佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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25 知っていることと、理解すること

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腹が満たされてしばし、リビングのラグに寝転がってスマホを眺める。
ふと見ると朝霧が鍋のソースまで空にしようとしていた。

「朝霧、それ使うから食うな! もう十分食っただろ」
「使うのか……これを?」

そのソースは明日ミネストローネかドリアのベースにするからな! 絶対食うんじゃねえ! 貧乏くさいんじゃない、旨味が詰まったとびきり美味いソースだからだ!
渋々引き下がった朝霧が、畳まれたタオルを物色している。
風呂か。あれだけ食ってすぐ風呂入ろうって気になるのがすげえ。

少々食い過ぎた俺は、腹の苦しさに負けて起き上がれない。
しかし、ゴロゴロするにも冬の床は寒い。

「さむ……そろそろコタツがいるな」

身体を丸めてスマホを触る俺の上に、朝霧が何か投げて寄越した。
シャカシャカするこれは……朝霧の外練用ベンチコートだな。俺の身体ならすっぽり覆えて温かい。なかなか気が利くじゃないか。

大人しくシャカシャカにくるまっていると、朝霧が手元を覗き込んできた。

「投稿してるのか?」
「この時間はもうやらねえよ、飯食う前にすませた」

朝霧君、SNSに興味津々じゃないか。

「とりあえず、お前もアカウント作ってみたら? アスリート課の広報担当、声かけてやったら喜ぶって」
「まあ……」
「アカウントあったら、俺の投稿も簡単に見られるぞ」
「そうか……!」

興味あるのか、俺の投稿。
大体お前が食ってる飯だけど。ああ、だから見たいのか。自分が関わっているものって、人間見たくなるものだ。

うん……? ちょっと待て、朝霧が俺のアカウントをフォローするなら、俺にはデカいメリットなんだが。

「興味あるならぜひ! ぜひやれ!! 明日広報に声かけろ、いいな?!」
「ああ……」

よしっ! 朝霧なら、投稿ゼロでもフォロワーはつく! これはいい風が吹いてきた。
しばらくは、俺が直々にSNS投稿について教えてやってもいい。
俺は朝霧の威を借る気満々で、ガッツポーズをとったのだった。


「――佐藤、風呂は」
「入る」

ぼうっと動画を見ていたら、もう朝霧が風呂から上がったらしい。
風呂場が温まっているうちに入ろうと慌てて起き上がり、思わず掛け物を引き寄せた。

「さむっ! これ、めちゃ温かいな」

さすが、きっとスポーツ系の高価なヤツ。
せっかくなので風呂場まで着ていってやろうと袖を通して立ち上がった。

「――っく!」
「……」

バッチリその光景を目撃した朝霧が、突如苦鳴を上げ、俯いて震えている。随分苦しそうですねえ?
俺が睨んだことさえ、気付いているんだかどうだか。

そりゃ大きいだろうよ、朝霧のだからな。知ってる。
……だけど、こんなにもだとは思わないだろ?!

「嘘だろ……」

立ち上がったはずなのに、床から浮かない裾。ガバガバのダブダブにもほどがあるだろ。
相手がベンチコートなのが悪かった。そうだよな、朝霧の体格でさえゆとりあるサイズ……。
いや、でもまさか引きずるとは……。

「おい、転ぶぞ」
「うるせー!」

ちょっと面白くなって、姿見まで裾を引きずって歩く。
フードを被ると、アゴまで隠れて笑った。人間の部分見えてねえじゃん。まるでベンチコートのサンプル写真みたいだ。

「ははっ、テントみてえ! デカすぎだろ! ちょっとお前着てみろよ」
「風呂上がりだぞ」

暑いと言って渋る朝霧を急かして、ベンチコートを羽織らせた。

「すげえ……ちゃんと服になってる」
「当たり前だ」

すぐさま脱いだ朝霧が、わざわざもう一度俺に着せると、途端にサンプル写真に逆戻りだ。
こんなに違うか? 俺と朝霧。
だって、袖! いくらなんでもこんなに余るか?! こう、彼女とかに着せた服だってさ、せいぜい萌え袖ってやつだろ?! 全然萌えにならない距離感がそこにある。

「お前の手、どこにあるんだ」

ぷらぷら袖を振っていると、朝霧が見当違いの場所を掴んだ。

「ハズレだ、ばーか」

腹が立ったので思い切り馬鹿にしてやると、む、と唇を結んだ朝霧が、袖口から手を突っ込んだ。
袖の中をまさぐった熱い手が、布をくぐり抜け、直接肌をなぞりあげる。
ギクリと逃げようとした瞬間、俺の手は捕まえられていた。

「っ、おいっ!」
「佐藤、腕短いな」
「ストレートに失礼だな?!」

焦って思い切り引くと、熱い手はアッサリと離れたけれど。
息苦しい気がして、コートを脱ぎ捨てて朝霧に投げつけた。
笑う朝霧が、難なく俺の腕をつかんでぐいと引く。

「こんなに違うと思わなかった」
「許可なく並べるんじゃねえ!」

たたらを踏んだ俺に構うことなく勝手に袖をまくり上げ、半袖の朝霧の腕と見比べられる。
倍、と言えるほどの、差。
俺の手、こんなちっこくて華奢なのか。
朝霧の手、こんなデカくて太いのか。

……少しだけ、怖えな、と思った。

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