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16 唐揚げ
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「いいんですか、それで」
スマホを見せた途端、無言で釘付けになった七瀬さんが、デスクへチョコを滑らせた。
朝霧の後ろ姿とか、ちょっとだけ顔が見えてる画像でしかないけど、これで良かったらしい。
「私服……! スーツだとあんまり意識しないけど、やっぱり身体が大きいのねえ」
「私服っていうか、パジャマですけどね。それは思います、朝霧、デカいです。家が小さく見える」
いたって標準サイズの我が賃貸なのに、縮尺がおかしいような気になる。と言っても、朝霧は確かそこまで身長が高いわけでもなかったはず。
「私のデータによると……186㎝だっけ? そのくらいだと大柴君もそうよね?」
そう、デカいのはデカいけど、その程度は身近にもいる。だけど朝霧はなんというか、全体的にデカい。威圧感が凄い。多分、厚みやら何やらが一般人と全然違うからだ。
「均整が取れてるからかしら? 雑誌で見ても大きいと思わなかったんだけど。こうやって見ると朝霧君はでっかいのね……ところでナオ君は何㎝だっけ?」
わざとらしく聞いたのは、絶対に嫌がらせだ。
素早くスマホを取り上げて睨みつけると、上司はケチ、と唇を尖らせた。
「もう写真撮りませんよ!」
「何でよ! ちょっと2人並んだ写真で見比べたいなと思っただけじゃない!」
「絶対撮らないです!!」
ガタイのいいイケメンの横になど並んでたまるか!
オレと朝霧の身長差、18㎝……ちょうど頭一つ分くらいか……。いや、そう考えると大した差ではないとも言える。言えるはずだ。
「じゃ、次のレポートも楽しみにしてるわ」
「あれ? 画像いらないんですか?」
「さすがにね、私のスマホに保存すると犯罪臭が……」
「自覚あったんですね」
今度は七瀬さんがじろりと俺を睨む。素知らぬ顔で爽やかな笑みを浮かべた。
「俺、次はハースのレーシィシリーズチョコがいいです」
「……レポートの出来次第ね。それによっては飴一個にするわよ!」
子どもの駄賃でもそれはないだろ! なんだよレポートって。
ブツブツ言う俺に、ぽんと冊子が渡された。
「何です? これ」
「我が社で特集組んだ時の、掲載雑誌よ。まだあるから、あげるわ。参考資料にちょうどいいと思うから」
……急に上司モードじゃねえ?
颯爽と去って行った七瀬さんは、どうやら定時退社するらしい。
俺も帰り支度をしようとスマホの通知を確認し、冷蔵庫の中身を思い浮かべた。
「唐揚げかあ。けどアイツ、どんくらい食うわけ?」
コロッケは大皿に盛った分全部食いやがったからな……唐揚げなら10個、いや15個か。と、見せかけて20個は食うと見た。
あれ依頼、嬉々としてリクエストしてくる朝霧は、幸い難しい注文はつけてこないので、俺としてもメニューに悩まなくてすむ。できれば、冷蔵庫の中身から食いたいモンを考えてくれると、もっとありがたいが。
朝霧が帰宅する頃に、ジュウジュウいわせておいてやろう。
きっと、カバンも置かずに俺の手元をのぞきに来る。無言で瞳をきらめかせ、期待に満ちた目で俺を見るに違いない。
つい上がった口角を引き締め、俺は手早く散らかったデスクを片付けたのだった。
――ガチャリ
玄関ドアの開く音に、思わずほくそ笑む。
さすが俺、計算通りだ。
大きな歩幅ですぐさまキッチンまでやってきた朝霧が、そわそわ俺の手元を覗き込む。
「唐揚げ?」
「おう、おかえり。スポンサーの注文通り、作ってやったぞ」
ただいま、とおざなりに呟きながら、朝霧はその場を離れない。
ちら、と俺の顔をうかがって、ちら、と出来たての唐揚げに視線を落とす。
ごく、と動いた喉仏がちょうど俺の視界に入った。
「……ほらよ、味見」
思わず吹き出して、菜箸で小さい1個を差し出してやると、箸ごと食いそうな勢いで食いついた。
まったく、躾のなってない犬になってしまって困ったものだ。
「美味い」
「だろうよ」
ま、当然悪い気はしない。
やっと手を洗いに行った朝霧を密かに笑い、冷蔵庫を開けた。
唐揚げときたら、やっぱレモンチューハイだろう。俺の独断と偏見で、レモンチューハイばかり5種類をテーブルに並べた。
既にパジャマに着替えた朝霧が、二人分の箸とコップを並べ、飯をよそう。
「だから、多いって。そんなに食わねえの!」
「これでもか……」
ただ朝霧はいつまでたっても、俺の飯の量を把握しない。そんな、漫画みたいな量食わないって。
山盛りになった俺の茶碗を指摘すると、俺の飯を削って自分の丼に入れている。
朝霧に茶碗はない、どんぶりだ。
手もでかい朝霧だから、どんぶりを持っていても違和感が仕事しないのが不思議だけども。
ふう、と息を吐いて渇きを自覚した。
ずっと唐揚げを揚げていたからな……外は寒いだろうが俺は暑い。
唐揚げより先に飲み物がほしいが、朝霧がそわそわしながら『待て』をしているので、とりあえず座って手を合わせてやる。
『いただきます』が終わった途端、勢いよく唐揚げに手が伸びた。
かぶりついた大きな口からガリリ、と衣の砕ける音がする。
どうだ、俺特製カリッッカリ衣の唐揚げは。
弾けるほどにカリカリの衣が、厳重に、余すことなく閉じ込めた肉汁。
分かる? その弾ける肉、その滴る肉汁。
ほんの二口で口の中に収めた朝霧が、すぐさま次の唐揚げに手を伸ばした。
夢中で舐めた唇と、垂れそうになった肉汁を拭った手の甲。
頬を膨らませながらがっついて、馬鹿みたいな量の白飯を食う。
いつ見ても、すげえ食いっぷり。
まだ食ってないけど、ますます喉が渇いて苦笑した。
ひとまずエプロンを外して座り直すと、冷えた缶に手を伸ばす。
朝霧が、今初めて気付いたようにチューハイの方へ視線をやった。
「飲むのか?」
「唐揚げときたら、酒じゃねえ?」
「そうか?」
コイツ、食うときは食うばっかだからな。
引き起こしたプルタブが、手の中で小気味よい音をたてる。
よく冷えた缶に直接口を付け、ぐっと仰のいた。
干上がっていた喉がみるみる満たされ、酸味がきゅっと口の端を引き締める。
つい一気にぐいぐい飲んで、ふはっと息を吐き出した。
湧き上がる爽快感に、これがアルコールだと忘れて飲んでしまいそう。
ふいに、じっとこちらを見る朝霧と視線が合った。
「佐藤は、まだ食ってない」
「別に先飲んでもいいだろ。俺は味見したし、喉渇いてんだよ。お前、どれ飲む?」
缶を呷りながら残った4種類の缶を並べてやると、迷わず1つ持っていく。
ストロングか、朝霧酒強いしな。
何の気なしにそう考えて、ふと疑惑の目を向ける。
スマホを見せた途端、無言で釘付けになった七瀬さんが、デスクへチョコを滑らせた。
朝霧の後ろ姿とか、ちょっとだけ顔が見えてる画像でしかないけど、これで良かったらしい。
「私服……! スーツだとあんまり意識しないけど、やっぱり身体が大きいのねえ」
「私服っていうか、パジャマですけどね。それは思います、朝霧、デカいです。家が小さく見える」
いたって標準サイズの我が賃貸なのに、縮尺がおかしいような気になる。と言っても、朝霧は確かそこまで身長が高いわけでもなかったはず。
「私のデータによると……186㎝だっけ? そのくらいだと大柴君もそうよね?」
そう、デカいのはデカいけど、その程度は身近にもいる。だけど朝霧はなんというか、全体的にデカい。威圧感が凄い。多分、厚みやら何やらが一般人と全然違うからだ。
「均整が取れてるからかしら? 雑誌で見ても大きいと思わなかったんだけど。こうやって見ると朝霧君はでっかいのね……ところでナオ君は何㎝だっけ?」
わざとらしく聞いたのは、絶対に嫌がらせだ。
素早くスマホを取り上げて睨みつけると、上司はケチ、と唇を尖らせた。
「もう写真撮りませんよ!」
「何でよ! ちょっと2人並んだ写真で見比べたいなと思っただけじゃない!」
「絶対撮らないです!!」
ガタイのいいイケメンの横になど並んでたまるか!
オレと朝霧の身長差、18㎝……ちょうど頭一つ分くらいか……。いや、そう考えると大した差ではないとも言える。言えるはずだ。
「じゃ、次のレポートも楽しみにしてるわ」
「あれ? 画像いらないんですか?」
「さすがにね、私のスマホに保存すると犯罪臭が……」
「自覚あったんですね」
今度は七瀬さんがじろりと俺を睨む。素知らぬ顔で爽やかな笑みを浮かべた。
「俺、次はハースのレーシィシリーズチョコがいいです」
「……レポートの出来次第ね。それによっては飴一個にするわよ!」
子どもの駄賃でもそれはないだろ! なんだよレポートって。
ブツブツ言う俺に、ぽんと冊子が渡された。
「何です? これ」
「我が社で特集組んだ時の、掲載雑誌よ。まだあるから、あげるわ。参考資料にちょうどいいと思うから」
……急に上司モードじゃねえ?
颯爽と去って行った七瀬さんは、どうやら定時退社するらしい。
俺も帰り支度をしようとスマホの通知を確認し、冷蔵庫の中身を思い浮かべた。
「唐揚げかあ。けどアイツ、どんくらい食うわけ?」
コロッケは大皿に盛った分全部食いやがったからな……唐揚げなら10個、いや15個か。と、見せかけて20個は食うと見た。
あれ依頼、嬉々としてリクエストしてくる朝霧は、幸い難しい注文はつけてこないので、俺としてもメニューに悩まなくてすむ。できれば、冷蔵庫の中身から食いたいモンを考えてくれると、もっとありがたいが。
朝霧が帰宅する頃に、ジュウジュウいわせておいてやろう。
きっと、カバンも置かずに俺の手元をのぞきに来る。無言で瞳をきらめかせ、期待に満ちた目で俺を見るに違いない。
つい上がった口角を引き締め、俺は手早く散らかったデスクを片付けたのだった。
――ガチャリ
玄関ドアの開く音に、思わずほくそ笑む。
さすが俺、計算通りだ。
大きな歩幅ですぐさまキッチンまでやってきた朝霧が、そわそわ俺の手元を覗き込む。
「唐揚げ?」
「おう、おかえり。スポンサーの注文通り、作ってやったぞ」
ただいま、とおざなりに呟きながら、朝霧はその場を離れない。
ちら、と俺の顔をうかがって、ちら、と出来たての唐揚げに視線を落とす。
ごく、と動いた喉仏がちょうど俺の視界に入った。
「……ほらよ、味見」
思わず吹き出して、菜箸で小さい1個を差し出してやると、箸ごと食いそうな勢いで食いついた。
まったく、躾のなってない犬になってしまって困ったものだ。
「美味い」
「だろうよ」
ま、当然悪い気はしない。
やっと手を洗いに行った朝霧を密かに笑い、冷蔵庫を開けた。
唐揚げときたら、やっぱレモンチューハイだろう。俺の独断と偏見で、レモンチューハイばかり5種類をテーブルに並べた。
既にパジャマに着替えた朝霧が、二人分の箸とコップを並べ、飯をよそう。
「だから、多いって。そんなに食わねえの!」
「これでもか……」
ただ朝霧はいつまでたっても、俺の飯の量を把握しない。そんな、漫画みたいな量食わないって。
山盛りになった俺の茶碗を指摘すると、俺の飯を削って自分の丼に入れている。
朝霧に茶碗はない、どんぶりだ。
手もでかい朝霧だから、どんぶりを持っていても違和感が仕事しないのが不思議だけども。
ふう、と息を吐いて渇きを自覚した。
ずっと唐揚げを揚げていたからな……外は寒いだろうが俺は暑い。
唐揚げより先に飲み物がほしいが、朝霧がそわそわしながら『待て』をしているので、とりあえず座って手を合わせてやる。
『いただきます』が終わった途端、勢いよく唐揚げに手が伸びた。
かぶりついた大きな口からガリリ、と衣の砕ける音がする。
どうだ、俺特製カリッッカリ衣の唐揚げは。
弾けるほどにカリカリの衣が、厳重に、余すことなく閉じ込めた肉汁。
分かる? その弾ける肉、その滴る肉汁。
ほんの二口で口の中に収めた朝霧が、すぐさま次の唐揚げに手を伸ばした。
夢中で舐めた唇と、垂れそうになった肉汁を拭った手の甲。
頬を膨らませながらがっついて、馬鹿みたいな量の白飯を食う。
いつ見ても、すげえ食いっぷり。
まだ食ってないけど、ますます喉が渇いて苦笑した。
ひとまずエプロンを外して座り直すと、冷えた缶に手を伸ばす。
朝霧が、今初めて気付いたようにチューハイの方へ視線をやった。
「飲むのか?」
「唐揚げときたら、酒じゃねえ?」
「そうか?」
コイツ、食うときは食うばっかだからな。
引き起こしたプルタブが、手の中で小気味よい音をたてる。
よく冷えた缶に直接口を付け、ぐっと仰のいた。
干上がっていた喉がみるみる満たされ、酸味がきゅっと口の端を引き締める。
つい一気にぐいぐい飲んで、ふはっと息を吐き出した。
湧き上がる爽快感に、これがアルコールだと忘れて飲んでしまいそう。
ふいに、じっとこちらを見る朝霧と視線が合った。
「佐藤は、まだ食ってない」
「別に先飲んでもいいだろ。俺は味見したし、喉渇いてんだよ。お前、どれ飲む?」
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