佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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10 口説き文句

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 ――ドライカレーを頬張りながら、俺は若干ほろ苦い過去の出来事を噛みしめていた。
ああ、俺にもう少し、朝霧くらいの落ち着きがあれば……。

そんなわけで俺は毎回2人分の食事……いや、ひとりで3人分くらい食う朝霧のおかげで、一家の食卓的な量を作る羽目になっていた。
とはいえ、手間は大して変わらないし、食費が朝霧持ちになったことで、30円やそこらの差で食材に悩まなくていい。
しかも料理の選択肢が増え、俺の夕食もグレードアップして、SNSの評判も上々。
結果的に満足はしている。少量では作りにくい料理は多いものだ。
それに――。

「美味い? お代わりあるぞ」
「美味い」

あの量、もう食ったの?! 
ああして、嬉しそうにお代わりを入れに行く朝霧を見るのは、悪くない。こいつのこのデカい体の何割かは、俺が作ってやってる――かもしれないだろ。

もちろん、以前は彼女に作ってもいた。
だけど、彼女と2人分の飯はこんなに多くない。お代わりもしない。
嬉しいもんだな、いそいそお代わりされるってさ。

学生の頃、食べ盛りだった俺に母親がやたらと飯を盛って出していたけど、ちょっと分かる。さあ、たんと食え! って出したくなるよな。
ましてや、こんな量を出してペロッと食われたら、そりゃあ気分も上がるってものだ。

「……卵は?」
「冷蔵庫にあるぞ。フライパン洗ってないけど、そのまま使っていい」

どうやらドライカレーに乗せていた、半熟目玉焼きがお気に召したらしい。
そこにフライパンがあるのだから、どうぞご自由に。2個入れてくれてもいいぞ。お前の金だし。
だけど、朝霧は冷蔵庫から卵を取り出したものの、何やら逡巡している。

「何だよ、さすがに目玉焼きは自分でできるだろ?」
「前に作ったら、爆発した」
「……お前、それ電子レンジでやったろ? フライパンで爆発はしねえよ」

そんな、小学生のやるようなミスを……。
しかもお前、卵が爆発するもんだと思ってるな? 電子レンジが原因だと気付いていないときた。

「ほら貸せ。あのな、これだけなんだよ!」

熱したフライパンに卵投入、とりあえず早く仕上げたいから水少量を入れて蓋。
朝霧は、至極真面目に手元に集中している。

「蓋をするのか……」
「蒸す時はな。カリカリにしたい時は弱火でじっくり焼け。ちなみに蓋をするのは爆発の用心じゃねえよ」

驚いた顔をするな。
お前はきっと、生卵も電子レンジに入れた派だろう。
大丈夫だよ朝霧君、卵は、爆発しない。レンジさえ使わなければ。

ウチでそれをやられたらたまらないので、懇切丁寧にレンジを使うなと説明してやった。

「ほい、乗せるぞ。な? 簡単にできるだろ。ゆで卵も、言った通りにやればできるから」

嬉しそうだな。無表情の割りに。
こいつも、一人暮らしは向いてないんじゃねえ? アスリートのくせに、栄養管理がサッパリだし。
朝霧君、これで大会で活躍したら、奢ってくれてもいいのだよ?

「そういや、大会前は食事も会社で管理してもらえるんだっけ? その間は、俺1人分の飯になるってことか。食材の都合があるから、早めに言えよ?」
「ああ……」

ドライカレーをがっついていた朝霧が、ほんのり眉間にしわを寄せた。

「何、栄養管理メニューってやっぱ美味くねえの?」
「……マズくはない」
「つまり、美味くはねえんだ」

朝霧の言いように、そんなもんだろと笑った。
あくまで一般会社の食堂で作られるメニューだからな。せいぜい病院食クオリティかもしれない。タ〇タとか大手の会社だとすげえのかもしれねえけど。

「文句言うなよな~。お前、あんなに適当な食生活だったくせに」
「あの時はな」

アスリート飯か……。朝霧の分はカロリー的に一般向けにはならねえけど、メニュー自体はバランス食として参考になるかもしれないな。
最近健康志向も高いし、レシピにそういう趣向を盛り込んでみると評判がいいかもしれない。
一品一品でしかレシピを出してなかったけど、もしかすると1食分としてバランスメニューを提供する方が、喜ばれるかもしれないな……。

PR担当として真面目に仕事について考えていると、なんと3杯目のお代わりをよそってきた朝霧が、ゆっくり食べながら少し考えるような顔をする。

「今は、お前の飯が美味いから」
「おっ……おう」

思わず、口に入れたドライカレーを吹き出しそうになりながら、目の前の男前をまじまじと見た。
そんなこと、言う? お前、その顔で。
少々イタズラ心が湧いてくるのは仕方がないだろう。

「おやおや? もしかして俺、口説かれてます?」
「……は?」

そうだろうな、と思った通りの『何言ってんだコイツ』みたいな目。
茶化した俺は、もったいぶった顔でスプーンを突きつけた。

「あのね、お兄さんが教えてあげる。そういうことは、そういう顔で言っちゃダメなわけ」
「どれを、どんな顔で」
「あー、ひとまずお前の顔だと、褒める系は全部ダメ」
「……」

憮然とした顔に、つい吹き出した。
そもそもコイツ、人を褒めることなんてそうそうなさそうだけど。

「けどまあ、俺の飯は世界最高だからな! うんうん、しっかり違いの分かるお前はなかなか見所がある。褒めてやってもいい」
「そこまで言ってない」
「でも、美味いんだろ?」

渾身のドヤ顔で言ってやれば、朝霧が渋々頷いた。

「ふふふ、結構結構。そういう素直さ、嫌いじゃねえよ?」

失礼にも呆れた顔をしていた朝霧が、何かに気付いたように俺を見た。
……うっ、となる。
お前、眼光強いんだよ。真正面からぐっと合わされた双眸は、なかなか腹に堪える。

「じゃあ、今のは?」
「……今の? 何のことだよ?」
「そうか、佐藤は俺を口説いたのか」

へえ、とわずかに細められた瞳から、匂い立つような色気が漂った。
こくっと俺の喉が鳴ったのが分かる。

「なっ、はあ?! 馬鹿じゃねえの?!」

一瞬呆けて、反射的に立ち上がった俺は、にやっと笑った朝霧にまんまとしてやられたのだった。
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