかしいだろ。
さっき、ああ言った手前、余計に。
眠気を覚ますようにごろりと朝霧側へ寝返りを打って、ちらりと目を開けた。
「……眠れねえの?」
てっきり目を閉じていると思ったのに、ばちっと目が合って驚いた。
微かに笑った朝霧が、長い腕を伸ばして俺を撫でる。
「いや、起きてるだけだ。ナオは眠そうだな」
「別に?!」
「寝ろ。明日も朝から温泉に入るんだろ」
そう、朝風呂に入ると意気込んで、既に入浴セットを準備してある。
寒いだろうな、朝の風呂。
多分夜の方が雰囲気あるし、余計なものが見えなくていいとは思うんだけど。
でも、明るい日の中で入る経験もしておきたい。
またうつら、としかかってハッとまぶたを持ち上げる。
体力のない俺には、旅行プラス温泉は十分な運動に匹敵する疲労度らしい。
「それ、やめろ……撫でるな」
こめかみから差し込まれた指が、ゆっくり後頭部まで滑っていく。
デカいくせに割と繊細な、朝霧の手。
繰り返される心地よさと、そして、満たされていく何か。
「ダメか?」
「ねむく、なる……」
再び閉じてしまったまぶたの向こうで、朝霧が小さく吹き出す音がした。
温かな心地よさが髪から消え、ああ、言わなきゃよかったと後悔した。
「俺が寝かしつけてやる」
低いくすくす笑いが間近く聞こえて、大きな気配をすぐそばに感じる。
何とか開いた目の前に、朝霧。
あれ……? お前、布団近づけた?
近くなった距離で、朝霧が再び髪を撫で始める。
ホッと力を抜いて目を閉じ……寝たらダメだったと、慌てて開けた。
「寝ろ。寝ていいぞ」
「……お前こそ、寝ろよ……」
「ああ、俺も寝る」
そうか、ならいいのか。
閉じたまぶたの裏に焼き付いた、朝霧の顔。
堪えようもなく溢れている、その表情。
……お前、すげえ幸せそう。
なら、いいか。
俺の口角も、自然と上がる。
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