佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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14 賄賂と闇取引

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「ナオ君! 最近、どう? ねえ、そろそろ仲良くなったでしょ、朝霧君どんな感じ? 写真は? 写真ないの?!」

 そろそろ昼休憩するか、と両手を伸ばしたところで、七瀬さんがいそいそ俺のデスクまでやって来た。

「それなりにやってますよ。男2人なのに、写真なんかあるわけないでしょ」
「なんでよ?! 相手が女の子じゃないからこそ、いくらでも撮れるでしょ?!」

 それはそうだ。まあ、俺は女の子の写真なら頑張ってでも撮るかもしれないが。

 この上司ときたら、ルームシェアを始めた途端、朝霧の様子を根掘り葉掘り聞いてきたものだ。
 だけど、当時の朝霧は俺より早く出て、俺より遅く帰って速攻寝るという生活だったからな。むしろ毎日顔を合わせる満員電車の他人よりも、接触時間が少ないくらいで。
 つまり俺ができた報告と言えば『多分寝てました』しかない。

「上司命令だと思って朝霧君の写真撮ってきてよ~! あ、でも朝霧君が本気で嫌がりそうならやめて。空気読んで」
「なんであいつ相手に空気読まなきゃいけないんですか……」

 言った途端、聡い七瀬さんは極上の笑みを浮かべた。

「おや? おやおやおや? 君ら、仲良くなったね? ナオ君、どうなの」
「別に、普通です」
 
  スッ……と机の上に滑らされたのは、コンビニの中でも高級ラインのチョコ。俺が手を出せない部類の。
 スッ……とそれをかばんにしまい、俺は何事もなかったようににっこり微笑んだ。

「ええ、食費を負担してもらう代わりに、俺が飯作るようになったんで。だから、それなりに会話する仲にはなった感じです」
「素晴らしい……大きな功績ね。それで?」
「それで、と言われても……。飯食って、朝霧が洗濯畳んで、寝ます」

 確かに仲は良くなったと思うが、一般人の生活に上司へ報告できるようなものはない。

「えっ、朝霧君に洗濯畳ませてるの? え~やだそんな家庭的な朝霧君もかわいい。それでそれで?」
「それで全部です」

 チッと舌打ちが聞こえたのは気のせいだろうか。

「報連相は業務の基本よ?! ナオ君もう新人じゃないんだから、もう少し自覚を持ってくれないと」
「七瀬さんは上司の自覚を持って、部下のプライベート探ろうとしない方がいいと思いますけど?」 

 にらみ合いの最中、スッ……と二個目のチョコがデスクに乗った。素早くそれを引き寄せ、綺麗な笑みを向ける。

「えーと……和食より洋食が好きで、飯は3人前くらい食うんですよね。あ! ベンチプレス100kg上げられるって言ってました」
「うわあ~100kg! それって普通じゃないわよね?!」
「全然普通じゃないですよ?! 俺75kgでもピクリとも動かなかったですよ!」
「うん、まあナオ君のヒョロさも、普通かっていうとどうかと思うし」
 
 じろり、と睨み上げると、ハッとした七瀬さんが3個目のチョコをちらつかせた。

「さすがにもう何も思いつかないんすけど! 逆に何を聞きたいんです?!」
「うーん、じゃあ使ってるシャンプーとかボディーソープとか?」
「そんなもん聞いてどうすんですか?」
「ダンナ用に買おうかしら?」

 それ、一体どんな気分なわけ? こんな七瀬さんだけど、ちゃんと既婚者である。しかも、別に夫婦仲は悪くない。
 直接朝霧と会ったからってきゃあきゃあするわけでもないくせに、この人の心理は俺にはよく分からない。

「分からないかな~? 少しだけ遠い存在に疑似ときめきを得たい気持ち。アイドルとか、パンダとか、そういうのよ」
「パンダは違うんじゃ……」

 なんとなく、適当なくくりできゃあきゃあされてる朝霧に同情したくなってきた。

「似たようなものよ。それで?」
「ああ、洗う系は最初別の使ってたんですけど、なくなり次第、多分全部俺と一緒になります。面倒くさいんで。今、シャンプーは俺使ってるやつです。俺と一緒になりますけど、ダンナさんに買います?」
「え、じゃあこれ、朝霧君の香りなのね……! ちょっと失礼して」
「七瀬さん、目を覚ましてください。これは俺の香りです」

 花の匂いでも嗅ぐように顔を寄せられ、思わずのけ反った。俺の方こそ、七瀬さんの何かいい香りがふわっと鼻を掠めて慌ててしまう。

「もう、夢を壊すようなこと言わないでよ!」
「酷い言い草?! いいから、ちゃんと現実を見てください。あと俺、これから昼なんであっち行ってくれます?」

 ブツブツ言う上司を追いやり、俺は戦利品のチョコを眺めて考えた。
 よし、朝霧のネタを集めておこう、と。
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