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アスリート、か。
ぼんやりと壁にもたれて、俺は見るともなしに対面に張り出された注意喚起を眺めていた。
普段スーツ着て内勤してるとこしか見てなかったから、知ってはいたけど、普通の同僚感覚だった。
ちょっと、いや、結構ガタイのいい同僚。
けど、本当にアスリートなんだよなあ。
「――どうした?」
ぼうっとしていたところに思わぬ距離で低い声が聞こえ、ギクリと肩が揺れた。
「ど、どうって?! 別に、何も?」
間近く覗き込まれていたことに今気付いて、慌てて端正な顔を押しやった。
「いつもより、静かだろ?」
「一人で待ってんのに、うるさくするわけないだろ?! 子どもかよ俺は!」
憤った俺に安堵する表情が解せない。
ちなみに俺はただ、朝霧の着替え待ちをしていただけだ。
「……お前、私服持ってたんだな。初めて見た」
ちら、と朝霧の姿に目をやって、チクリと言ってやった。
「ああ、引っ越してから初めて着た」
皮肉の通じないヤツめ……。
普段どうしてるのかと聞けば、スーツとスポーツウェアしか着ていないとか。
どうりで荷物が少なかったわけだ。
「俺も、初めて見た」
まじまじ見つめられ、じろりと見上げる。
「俺は休日、フツーに私服着てるけど?!」
「でも、俺は見てない」
だろうな。お前が出る頃はパジャマ、帰ってきた頃もパジャマだわ! 決して俺がぐうたらしているわけじゃない。お前がストイックなだけだ。
どシンプルな朝霧と比べて、俺はちゃんと『気を使っている』と分かるファッションだろう。
……だからって、どっちが見栄えするかなんて、言わなくていい。
「なんだよ、お前と違って普通にお洒落だろ。いいと思ったら褒めていいぞ」
朝霧の視線が離れないことに居心地が悪くなって、言わなくてもいい軽口を叩いた。
ここで、『俺の方が格好いいけどな』なんて言われたら、ぐうの音も出ないところだ。
「そうだな。スーツの時より随分幼……か、わいい?」
律儀に答えた朝霧に、思わずぶっと吹き出した。かわいいって言いやがった! この顔で!
あからさまに失言を取り繕おうとした結果の、大失言だ。
ちなみに幼いって言いかけたの、気付いてるからな!! 悪かったな童顔で! 童顔チビとかどこに持っていっても恥ずかしくないコンプレックスだよ!! そこにハゲとデブは足すまいと俺がどんなに気を使っているか!
と、いうわけで朝霧君。
俺がこんな素晴らしい反撃チャンスを、逃すわけがない。
「え? なんて? 今なんて言った?」
とびきりのピュアな笑みで、しまったと顔をしかめる朝霧に詰め寄った。
それはもう、邪気の欠片も見つからない曇りなき眼だ。こういう時こそ童顔が活かされるというもの。
「褒めてくれたんだろ? もう一回教えてくれよ」
「……いや、若く見えるな、と」
さらっと取り繕いやがった! だけど、同僚から幼い呼ばわりされて虫の居所の悪い俺は諦めない。
これが年上のお姉さんなら、まだ、ちょっと、こう……それはそれでいいかなとか思うのが不思議だ。
「ん? そうじゃないよな? さっき何て言った? 聞きたいな~?」
朝霧の眉間に思い切りシワが寄っている。よしよし、このネタはしばらく使える。
もう一押ししてから許してやろうかと考えた時、朝霧がため息を吐いた。
急に気配が変わった気がして、朝霧を見上げた。
なんか……違う。
そっと離れようとしたのを察知したように、朝霧の方が一歩踏み込んだ。
ふいに頭上から伸ばされた手に気付いて、思わず首をすくめた。
瞬間、するり、と俺の頬を撫でるように大きな手が這わされ、頭を固定する。
手入れなんてしていないだろう荒れた手が、ガサついていて。
屈み込んだ朝霧が、固まる俺を見て微かに口角を上げた。
ぐっと寄せられた顔に、焦点を合わせられない。
ぶつかる、なんて馬鹿なことを考えて思わず目を閉じてしまった。
「かわいい、な」
笑みを含んだ声が、耳元で囁いた。
ふっと圧迫感から解放され、ちら、と片目を開けると、口元を押さえて震える朝霧がいた。
び、ビックリしたんですけど?! お前、そんなノリすんの?!
縮こまっていた身体が、安堵でへたり込みそう。
「お、お、お前ぇええーー!! 女慣れしてないとか、嘘じゃねえか!」
「そんなこと、言ってない」
しれっと言ったそれは、アレですか? 女慣れしてますって宣言か?!
「満足したか?」
してやったり、の顔にぎりぎり歯噛みした。からかうつもりが、超絶カウンターを食らってしまった……。
お前がそんなに笑ってるのも、今初めて見たんだが!!
「くそ、覚えてろ……」
毒づいた俺は、踊らされた心臓をなだめつつ、思い切り不貞腐れて歩き出したのだった。
ぼんやりと壁にもたれて、俺は見るともなしに対面に張り出された注意喚起を眺めていた。
普段スーツ着て内勤してるとこしか見てなかったから、知ってはいたけど、普通の同僚感覚だった。
ちょっと、いや、結構ガタイのいい同僚。
けど、本当にアスリートなんだよなあ。
「――どうした?」
ぼうっとしていたところに思わぬ距離で低い声が聞こえ、ギクリと肩が揺れた。
「ど、どうって?! 別に、何も?」
間近く覗き込まれていたことに今気付いて、慌てて端正な顔を押しやった。
「いつもより、静かだろ?」
「一人で待ってんのに、うるさくするわけないだろ?! 子どもかよ俺は!」
憤った俺に安堵する表情が解せない。
ちなみに俺はただ、朝霧の着替え待ちをしていただけだ。
「……お前、私服持ってたんだな。初めて見た」
ちら、と朝霧の姿に目をやって、チクリと言ってやった。
「ああ、引っ越してから初めて着た」
皮肉の通じないヤツめ……。
普段どうしてるのかと聞けば、スーツとスポーツウェアしか着ていないとか。
どうりで荷物が少なかったわけだ。
「俺も、初めて見た」
まじまじ見つめられ、じろりと見上げる。
「俺は休日、フツーに私服着てるけど?!」
「でも、俺は見てない」
だろうな。お前が出る頃はパジャマ、帰ってきた頃もパジャマだわ! 決して俺がぐうたらしているわけじゃない。お前がストイックなだけだ。
どシンプルな朝霧と比べて、俺はちゃんと『気を使っている』と分かるファッションだろう。
……だからって、どっちが見栄えするかなんて、言わなくていい。
「なんだよ、お前と違って普通にお洒落だろ。いいと思ったら褒めていいぞ」
朝霧の視線が離れないことに居心地が悪くなって、言わなくてもいい軽口を叩いた。
ここで、『俺の方が格好いいけどな』なんて言われたら、ぐうの音も出ないところだ。
「そうだな。スーツの時より随分幼……か、わいい?」
律儀に答えた朝霧に、思わずぶっと吹き出した。かわいいって言いやがった! この顔で!
あからさまに失言を取り繕おうとした結果の、大失言だ。
ちなみに幼いって言いかけたの、気付いてるからな!! 悪かったな童顔で! 童顔チビとかどこに持っていっても恥ずかしくないコンプレックスだよ!! そこにハゲとデブは足すまいと俺がどんなに気を使っているか!
と、いうわけで朝霧君。
俺がこんな素晴らしい反撃チャンスを、逃すわけがない。
「え? なんて? 今なんて言った?」
とびきりのピュアな笑みで、しまったと顔をしかめる朝霧に詰め寄った。
それはもう、邪気の欠片も見つからない曇りなき眼だ。こういう時こそ童顔が活かされるというもの。
「褒めてくれたんだろ? もう一回教えてくれよ」
「……いや、若く見えるな、と」
さらっと取り繕いやがった! だけど、同僚から幼い呼ばわりされて虫の居所の悪い俺は諦めない。
これが年上のお姉さんなら、まだ、ちょっと、こう……それはそれでいいかなとか思うのが不思議だ。
「ん? そうじゃないよな? さっき何て言った? 聞きたいな~?」
朝霧の眉間に思い切りシワが寄っている。よしよし、このネタはしばらく使える。
もう一押ししてから許してやろうかと考えた時、朝霧がため息を吐いた。
急に気配が変わった気がして、朝霧を見上げた。
なんか……違う。
そっと離れようとしたのを察知したように、朝霧の方が一歩踏み込んだ。
ふいに頭上から伸ばされた手に気付いて、思わず首をすくめた。
瞬間、するり、と俺の頬を撫でるように大きな手が這わされ、頭を固定する。
手入れなんてしていないだろう荒れた手が、ガサついていて。
屈み込んだ朝霧が、固まる俺を見て微かに口角を上げた。
ぐっと寄せられた顔に、焦点を合わせられない。
ぶつかる、なんて馬鹿なことを考えて思わず目を閉じてしまった。
「かわいい、な」
笑みを含んだ声が、耳元で囁いた。
ふっと圧迫感から解放され、ちら、と片目を開けると、口元を押さえて震える朝霧がいた。
び、ビックリしたんですけど?! お前、そんなノリすんの?!
縮こまっていた身体が、安堵でへたり込みそう。
「お、お、お前ぇええーー!! 女慣れしてないとか、嘘じゃねえか!」
「そんなこと、言ってない」
しれっと言ったそれは、アレですか? 女慣れしてますって宣言か?!
「満足したか?」
してやったり、の顔にぎりぎり歯噛みした。からかうつもりが、超絶カウンターを食らってしまった……。
お前がそんなに笑ってるのも、今初めて見たんだが!!
「くそ、覚えてろ……」
毒づいた俺は、踊らされた心臓をなだめつつ、思い切り不貞腐れて歩き出したのだった。
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