佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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11 ベンチプレス

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皿を洗いながら、俺は考えていた。
今日は和食が食いたいと思って煮魚を作ったのだけど、魚の場合って大食い相手にどうすりゃよかったわけ?
一応、朝霧には2尾渡したけども、まあ足りるはずない。
けどさ、煮魚ってそんな大皿いっぱい食うもんじゃなくねえ?! 魚、結構高いぞ。

朝霧は何も言わなかったけど、物足りなさそうな気配をひしひしと感じていたたまれなく、結局肉野菜炒めを追加する羽目になった。
しょうがない、魚をメインにする日は、腹を満たすだけの簡単な肉料理を追加しよう。
それだけ食っても太らない身体は、随分燃費が悪い。それに、日々全て消費するだけの運動をしているんだろうな。

俺なんてちょっと食い過ぎたら、すぐ腹の辺りにストックができるのに。
とても燃費がいいからな。……全然嬉しくねえけど。
だって普段は会社で座ってるし、休みといえば一日中家にいる俺では、消費のしようもない。

そう言えば、休みの予定のことで朝霧に声を掛けようと思っていたのを忘れていた。
俺は洗い物を片付けながら、洗濯物を畳んでいる朝霧を振り返った。
デカい男がちまちま洗濯を畳んでいる姿、ちょっと笑える。

ちなみに俺が飯を作るんだから、朝霧が洗い物をすると申し出てはくれたのだけど、こいつ割りと不器用で大雑把なんだよ。だから、早々に洗い物担当はクビにした。

「朝霧、明日は?」
「トレーニング?」

なんで疑問形なんだよ。つまり予定はないってことだな。
朝霧ってやつは、見た目通りにストイックな生活を送っている。アスリート部として、時短勤務後は日々トレーニングを行い、その後プール練習。休日も基本的にトレーニングやプール練習をしているらしい。

そんなに激務なのかと目を剥いたものの、休日練習は単に朝霧が自主的にやっているだけだとか。そりゃあ、顔が良くても女性とお付き合いの機会がないわけだ。

「休みの日は自主トレなんだろ? 大会前じゃないなら、買い物行かねえ?」
「行かない。買う物がない」

即答した朝霧は、洗濯物の塔を俺と自分の二つに分けて隅へ押しやった。
 
「あのな、行ってみたらどう? って言ってんじゃねえの。俺と一緒に行かねえ? つってんの」

そう言い直してやると、やっぱり勘違いしていたらしい朝霧がキョトンと顔を上げた。

「……俺と?」

不思議そうな顔をする朝霧に、満面の笑みを向ける。

「そう、いいだろ? お前に買う物がなくても、俺にはあるんだよ。お前も、付き合えよ」
「朝練の後なら……?」

トレーニングはするのかよ! 
まあいい。俺はまんまと約束を取り付けて、ほくそ笑んだのだった。



翌日、休日だというのに会社にやって来た俺は、そっとジムの中を覗いてみた。もっと広々としているかと思っていたけれど、案外雑多で物が多い。

朝霧は……見当たらないな。
約束の時間も近いし、もうロッカールームだろうか。

そう言えば、俺も鍛えようとか考えたこともありました。それが今初めてジムを訪れている時点で、お察しである。
ジムは一応開いているものの、休日だからかほとんど人はいないし、何なら受付にも人がいない。きょろきょろしながら室内に入ると、むわっと高い室温を感じた。

「ふーん、これがベンチプレスね」

周囲を見回して、誰も俺に注目していないことを確認した。ジムを活用するなら有料だけど、ちょっと持ち上げてみるくらい、怒られやしないだろう。
いかにも重そうなバーベルは、こっそり力を入れても全く持ち上がらない。ベンチプレスの体勢になれば、少しは上がるのだろうか。

シートに背中をつけ、胸を高鳴らせながら仰向いてバーベルを握ってみる。正直、この体勢の方が持ち上げにくい気がしてならない。

「んっ……? あれ? もしかしてこれ固定されてる?」

ピクリともしなかったバーベルに首を傾げ、ロックのようなものがあったかもしれないと支柱に視線をやった。

「……佐藤に75kgは無理だと思う」
「うわっ! お前、いたの?!」

思わず飛び起きようとして、素早く朝霧に押さえつけられた。そう言えば、目の前にバーベルがあるんでした。
スポーツウェア姿の朝霧は、スーツとパジャマしか見ていなかった俺からすると、どこか他人みたいでそわそわする。

「俺には無理、って朝霧はできんの?」

そもそもこれが75kgって知っていたら、持ち上げようなんて気も起こさなかったけど。俺はアリンコじゃないんで、自分より重い物が上げられるわけない。

朝霧は慣れた様子でベンチプレスの姿勢をとると、カシャンとラックからバーベルを持ち上げた。……持ち上げた?! 

「普通、補助付きでした方が良い」

顎が外れそうになった俺の気も知らず、そんなことを言いながら数回上げ下げして、何事もなかったかのようにバーベルをラックへ戻した。

「えええ……何キロまでならいけんの?!」
「さあ……? 100kgは一応」

……そりゃあ、あんな身体になるわけだ。

当たり前のような顔で汗を拭った朝霧は、いかにもアスリートで、デカくて。
全然、違う人間に見えた。
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